盛和塾 読後感想文 第126号

魂を込めて語りかける

人に自分の思いを伝えたいと思えば、真剣に魂を込めて一生懸命に話をすることです。巧みな話術でとうとうと、うわべだけの話をしても“思い”は伝わらないのです。 

それよりは、トツトツとした語り口でもいいから、魂からほとばしり出た言葉で話すことが大切です。伝える思いはできるだけ具体的で、解かり易く語ることが重要です。自分の考えた言葉で、相手が理解してくれるように伝えるのです。 

後でぐったり疲れてしまうぐらい、全身全霊を傾け、訴え続けるのです。一回の会議では理解してもらうのは難しいかもしれません。機会をとらえて、魂で伝えていくのです。そうすると、言葉と共にその言葉を超えた強烈な“思い”が相手に届き、その心を動かしていくはずです。 

“何としてでもやり遂げたい”という自らの強烈な思いと同じくらいまで周囲の志気を高めることができれば、仕事は必ずうまくいくはずです。 

リーダーが持つべき“考え方”と“熱意” 

はじめに

立派な会社を維持していこうと思えば、若い皆さんがどんどん伸び、立派なリーダーに育っていくということ以外にありません。良い会社というのは立派なリーダーがあり、優秀な人材が他社に比べてたくさんいることです。 

教育の一番の目的は、社長はじめ経営陣の代わりになってくれる人を社内から育てるということです。 

トップに立つ社長が非常に優秀な人物であり、組織を率いる各々のリーダーがすばらしいリーダーに育ってくれるということしか、今後も会社が立派であり続けられる理由はないわけです。 

組織はリーダーの器で決まる

職場の中で頭も非常に優秀であり、人間性も決して悪くない人がいます。そうした人に大きな仕事を任せてみると、思いもよらぬ失敗が次から次へと起こってくることがあります。 

昇給をして偉くなってくると、デシジョン(決定)をする金額が非常に大きくなります。例えば製造部門でうっかりミスをすると、一発で何百万円の損害が起こるということがあります。京セラの役員クラスになってくると、決める案件が大きいですから、取り返しがつかないくらい大きな何億円という損害が一発で出るのです。 

飛行機の機体の例をとってみます。飛行機の期待にクラック(ひび割れ)が入っています。つまり、欠陥があって完璧でないという場合です。飛行機が地上で滑走路にいる時はたいした問題ではないのですが、飛行機が飛び立った時にクラックが大きくなり、大惨事に至ることになります。地上滑走路の時には、さほどのダメージはありません。多少の欠点があっても全然問題にしなくても構いません。欠点をあげつらう必要はないのです。 

ここに集まった人達は、一つの職場のリーダーとして頭角を現しており、長所があるから昇格されたわけです。しかし、同時にみな欠点も持っています。人間は誰しも色々な欠点があるのですから、本当はそれらをあげつらうのではなく、長所を伸ばしてあげる方がいいのです。それはミドル・クラス(中級幹部)までのことです。その場合は、まだ上の方に補正する人間がいて、欠陥が大きくならないように歯止めをすることができるからです。 

社長になると、すべてをデシジョンしなければならなくなります。 

京セラでは、若い社員の中で、技術的な能力から、熱意を持ち、人間的な資質、事業者としての才能などあらゆるものが備わった人間が育ってくるということが大変重要なことなのです。 

リーダーにはパーフェクトが求められる

いかにリーダー教育が大事であるかということです。それもトータルな教育が必要なのです。頭が良いとか、専門が経理であるとか、技術があるとか、そういった特別な分野での才能も非常に重要ですが、性格等あらゆるものまで含めた人間トータルでのパーフェクトさが要求されます。 

石油掘削サービスを行う会社、シュルンベルジェ(高収益企業)の社長が、京セラも高収益企業なので、両社には共通したカンパニー・スピリット(会社精神)がありそうだと考えられ、意見交換したいと申し入れがありました。 

ミュルンベルジェ社社長は、我社のカンパニー・スピリットは“良質な最高のもの”を提供すると言われたそうです。京セラは“パーフェクトな製品”と応えたのでした。リーダーとしての地位が上がれば上がるほど、性格、人間性など、あらゆる需要において完璧であることが求められるのです。 

仕事に苦労した者にしかフィロソフィーはわからない

人生・仕事の結果=考え方x熱意x能力、にすべてが表されているのです。

考え方とは、その人が持つ哲学、思想であり、自分の性格も含まれています。この考え方が立派なものでなければならないのです。“京セラフィロソフィー”という社員手帖をただ漫然(まんぜん)と読んでいるだけでは自分のものにはなりません。自分というものを見つめ、反省し、自分の人間性を高めていこうと努力をして、常に勉強していないと、“考え方”について部下に話すことはできないでしょう。 

“京セラフィロソフィー”は大切だと言われていますが、京セラフィロソフィーは何なのか、その京セラフィロソフィーを自分のものとして、自分で実行しているかということを自問しなければならないのです。京セラフィロソフィーは稲盛塾長が経営の実務にあたりながら、自ら研究開発、技術開発をやりながら、また自分で製品を売りながら、苦労して書き上げたものです。従って、似たような経験に遭遇して初めて、心から理解することができるものなのです。自分のものになっていれば、部下に対して話ができるわけです。 

京セラフィロソフィーを頭で憶えるのではなく、実践し、体で覚え、いつ何時でも出てくるようになっていなければなりません。 

両極端を兼ね備える

経営者は“非常な細心さ”“怖がる気持ち”を持たなければなりません。ときにはまた大胆であらねばならないのです。 

大胆さと細心さは同時には発揮できません。それはクロスを織ったように、つまり、縦糸が大胆さ、横糸は細心さというように、出てくるときには必ず両者が交互に出てくるのです。大胆であるべきところでは大胆であり、細心でなければならないときには細心であるべきだということです。 

両極端を同時に備えるという、たいへんに難しいことのできる人はめったにいません。先天的にそうした資質を持っている人は少ないのです。修行を通じて後天的に習得するのです。豪胆な人には慎重さを、慎重な人には場数を踏ませて勇気を与えていくのです。こうした修行はまさに自分から求めていくものです。 

私心をなくし、集団を代弁する

人生・仕事の結果=考え方x熱意x能力。リーダーになる場合に絶対に必要な条件というのは、“私心がない”ということです。 

権力の座を登れば登るほど、どうしても自分を優先するタイプの人が出てきます。本来ならば、公私の区別がつかないような人が社長になれるはずがないのです。ところが権力の座につくと、人間の感情を麻痺(まひ)させるのです。ですから、人の上に立った場合には心を麻痺させないように、よほどしっかりした考え方を持っている人でないといけません。そのためにフィロソフィー、哲学が要るのです。 

京セラは法人です。その法人は、稲盛社長のコントロール下にあり、社長の意志、判断により経営されています。会社は法人ですから、会社そのものは何も言いません。利益が増えても、それは経理の人が言うだけで、会社そのものは何も言いません。“もっと利益を上げたい”“もっと経営を安定させたい”とも言わないものですから、社長が会社に代わって言わなければなりません。 

“会社はこうありたい”と人間である社長が言わざるを得ません。社長が会社の経営を離れて、個人に返っている間は、会社としては機能しません。 

会社は法律上は株主のものです。しかし法人と呼ばれる様に、会社そのものに人格があると考えることもできます。会社を一つの人格として代弁するのは社長なのです。 

集団の利益を優先する

会社の利益になることと、社長個人の利益になることが同時に存在した場合には、マネージメントとしてはどちらの利益を優先させるかということがあります。自分のことは差し置いて、会社のことを優先できるタイプ、しかもそれが無意識にできるタイプでないと会社を任せてはならないのです。やはり私心をなくすということが重要です。 

自分が率いる組織のことを最優先しなければ、部下はついて来ません。常に自分のことばかり考えているタイプのリーダーには、誰もついてきません。集団のためにそんな役割を引き受けられる勇気を持っているということも、リーダーとしての条件です。 

物事を成し遂げる原動力は“熱意”

人生・仕事の結果=考え方x熱意x能力の式の中で、重要なものは熱意です。ものをつくる、つまり物事を成し遂げるのは熱意なのです。どうしてもやり遂げたいという執念です。その執念がものをつくり上げるもとなのです。 

開発でも、製造でも、営業でも、間接部門でも、途中であきらめてはいけません。もうダメだという時が仕事の始まりです。まだ駄目になっていない時でも、もうダメだと言って辞めていくような人であってはいけません。 

成功するのは能力のおかげではなく、それはどれくらい食らいついていくことができるかという熱意、根性、執念の問題なのです。 

“熱意”が成功をもたらす

持続性、耐久性がいかに大切かということを知っておくことが必要です。この持続性、耐久性が能力を高めるのです。 

ものをつくる、物事を成し遂げるのは熱意なのです。 

悪人がどうして成功できるのかといいますと、金儲けの為には、人を泣かそうといじめようと、何とも思わないからです。人から何と言われようと、謗(そし)られようと、屁とも思わずに金儲けに焦点を絞(しぼ)れるのです。 

少し分別があると、“そうまでして金儲けしなくてもよい”と思います。そのように逡巡(しゅんじゅん)する分だけ馬力が減り、衝動が弱まるのです。結局、普通の人は悪人に比べて馬力も衝動も弱いために、つい平々凡々な人生になってしまうのです。 

考え方が立派であれば成功するかというと、そうではありません。熱意が要るのです。どちらかというと熱意の方が、成功の大きなファクター(要因)なのです。ただし、正しい考え方、哲学を持たない人の場合には、成功の原因である熱意、執念が没落へのきっかけをつくってしまうのです。 

熱意とは根性や執念と言えますが、同時に熱意は願望でもあるのです。“強い願望を持ち続けることによって、自分の立てた目標を貫徹しよう”という趣旨の項目が京セラフィロソフィーの中にあります。強い願望が潜在意識にまで浸透することによって、目標を達成することができるということです。 

念の持つ力の大きさ

熱意、願望が大切なのですが、念、つまり思いが強い力を持っているのです。人間のもっているエネルギーの源、それは念なのです。 

ダイエットの為に毎朝ジョギングをするとします。“そんなに走ってもどうにもなりません。あなたはカロリーの取りすぎであって、毎日2,3キロメートル走ったところで、たかが知れています。あなたが毎日摂っている3000キロカロリーに対して、2キロメートル走ったところで、せいぜい100キロカロリーくらいしかエネルギーは消費しないのです。”と医者に言われてしまいます。 

ところが、ものすごい心配事があると、例えば一晩徹夜して看病したりすると、げっそり痩せるはずです。寝ないでげっそり痩せるのなら、ダイエットしたい人はみな寝なければよいのです。しかしそうではないのです。心配が伴った場合にのみ、げっそり痩せるのです。場合によっては心配事で、一晩二晩で髪が真っ白になるということも聞きます。心配事が起きた時に、肉体的に物理的に大変な変化が起こるのです。ただ思うだけで、それほどたくさんのエネルギーを消耗するのです。 

一生懸命に話しますと、言葉にはエネルギーが飛び交っているのです。いわゆる言霊(ことだま)です。言葉には魂があって、それが飛び交うのです。言葉が魂をゆさぶり、魂に共感を起こさせるということは、エネルギーが飛んで、相手の魂が中に入っていくからなのです。 

このように、思うということ、心に願望を描くということは、大変なエネルギーを使います。 

このことからもわかりますように、物理的な力を使うことよりは、“思い”とか“念”の力のほうがはるかに力があるのです。ですから、熱意、執念、意志がものをつくっていく、物事を成し遂げていくのです。世の中で成功した人達は、すさまじい迫力で仕事に取り組んだ人達ばかりです。 

すさまじい願望、執念、意志を持つ

宗教家がよく“すさまじい念で描いた願望は現世で成就します”と言います。

“心に描いた通りになります。心にすばらしい映像を描き続けていれば、必ず実現します”という趣旨を、キリストも、仏陀も説いています。一方、常に猜疑心などをもって心に映像を描いていても、心に描いたままの現象が周囲に現れてくると言います。 

熱意、執念、意志がものをつくっていくのです。職場のリーダーが中心になり、一人ひとりがどういう映像を、絵を描き、執念を燃やしているかが重要です。ですから、強い意志を持っていない人がリーダーになったのでは、その集団は不幸です。集団を引っ張っていくすばらしい願望、絵を心の中に描ける人、自分の描いたすばらしい絵が示す目標に部下を引っ張っていく、そういう人がリーダーになれば、部下は幸せです。 

下の者から“私たちは今後どうなるのですか”と聞かれた時“我々はこうなるんだ”というのが間髪を入れずに返事できなければならないのです。リーダーは“今月は、来月は、一年先はこうしていきたい”と毎日のように考えているのでなければ、リーダーとしてふさわしくないのです。 

凄まじいほどの願望、執念、意志で描いた思いは、何をもたらすのでしょうか。“どうしてもこうしたい”と思ったとします。思ったけれども、実現させるための専門知識がない、設備も足りない、人材もいない、資金も不充分、たくさん足りないものがある。ところが、“どうしても”というすさまじい願望、執念、意志があると、足りないものを何とかして埋め合わせようとして、工夫が生まれます。工夫が目の前にあることを発見したり、あの機会を改造してやればできるというように、ひらめきが次から次へと生まれるのです。 

正しい“考え方”を持つ

人生・仕事の結果=考え方x熱意x能力の三つのファクターの中で、能力は小さなファクターです。しかし、能力があれば、それに越したことはありません。能力は0から100まであります。熱意も0から100までです。考え方はマイナス100からプラス100まであります。考え方がマイナスですと、能力や熱意が充分あったとしても、結果はマイナスになってしまうのです。 

能力もあり、熱意もある人が、“世の中は不合理だ”と考え、反社会的な考えになりますと、結果としてはマイナスになります。たとえその主義主張は正しいかも知れませんが、それが反社会的な考え方に染まってしまいますと、結果としてはすべてマイナスになってしまいます。 

人生方程式と京セラの事業展開

京セラは、たまたま時流にのってセラミックスの仕事を始めたと思われています。“以前は余りぱっとしなかったセラミックスという仕事を、今日のように脚光を浴びるだろうと見抜いて人より先に初めて成功した”と言われました。しかしそうではないのです。 

もともとセラミックスは地味なものであって、それほど華々しい事業ではありません。華々しく見えるのは、そのように事業を展開してきたからです。ただ、この地味なことに情熱をかける人が誰もいなく、京セラが自分達でマーケットを掘り下げ、事業を切り開いてきたのです。たまたまヒットしたというものではないのです。 

能力はないと思った人が、熱意の方を高め、人の二倍も三倍も働こうと思うのです。

京セラの場合、“考え方”がまずあって、次にすさまじい意志、願望、つまり成功させようとする熱意があって、さらに能力さえあれば成功することができると思っているのです。 

京セラを背負って立つリーダーであれ

人生方程式の正しさが証明されていく京セラグループの中で、目の前に見ながら従業員が育っていきますと、すばらしい教育になります。昔、鈴木商店という会社がありました。そこで育った人たちが昭和以降の近代日本を背負って立つ大物になっていきました。人材というのは単独で現れるものではなく、群生するものなのです。人材はお互いに影響し合って育つからです。 

京セラグループが発展し、多くのリーダーを輩出しますと、後に続く若い従業員に対するすばらしい教育になるのです。それは会社にとって何物にも代えられない宝です。

盛和塾 読後感想文 第125号

私の幸福論-幸福は心の有り方によって決まる

稲盛塾長は格別なことがない平凡な日を送るだけでも“幸せだな”という気持ちが湧いてくる毎日を過ごされています。仕事一点張りの頃は、そんなことを考える時間もありませんでした。 

1959年に京セラを創業し、様々な苦労があったことも事実です。しかしそんな苦労を含めて、今になって振り返れば“何と幸せな人生だろう”と思えるのです。“幸せだな”と感じているその人生は、何によってもたらされたのか、それはまさに自分自身の“心のあり方”によってもたらされたのだと確信しています。では、幸せを導いてくれた“心のあり方”とはどういうものでしょうか。 

“幸福論”が求められる背景

日本はいまだ世界第三位の経済大国であり、治安の面においても、経済の面においても、教育の面においても、諸外国と比べますと非常に恵まれた国である筈です。しかしながら、内閣府の調査によれば、日本人の幸福度は決して経済的な豊かさだけではなく、決して経済的な豊かさに比例して向上しているのではないそうです。むしろ、おだやかに下降しているという結果が出ているのです。 

OECD(経済協力開発機構)が発表する2013年度“幸福度ランキング”において、37か国中、日本は“安全”で一位、“教育”で二位と高い評価を受けています。しかし、“生活の満足度”では27位と下位に位置づけられているそうです。諸外国からすれば、日本は豊かな暮らしの国であるにも関わらず、日々不満を抱えながら生活している日本人が多いことを反映しています。 

産業革命に端を発する近代物質文明は、欲望の追求をエンジンとして発展してきました。大量生産、大量消費、大量廃棄の経済システムを前提として、絶え間のない経済成長を目指そうとするものです。それが人々に幸福感をもたらすものだと考えてきました。快適な住居に住み、美食を貪り、きれいな衣服をまとう-そこに幸福があると思ってきました。 

しかし人間の欲望には際限がありません。どんなに物質的に豊かになったとしても、“まだ足りない”という心がある限り、永遠に充足感は得られず、生涯を不平と不満で過ごすことになってしまいます。 

幸福をもたらす心のあり方 

  1. 勤勉に一生懸命働く

第二次大戦後、日本は敗戦の苦しみに直面しました。国民は廃墟と化した国土に立ち、真面目に一生懸命働くことしか、生きる術はなかったのです。“勤勉”でなければ、生き延びる術はなかったのでした。 

経済的に大変困窮していましたが、不思議と不幸という感情はありませんでした。家族全員が協力して、助け合うしか術がなかったのです。学問がなかろうと、黙々と真面目に一生懸命働くことが、すばらしい結果をもたらすと人々は考えていたのでした。 

今の世の中では、一生懸命働くということもせずに、自らの身に降りかかる災難を人のせいにしたり、社会のせいにしたりしている人が見受けられるようです。この世界は完全ではありません。矛盾もたくさんありますし、改善しなければならない課題も無数にあります。しかし、自らの外にばかり不幸の要因を求める限り、心のうちは永遠に満たされることはありません。“天は自ら助くる者を助く”とあるように、人に頼らず、自ら率先して努力をする者にこそ、天の助けがあり、幸福がもたらされるのです。怠惰(たいだ)な者に決して幸福が訪れることはありません。 

この自然界はすべて、一生懸命に生きるということが前提で、成長・発展してきているのです。少しお金ができたり、会社がうまくいくようになって、楽をしようとする不埒(ふらち)な考えをするのは人間だけです。自然界に生きている動植物は、必死に、一生懸命に生きています。毎日毎日を真面目に一生懸命に生きるということが、我々人間が幸せになるにあたっても、最低限必要なことだと思われます。 

植物も動物も、みんな過酷な条件の中で、ひたむきに必死になって生きています。いい加減に怠けて生きている動植物はありません。我々人間も同様です。この世に生を受けてから、死ぬまで、真面目に一生懸命に生き抜いていく、それは自然の摂理に適う生き方であり、そうした生涯を送ることこそ真の充実感、幸福感を得られると思います。 

  1. 感謝の気持ちを持つ

京セラ創業時、経営の経験もない、何もない、二十七歳の稲盛塾長に、自分の自宅を抵当に入れてまで会社設立に尽力いただいた方々への期待に応えなくてはならないとの心から、必死になって働いているうちに、心の底から“感謝”する思いが沸き起こってきたそうです。 

まもなく会社も軌道に乗り、借入金返済のめどもつきましたが、決して経済的に豊かになったわけではありませんでした。一日中仕事で走り回り、ときにはクレーム処理などのトラブルに追われ、まさに昼夜並行で仕事に励んでいました。しかし、それでも、いっしょに必死に働いてくれている従業員、注文をくださるお客様、いつも無理を聞いてくれる業者の方々、周囲の人々への“感謝”の思いは、片時も忘れたことはありませんでした。取引先から、毎年のように厳しい値下げ要求に対してさえ、“京セラを鍛えて頂いている”と感謝していました。松下(現パナソニック)からの価格、品質、納期など、全ての面でいただく要求はどれもこれも大変厳しいものでした。 

特に値段については、松下の購買部からは毎年、大幅な値下げ要求をいただきました。仕事をもらえるありがたさの反面、その値下げ要求をこなすことは並大抵ではありませんでした。しかし、“鍛えていただいている”“注文をいただいている”という感謝の思いも強く持っていました。厳しい要求はやっと歩き始めた自分の会社の足腰を鍛える絶好の研鑽の機会だと、いい方向に考えたのでした。このせっかく与えて頂いたチャンスに真正面から立ち向かっていこうと考えました。松下さんの言い値をそのまま受け入れ、どうやったらその値段で採算が取れるかを必死に考え、徹底的にコストダウンに努めました。 

アメリカ西海岸の半導体産業から注文をいただき、海外へ進出するようになった時、松下さんに心から感謝しました。アメリカの同業者と比べて、京セラの製品は品質において断然優れたものである上に、価格競争力もはるかに高かったのです。“松下さんは京セラをよくぞここまで鍛えてくれました”と感謝の思いで、手を合わせていました。世界に通用する技術を備えることができたのは、ひとえにある厳しい要求を課されたおかげであり、それに必死に応えようとして、努力してきた結果なのです。松下さんは知らず知らずのうちに、京セラを大きく伸ばし、世界レベルの競争力を身につけさせてくれたのです。 

人は現在が苦しければ苦しいほど、とかく愚痴や不平不満を鳴らしてしまいます。しかし、その愚痴や不平不満は結局は自分自身に返ってきて、自分自身をさらに悪い境遇へと追いやってしまうのです。だから、どんな境遇にあろうとも、感謝の心というものを忘れてはならないのです。 

人は決して自分一人では生きていけません。空気、水、食料、また家族や職場の仲間達、さらには社会など、人は自分を取り巻くあらゆるものに支えられて生きているのです。こうして健康に生きているのであれば、そこに自然と感謝の心が出てきます。感謝の心が生まれてくれば、人生に対する幸せを感じられるようになってくるはずです。 

どんなささいなことでも構いません。日々小さなことに感謝する、そうすることで、自分の気持ちも明るくなっていくはずですし、周囲にも穏やかな雰囲気をくりくだすことができます。そうして感謝するという行為を習慣化してしまうのです。 

  1. 謙虚に反省する

官舎んお気持ちを持つことと同様に、幸せな人生を送る上で大切なのが“反省”ということです。 

毎朝、起床時と就寝時に、昨日のあったこと、今日自分がやったこと、人間として恥ずべき点があれば、自分自身を厳しく叱り、再び過去を繰り返さないように戒めるようにするのです。素直な心で、自分自身の言葉を口にする、そして明日からはまた謙虚な姿勢で仕事に臨(のぞ)んでいくのです。 

このように反省のある毎日を心がけていますと、晩節を汚(けが)していく経営者が次々と現れる中にあって、大きな過ちを犯すことなく、十分に幸せを実感できる、そうした日々を過ごすことができるのです。 

この“謙虚さ”は京セラの従業員にも伝えられてきました。1976年に京セラの経営スローガンで“謙虚にして驕(おご)らず、さらに努力を”と謳(うた)っています。それは京セラが急成長企業、高収益企業として社会から高い評価を受けている、まさに絶頂期の時でした。 

絶頂期にあって、そのときに既に亡びていく原因を我々の心のなかに宿していると、よく古くから言われています。“治に居て乱を忘れず”つまり平和で非常によく治まっているときに、世の中が乱れるということを忘れてはならない。平和な時には次の大きな困難に備えて心しなければならないと教えてくれています。 

“驕(おご)れる者久しからず”。得意絶頂の時に驕れる者は、たちまちに亡びていきます。いくらかでも驕る心があったならば、また過去に我々が払って来た努力を惜しむような心が少しでも芽生えて来る時こそ、困難の芽が芽生えてくるのです。 

当時の京セラの全従業員に、成功しても謙虚であり続けることの大切さを説いてきました。以来今日まで、経営トップから末端の従業員の1人ひとりにいたるまで、謙虚にして驕ることなく、たゆまぬ努力をしてきました。 

人間の欲深さを表現した仏教説話

以上、真の幸福をもたらす心のあり方-勤勉、感謝、謙虚についてまとめてきました。幸福かどうかは主観的なもので、その人の心のあり方によって決まるものだと思います。

物質的にいかに恵まれていようとも、再現のない欲望を追いかけ続けていく、決して幸せに感じることはありません。一方、物質的には恵まれず、赤貧を洗うような状況にあっても満ち足りた心があれば、幸せになれるのです。 

幸せとは一体何なのか、それは幸せを感じられる心をつくっていくことなのです。“心を高めること、魂を磨くことが、この人生の目的”と考えて、“何と幸せな人生だったのか”と死を迎えるときに感じられるような心、気持ちが大切です。幸せを感じる心“美しい心”がなければ、決して幸せになることはできないと思います。 

仏教の教えの中に“足るを知る”という教えがあります。反省のある毎日を送ることで、際限のない欲望を抑制し、今あることに感謝し、誠実に努力を重ねていく、そのような生き方の中でこそ、幸せを感じられると思います。 

仏教に“三毒”という人間の煩悩があると言われています。それは、“欲望”“愚痴”“怒り”です。この“欲望”“愚痴”“怒り”にとらわれているのが 人間です。人よりもよい生活をしたい、楽して儲けたい、早く出世したい、こういう物欲や名誉欲は誰の心の中にもあります。それがかなわないと、なぜ思った通りにならないのかと外部にその原因を求め、愚痴をこぼし、怒りだすのです。こうした三毒に振り回される限り、決して幸せを感じることはできないのです。 

無論、欲望や煩悩というのは人間が生存していくためのエネルギーでもありますから、それを一概に否定するわけにはいきません。しかし、それは同時に人間を絶えず苦しめ、人生を台無しにしてしまいかねない猛毒でもあるのです。 

大事なことは、できるだけ欲を離れることです。三毒を完全に消すことはできないのですが、それらを自らコントロールして抑制するように努力をすることが大切なことです。 

人間にはこの三毒の裏に煩悩の対極に位置する、すばらしい心根があります。それは人を助けてあげるとか、他の人のために尽すことに喜びを覚える“美しい心”を誰もが心の中に持っています。しかし、“煩悩”があまりにも強すぎますと、なかなか“美しい心”がでてこないのです。 

人間の心の中には、利己と利他の心が同居しているのだと思います。利己の心を抑えた分だけ利他の心が増えてきます。その人が幸せな人生を送れるか、それとも不幸な人生となってしまうかは、この利他の心、善き思いと、利己の心-自分だけがよければよい-つまり悪しき心との葛藤(かっとう)によって決まるのです。 

日本航空という集団を幸福に導いた“利他の心”

会社という集団の幸福を導くにあたっても同様です。日本航空の再建、再生がまさにそのことを証明しています。 

破綻前の日本航空と、再生を果たした日本航空、その違いはどこにあるのでしょうか。 

破綻後、賃金が大幅にダウンしたこと、労働条件も悪化しました。また、路線を大幅に縮小しました。最初は航空機をはじめとする機材、整備工場などの設備も更新せず、古いままでした。唯一変わったのは人の心です。しかし、その心が変わっただけで、二次破綻必至といわれた航空会社の経営体質は一変し、わずか三年で世界最高の収益性を誇る会社に生まれ変わることができました。 

この奇跡的な再生も、人の心の反映だと思います。かつての労使がいがみあっていた日本航空、ラップキャリアという自負心から、傲慢さ、横柄さ、そしてプライドの高さが鼻につき、お客様をないがしろにするようなことがまま見受けられた日本航空、そうした日本航空に集う人々の心のあり方、悪しき思いが、日本航空を破綻に陥(おとしい)れたのです。 

破綻後の日本航空では、企業理念として“全社員の物心両面の幸福を追求すること”を掲げ、“真面目に一生懸命に打ち込む”“感謝の気持ちをもつ”“常に謙虚に素直に”といった人間としての持つべき心のあり方を説き続けたのです。こうしたフィロソフィーの共有に向けた取り組みを通じて、社員一人ひとりの心が変わってきました。 

その結果、官僚的な体質はなくなり、現場で全社員が経営者意識をもって、安全のために、またお客様に少しでも喜んで頂けるように、自然的に賢明な努力を重ねてくれるようになりました。それは“自分だけよければよい”という利己的な考え方に染まっていた心が“仲間のため”“お客様のため”という利他の心に変わっていったことで、業績は飛躍的に向上していったのです。 

利他の心は、人智を超えた偉大な力の助けを得ることができるのです。我々のそのような利他の心だけで、懸命に努力を捧げている私たちの姿を見て、神様、天が哀れに思い、手を差し伸べてくれたのではないだろうか、“神のご加護”なくしてはあのような奇跡的な回復など出来るはずがないのです。 

利他の心は自分を超えた力、いわば“他力”の風を味方にすることができるのです。大海原を旅する時には、必死で自力で船を漕がなければなりませんが、それだけでは遠くまで届くことはありません。船の前進を助けてくれる他力の風を受ける為の準備をしなければなりません。 

帆を張って他力の風を待つ時の、その帆を張るという行為が、自分の心を美しい心に磨いていく営みそのものなのです。この世の中で、自力だけでやれることはそう多くはありません。他力を受けなければできないことがほとんどです。けれども他力の風を受ける為には、自力で立派な帆を掲げなくてはならないのです。帆を掲げるとは、自分自身の心をきれいにして、利己まみれのこころではなく、“他に善かれかし”という美しい心にすることです。 

利己の心で掲げた帆は穴だらけです。よしんば他力の風が吹いても、穴だらけですから通り過ぎてしまい、船は決して力を得ることができません。それに対して利他の心を掲げた帆は、穴が空いていないすばらしい帆です。必ず、他力の風を受けられるのです。 

この世界には、常に我々を幸せにしてくれる風、つまり他力の風が吹いています。その他力の風を受けるためには、立派な帆を張らなければなりません。帆はその人の心の状態で作られるものです。そのような他力を帆にたくさん受けることで、自分で漕ぐ力以上の仕事ができ、人生を全うすることができます。 

経営者にとっての幸福とは

美しい心の中でも、人間として最高の行為とは“世の中、人のために尽くす”ということだと思います。中小零細企業が五人でも十人でも従業員を雇い、その家族も含めて養っていくということは、並大抵のことではありません。そのこと自体が“世のため人のために尽くす”ということにつながっているのです。 

企業経営者は利益から法人税消費税を払います。従業員に給与・ボーナスを払います。経費や仕入買掛金を支払ます。これら企業が生み出した富を国や地方自治体が集め再分配することで、経済社会が運営されています。 

日本の就業者数は六千三百万人、企業が雇用する従業員数は四千万人を超えているそうです。企業経営者が国の経済を支えていると言えます。我が国の99%が中小企業なのです。中小企業を中心とする企業経営者が国家、国民を支えているといっても過言ではありません。 

自分のためだけではなく、世のため人のために有意義なことを行っているという矜持(きょうじ)と誇りが、経営の難局に立ち向かう、大いなる勇気になっていると思います。“善きこと”をなすことに生きがいを感じ、喜びを感じる、これこそが経営者にとっての最高の幸福だと思います。

盛和塾 読後感想文 第124号

従業員を幸せにしていくために

経営者は従業員の生活を守っていくために会社を守り、かつ成長発展させていきます。これこそが経営の目的です。経営者というのは、従業員を幸せにしていくためだけに会社を守り、伸ばしていくという使命を持っているのです。 

従業員の幸せとは、経済的な安定と、わずかでも、毎年増やしていくこと、楽しいやりがいのある職場を作り、発展させることです。 

それ以外はありません。 

企業統治の要諦-従業員をモチベートする

過去数年の間に、中国で経営哲学報告会にて、稲盛塾長は

  1. なぜ経営に哲学が必要なのか
  2. 経営十二ヶ条
  3. アメーバ経営
  4. 京セラ会計学
  5. リーダーの資質 

につき講演をされてきました。その中で、経営における哲学の重要性、経営の原理原則、経営管理の考え方と仕組み、さらにリーダーの果たすべき役割について講演されました。 

今回は、経営者はいかに従業員をモチベートするのかという、企業統治の要諦を講演されました。 

従業員をモチベートすること。それは小さな企業を安定させ、成長発展させていくための第一歩であると同時に、大きくなった企業を継続し、さらに成長させていくために不可欠な要素であり、経営における永遠の命題であります。 

中国の国家工商行政管理総局の発表によれば、中国企業の半数以上が、創業してから五年以内に消滅しており、民間企業に限れば、その平均寿命は3.7年という極めて短命であるそうです。このように企業を永続的に発展させることは、決して容易なことではありません。 

ここに集まられておられる経営者の方々が共通して悩まれているのは“従業員をモチベートし、企業を燃える集団とし、成長発展させ続ける”ことであろうと思われます。 

従業員をパートナーにする

従業員との関係は、基本的には“月々にいくらの給与を払います”と雇用条件を提示し、従業員はその条件で自らの労働力を提供することに同意します、という、それは雇用契約に基づく労使関係です。従って、従業員は、共同で経営に参画する仲間ではありません。 

経営者1人でいくら努力をしてみても、自ずから限界があります。特に零細企業では、他に頼るべき人がいないわけですから、わずかな従業員に頼らざるを得ません。従業員に“共同経営者”になってもらわなければなりません。自分と同じ気持ちになって、仕事に当り、事業を支えてくれる、まさに自分と一心同体になって仕事をしてくれる共同経営とすることが、どうしても必要なのです。 

“私はあなたを頼りにしています”と真正面から従業員に言い、そう接することが社内の人間関係を構築する第一歩なのです。“皆さん、私と一緒になって会社を発展させていこうではありませんか。そのために全面的に協力してくれませんか。私は皆さんと兄弟あるいは親子のような気持ちでともに仕事をしていこうと考えております。単なるサラリーマンを超えてそういう思いでともに仕事をしていきましょう。”と面と向かって言わなければなりません。 

経営者は様々な機会を通じて胸襟(きょうきん)を開いて、会社をこうしたいという自分の考えを従業員の皆さんと話していくのです。毎日の朝礼、一日の仕事の終わりの夕食会、昼食会、会社の運動会、社内旅行、従業員誕生会、毎月の月例業務報告会での討議・検討等、様々な機会があります。 

社長が真摯に話をしていく中で、耳を傾けてくれる従業員が少しずつ増えていきます。“この社長にならついていこう。会社の待遇は決してよくはないけれども、この人となら生涯(しょうがい)をともに歩んでもよいのではないか”という気持ちが芽生えてくるくらい、強固な人間関係を企業内に作っていくのです。 

“決して待遇はよくない。そのくせ仕事は非常に厳しいし、叱責されることもあるけれども、社長の期待を強く感じて、条件だけでいえばもっと良い会社があるけれども、そこへ行くよりは、零細企業であっても、この会社で頑張りたい”と従業員が思ってくれなければなりません。“社長がそういってくれるのなら、そうしたいと思うのなら、私も全力をあげて手伝いましょう”と心と心で結ばれた関係をつくることが、会社が発展していく時、まずは必要になるのです。 

従業員に給料も払っていますし、ボーナスも払っていますが、そのような利害関係(経済的な幸せ)を超えて、経営者である社長についていこうと思ってくれる職場(やりがいのある職場)作りができれば、会社というものは必ず立派になっていきます。 

心と心が通じ合った関係、一体感を持った会社、そういう組織をつくっていく。これが企業統治の第一歩です。 

従業員を自分に惚れ込ませる

しかし、そのように努力をしても、信頼していた従業員が会社を辞めていくことがよくあります。“この人こそは”と思っていた人が、一定の仕事を任せていた人間が、いとも簡単に辞めていってしまう。目をかけていた人が、会社を見限って去っていく。これほど寂しく、やるせない思いはありません。だからといって、上記の努力、従業員をパートナーとする、経営統治の要諦をあきらめてはなりません。個々のケースによって、辞めていく理由は異なりますが、これらの事実に真正面に向き合って、更に“従業員にパートナーとなってもらえる”努力を続けるのです。 

第二電電、新生KDDIとして五周年を迎えた頃のことです。京セラや第二電電で経営幹部として定年を迎えた四~五人の人達が、稲盛夫妻を招待する夕食会がありました。 

“名もない、京都の零細企業であった京セラにみんな入社してくれた。当時、大学を卒業して零細企業の入社したということは、よっぽど他にいくところがなかったのではないか。そんな出来損ないの連中が集まって、懸命に頑張り、今日の京セラになった。”と話したところ、彼らは次のように言っていました。

“京都セラミックスなどという会社なんて聞いたことがない。その会社は大丈夫なのか。もう少しマシな会社に行った方がよいのではないか”と友達や家族から言われました。“確かに将来に不安はあったけれど、稲盛さんにお目にかかり、この人だったらついて行こうと思い、ただその一心でがんばってきました”と言うのです。 

“私は六十五歳になりました。家内も子供達も悠々自適で幸せに暮らせております。あなたに会えたことが、こんにちを作ったのです”みんな本当に京セラで過ごした人生を喜んでくれていました。

“それも、若い頃から夜もろくに寝ないで、休日も満足にとらず、ただ稲盛さんを信じて、一緒に懸命に働いてきたことが、こんにちのすばらしい人生をつくってくれたのです” 

このように社長に惚れ込んで、どこまでもついてきてくれる人たちを作り、そのようなすばらしい人間関係をベースとして会社を発展させ、彼等を幸せにしていかなければならないのです。 

社長に惚れ込んでもらうようにするには、どうしたらよいかということです。惚れてもらうのは簡単なことです。己を空しくして、自己犠牲を払って、従業員のことを最優先して考えることです。己を愛していたのでは、誰も惚れ込んでくれません。“従業員に惚れてもらう”とは従業員が社長と一心同体となり、共同経営者になってもらうことなのです。その為にも、社長自身に自己犠牲の姿勢が必要なのです。 

社長は従業員の誰よりも努力をする。仕事に対するりっぱな姿勢が必要ですし、仕事が終わった後、従業員を労ってあげる。相手を思いやる姿勢でもあります。自己犠牲をもって従業員の心を動かすことが、まずは前提です。 

仕事の意義を説く

従業員の心情に訴えるだけではなく、いわば理性をもってしても従業員のモチベーションを高めることが重要です。それは“仕事の意義”を説くことです。中小企業、零細企業の従業員にとって、大いにモチベーションを高めるのに役立ちます。 

京セラでは、ファインセラミックスの製造工場は、高度なハイテク企業のイメージとは全く異なるものでした。間借りの古い木造社屋が工場です。作業は原料として使われる金属酸化物、細かい微粒子からスタートする。原料工程、成形工程、研削工程などでは粉末が現場に飛散することになります。焼成工程では、千数百度という高温で焼き上げます。高温ですから過酷な労働現場になります。つまり、ファインセラミックスといっても大変地味でつらい仕事なのです。従業員を雇い入れ、仕事に従事してもらうと粉まみれ、汗まみれになってしまいます。彼等は高度な技術を要し、意義ある仕事だとは思っていません。 

従業員の仕事への意欲を何としても高めなければなりません。モチベーションを高く維持しなければならないのです。その為には、仕事の意義を説くことが大切でした。仕事が終わった夜に、いつも彼等を集め、話をしていました。 

“皆さんは日がな一日、粉をこねたり、形を作ったり、焼いたり、削ったり、単調で、つまらない仕事だと思っているかもしれませんが、決してそうではありません。”“皆さんにやってもらっている研究は、学術的に意義のあるものです。東大や京大の教授でも、無機化学の先生方は誰も、この酸化物の焼結(しょうけつ)という実用研究に手を出していません。我々はまさに最先端の研究をしており、たいへん意義のある仕事なのです。” 

“また、今取り組んでいるテーマは世界中でも1~2社しか取り組んでいません。まさに最先端の研究開発なのです。この研究が成功すれば、人々の暮らしに大いに貢献することになる。それが皆さんの日頃の働きによって決まるのです。ぜひ、よろしく頼みます。” 

当時は1950年代、たいへんな不況でもありました。就職もなかなか難しいときに、高校を卒業して、何とか会社に入ったものの、ただ毎日のサラリーが手に入ればいいという人達がほとんどでした。 

しかし、自分の仕事に意義を見出せば、気持ちが高ぶり、持てる力を最大限に出してくれるはずです。毎晩、従業員を集めては、仕事の意義を説いていったのでした。 

ビジョンを掲げる

従業員の皆さんに、この我々の仕事はどこに向って進んでいくのか、どういう夢を持って頑張るのか、ビジョンが必要なのです。 

京セラが中小零細企業であったときから、“私たちの作っている特殊セラミックスは世界中のエレクトロニックス産業が発展するためにどうしても必要になる。それを世界中に供給していこう。” 

“町工場で始まったけれども、町内で一番、中京区一になろう、京都一になろう、日本一になろう、世界一になろう”と稲盛塾長は従業員の皆さんに説いていったのです。 

その結果、京セラはファインセラミックスの分野では、先行する巨大企業を凌駕(りょうが)し、世界一の企業に成長するとともに、多くの事業を展開し、売上が一兆円を超えるまでに成長していきました。 

企業に集う人々が、共通の夢、願望を持っているかどうかで、その企業の成長が違ってきます。すばらしい“ビジョン”を共有し、“こうありたい”と会社に集う従業員が強く思えば、そこに強い意志力が働き、夢の実現に向けて、どんな障害をも乗り越えようという、強力なパワーが組織に生まれてくるのです。 

ミッションを確立する

モチベーションをゆるぎないものにするのがビジョンであり、ミッション(使命)なのです。会社の使命を明らかにし、それを従業員と共有するということです。 

京セラの使命について理解する契機となったのは、創業二年目に入社した十名の若い従業員の反乱事件でした。創業三年目の1996年4月29日、天皇誕生日の祝日でした。稲盛塾長に団体交渉しにやってきたのです。“ボーナスはいくらほしい。昇給率は毎年これだけほしい。約束してくれないなら、全員会社を辞める。” 

“そんなことを約束することは出来ない”会社の置かれている状況を説明したのですが、納得してくれず、交渉は三日三晩続いたのです。“将来のことまで約束することはできないけれども、必ず皆さんが喜んでくれるようにするつもりだから、私を信用してくれないか”と答えたのでした。 

京セラを創業するにあたり、その創業の目的を“稲盛和夫の技術を世に問う”ためと位置づけていたのでした。稲盛家には、まだ若い弟や妹がおりましたから、稲盛塾長は田舎に毎月仕送りをしていました。なのに他人である従業員の生活にも責任をとるようになることに、困惑しました。親兄弟の面倒すら、満足に見ることができないのに、赤の他人から“自分達の生活を保証してくれ”と言われたのです。 

よくよく考えた末に、従業員の生活を守ることが会社の目的であると思い至り、“全従業員の物心両面の幸福を追求する”という京セラの経営理念が生まれたのでした。自分の技術者としての理想を捨てて、全従業員の物心両面の幸福を追求することを経営の目的にしようと決意しました。しかし、公的な役割も考え“人類、社会の進歩発展に貢献すること”という一項が追加されました。 

会社の目的が、稲盛和夫の私利私欲に帰結するような企業では、従業員がモチベーションを高めることはないと思います。ミッション(使命)が“全従業員の物心両面の幸せを追求すると同時に、人類社会の進歩発展に貢献する”という大義名分が備わっているものとなったのです。“人の行うべき重大な道義”すなわち大義名分(ミッション)がはっきりしていれば、人を動かす大きな力となるのです。 

ここに集う従業員を幸福にしていきたいという企業目的には、私利私欲を超えて企業に集うみんなが心から共感し、共有することを可能にするのです。また、こうした大義名分は、経営者にも大きな力を与えてくれます。私利私欲がありませんし、全従業員のためという大義名分がありますから、経営者は何一つ、一切の躊躇(ちゅうちょ)なく経営に取り組むことができるのです。 

第二電電の大義名分

通信事業が自由化された時、京セラは、通信料金の高さが情報化社会の発展の妨げになると、通信事業の経営経験なし、資金も無しあるいは制限されていて、技術も無し、技術者も無し、経営経験者も無し、無い無いづくしでしたが、何としても通信料金の削減をし、高止まりを防ぎ、日本の情報化社会に貢献したいという大義名分がありました。 

国鉄を中心とした日本テレコム、トヨタ自動車を中心にした日本高速通信との三社の烈しい戦いが始まりました。日本テレコムも日本高速通信も、すでに通信事業のインフラを持っており、多額の資金力もあり、技術者もあり、経営・営業の経験もありました。京セラの第二電電は一番不利な状態でのスタートでした。第二電電は通信料金を安くして、国民にその恩恵が及ぶことを大義名分としてスタートしたのです。 

国鉄は日本テレコムを売却してしまいました。トヨタグループの日本高速通信は現在はKDDIに吸収されています。 

すべての条件がそろった会社がうまくいかず、大義名分だけはあった、しかし資金も技術も何もなかった第二電電だけが成功しているのです。 

あらゆる事業で大義名分を掲げる

京セラには“全従業員の物心両面の幸福を追求する”という経営理念、大義名分があります。それと同じように、各事業にも、幹部が責任を持って、大義名分を立てるべきだと考えられています。各事業の部下も“このすばらしい目的を実現するために、粉骨砕身事業の発展に貢献します”とモチベーションを高め、尽力してくれるに違いありません。 

アメーバ経営に基づき、“一時間当り採算表”を見ながら、“今月は時間当りがよくないではないか、一体何をやっているのだ”と厳しい指導が行われるのですが、しかし、ただ時間当りが悪いからと追求するのではなく、“大義名分のあるこの事業に投資をし、社会のために貢献しようとしているのに、こんな実績では事業を発展させることはできず、社会への貢献もできない。早く赤字の原因を徹底研究し、早急に採算が良くなるように、つまり事業の目的を実現できるように頑張ろう。”と部下に説いていくことが不可欠です。 

厳しく“一時間当り採算”を見るのは利益追求が目的ではないのです。“この事業の大義名分を貫くために、利益が必要であり、事業も成長発展させなければならない。”と言うことが可能になり、従業員のモチベーションを高めることになるのです。 

京セラのように事業が成長発展しますと、事業も多角化してきます。多角化した事業が今後も硬直化し、マンネリ化しないで成長発展し続けていくためには、それぞれの事業が生き生きとしたものでなければなりません。それぞれの事業ごとに大義名分を掲げることが必要なのです。 

成長した企業を今後も永続的に発展させていくためには、経営者自身の“私的な目的”ではなく、誰もが共鳴してくれる事業の目的、意義を掲げ、従業員そして経営者自身を鼓舞していくことが必要です。企業が永続的に発展する為には、社会からも受け入れられ、社会の役に立つようでなければなりません。 

事業の目的が私的なものではなく、公のためとなると、心の底から張り切ることができます。それは大義名分がそのパワーを与えてくれるからです、相手のため、周囲のためということになれば、それは人間の心の奥底にある、美しい心が出てきて、自然と力が湧いてくるのです。そうした美しい心は宇宙を流れる、生きとし生けるもの全てを成長発展させようとする流れと同調し、結果も必ずうまくいくのです。 

フィロソフィーを共有する

美しい心を発揮させることは、決して難しいことではないのです。人間誰もが持っているものであり、子供のころ親や学校の先生から教わった倫理観です。嘘をついてはいけない、人を騙してはいけない、いばってはいけない、人の悪口を言ってはいけない、正直でなければならない、友達とは仲良くすること、人のために役立つ人になること、親兄弟みんな仲良く暮らす、村や町の青年会に参加しなさい、等です。 

しかし経営の中で、経営者はいろいろな経営判断を要求されます。その都度その都度、こうした基本的な“人間として正しことをする”というフィロソフィーを実践していくことが要求されるのです。経営判断に間違いをしない様に、正しい判断ができる様に、経営者自身がフィロソフィーを学び、それを通じて心を高めていく。そして自分自身を高めるだけではなく、フィロソフィーを従業員に語り、社内で共有することにも努めていかなければなりません。 

高邁な企業の目的を追求していくために、経営者はこういう考え方で経営していくつもりだということを、企業内で話し、共有していかなければならないのです。 

従業員と心と心で通じ合い共有、さらに社内でビジョンミッションを確立し、次に取り組むべきは経営者が持っているフィロソフィー、哲学を語り、それを社員と共有するということです。 

経営者が普遍的なフィロソフィーを語るためには、経営者自身が心を高める努力を怠ってはなりません。創業という山を乗り越えた経営者がその企業を守り、さらに成長させていくためには、経営者自身が高邁な哲学を身につけることが不可欠なのです。 

1400年前、中国の唐の太宗と臣下が述べています。“創業は易(やす)し、守成は難(かた)し。” 

太宗は“貞観政要”の中で“君たるの道は必ず須(すべから)く先(ま)ず百姓(ひゃくせい)を存すべし”と述べています。“国民を納める立場にある国家指導者は、まずは国民大衆を慈(いつく)しむ心を持ち、大切にしなければならない”。太宗は大義名分として“国民の幸福”を置いていたのです。 

更にどんな高邁な考え方、哲学を説こうと、経営者本人が、まるで実践をする意志がなく、それとは正反対の言動をしていたならば、従業員は誰も経営者の言動をまともに受け取らず、本気で実践しようとは思わないはずです。 

人はえてして、高邁な哲学や人間のあるべき姿など一度学べば十分だと思い、繰り返し学ぼうとしないのです。スポーツ選手が毎日の鍛錬を怠っては、その肉体を維持できないように、心や人格も常に高めようと努力し続けなければ、すぐに元に戻ってしまいます。 

逆に経営者本人が自らに厳しく規範を課し、率先垂範してフィロソフィーの実践に努め、日々反省を示すならば、それを見た従業員も自らフィロソフィーの実践に向うはずです。“社長がそういう立派な考え方をしているから、我々従業員も共鳴もするし、尊敬もする。だから社長と一緒に会社発展に尽くしていこう”と従業員が考えるように持って行かなければなりません。 

おわりに

企業統治の要諦は、 

  1. 従業員をして、経営者である社長に惚れさせること
  2. ビジョンを掲げ
  3. ミッションを確立すること
  4. フィロソフィーを説き続け、
  5. 経営者自身の心を高めていく、実践していくこと 

につきます。企業経営とはまずはこれらのことを徹底して行い、従業員に共鳴し、賛同してもらい、そのモチベーションを高めていくことがすべてなのです。

盛和塾 読後感想文 第123号

世のため人のため

経営者は “自分だけが良ければよい” という自分の欲望や自社の損得だけで動くのではなく ”世のため人のため” という高慢な精神を基軸としてビジネスを展開していくことが大切です。 “世のため人のため” という高慢な精神で経営に当たれば、自己の利益の最大化のみを目指し、利己主義に陥った資本主義の軌道修正も可能となり、世界経済は調和のある発展を今後も持続することができるようになると思われます。 

京セラ創業のとき “みんな一致団結して世のため人のためになることを成し遂げたい” と誓い、団結して経営に没頭してきました。     

第二電電の設立に際しては “動機善なりや私心なかりしか” と自ら問い “世のため人のため” という思いを原動力に事業にあたってきました。     

日本航空再建の時にも、勝算もない中でただ “世のため人のため” になればと、これ を引き受け、真摯に経営に取り組んできました。いずれも “世のため人のため” という精神を貫いてきたからこそ、事業を成功に導くことができたのです。     

経営者にとって最も必要なのは “世のため人のため” という高慢な精神をベースにし て “燃える闘魂” をいかんなく発揮することなのです。そうすることによって、より良い社会を築くことができるのです。 

戦う中小企業の販売戦略

稲盛塾長は、京セラを中小零細企業から育て上げた経験と、その日々の経営で培われた 哲学をベースに、中小企業の販売戦略について実践的な講演をしました。 

販売をするには、品質が良く、値段が安く、納期が正確であるという3つの条件が大事 だろうと思われます。 

社名を世間に浸透させる

まず、社名を世間に浸透させることです。京セラは最初、京都セラミックという名前を 付けていましたが、京都セラミックと社名を売っても当然ながら何の会社かわかりませ  ん。日本の電機メーカーに製品を売りに行っても、なかなか相手にしてもらえず、門前    払いを受けることが度々ありました。 

世間に社名や製品名が知られているというのは、一種の信用です。どこの会社でも最初は信用がありません。一般的に友人、知人、先輩を頼って仲介の労をとってもらい、お客様の門を叩きます。そうした方々の仲介を得た上で、まず自分の会社を説明し、それから売り込みを行うということになります。 

日本電子工学界における大手メーカーに行き、京セラのセラミックスの優秀なことを説明しても買ってもらえなかったのです。日本の電子工業メーカーが戦後、今日に至る発展を遂げたのは、アメリカからの技術導入でした。そこでアメリカの企業に売り込むことを考えました。日本の電子工業メーカーが技術導入しているアメリカ企業に、京セラのセラミックスを使ってもらえば、日本のメーカーにも、一も二もなく京セラのセラミックス製品を採用してもらえるだろうと考えたのです。 

そこでアメリカへ行き、製品を売り歩きました。何回も何回もアメリカを売り歩きました。日本で販売するのと同じような努力を払ったところ、その労が報われました。アメリカは歴史の浅い国ですので、長い歴史のある日本とは違い、長く続けたことよりも短期間でいかに立派なことをしたかが評価されるのです。中小企業や新しいベンチャーなビジネスを評価してもらうには、アメリカは非常に良い土俵なのでした。京都セラミックは、テキサス・インストルメントやその他の大手の電子工業メーカーに認められ、製品を使ってもらうことができました。この後、日本の企業も京都セラミックの製品を使ってもらえるようになったのです。 

中小企業の販売戦略の一番目としては、社名ブラントとして通っていなけれはなりません。

しかし、会社も小さいですから、宣伝広告するお金は当然ありません。先輩や知人を頼りにして他社を仲介してもらうやり方が一番初めにすることになると思いますが、ただし、仲介をしてくれる方の人格というものが大事であり、いい加減な人に頼みますと自分の製品、ひいては会社まで疑われることになります。 

短期間の開発能力を持つ

二番目は、短期間の開発力を持つことです。

お客様を訪問し、お客様が必要としているものがあった場合、手許にない品物やノウハウが必要となります。その時、お客様のニーズにできるだけ早く間に合わせることが大事なのです。中小企業やベンチャー企業の場合、お客様のニーズに合った製品やノウハウをすべて持っているとは限りません。 

お客様に売り込みに行ったとき、偶然お客様から “もしお前たちがこういうものをすぐ供給することができるなら、使おうではないか” と言っていただいた機会をいかに生かすかが重要です。自社の製品やサービスがお客様の持っているニーズに合わなかった場合、お客様から新しいニーズを聞いて、どれだけ短期間で間に合わせられるか、難しいことがありますが非常に重要なのです。これが技術開発力です。 

迅速な開発能力がないと、せっかく先輩や知人に他社を仲介してもらい、売り込みに行ったにも関わらず、商売が成立しないことになります。 

会社が小さくても小さいなりに、非常にクイックにお客様のニーズを満たす製品を作っていける開発能力がどうしても要求されます。 

優れた品質の製品を安定して供給する

三番目は、優れた品質の製品を安定して供給することです。

品質が他社よりも優れていることは一回だけでなく、継続的に安定して同じレベルの品質を供給できるようでなければ、販売というものは上手くいきません。 

市場で勝てる値段にコストダウンする

四番目は値段です。

京セラでは値段を決める上で “市場価格に対してコンペティティブ(競争できる)プライスで売ります” と言ってきました。 

工業部門における戦う中小企業の販売戦略についてですが、工業メーカーの場合、通常は積み上げ方式で製品価格を出すわけです。材料費+労務費+経費+目標利益という様に積み上げて値段を決めていきます。 

しかしながら、価格というものは自由競争の下では市場のメカニズムで決まってくるものだと思います。競争できる価格は同業他社よりも若干でも安い価格でなければなりません。その価格で売れる製品且つ、利益も確保できる価格で売れる製品を作るのが技術屋の仕事です。 

利益というものは、お客様にお願いして求めて得られるものではないのです。価格が市場のニーズで決まるのに対して、京セラはコンペティティブな価格、他社よりも若干安い値段で売ります。その値段でいかに安く売るかという事に関しては、技術屋の仕事にもなるのです。それには固定概念はありません。すなわち、材料費が何%、人件費が何%、経費が何%という固定概念はないのです。 

お客様との打ち合わせの中で、お客様から “こういうものを作ってくれ” と頼まれ、 “それでは私共はこういうものを供給しましょう” と約束し、品質レベル、スペック等や仕様等で供給します。そこで決まった値段と品質保証条件を満たすもので、最も安くできる方法を考えます。 

売価は市場のメカニズムで決まります。我々にはコントロールできないのです。我々がコントロールできるのはコストしかありません。材料費、人件費、経費を極小にしていく努力をします。 

値決めはトップの役目

値決めは経営そのものです。

市場メカニズムで決まった値段よりもコンペティティブである為、若干安い値段に値引きしようとします。すると、どれくらい安くしたらよいかという問題になります。その決定は一営業社員が決めるものではない。また、一営業部長が決めるものでもないのです。値決めはトップが決めるものなのです。 

値決めは難しいのです。市場価格に対してできるだけ安くすれば、大量に売れるかもしれませんが、利幅は狭くなります。あまり安くない値段、つまり同業他社と同じ値段にすれば、利幅は広くなりますが多くは売れないかもしれません。

利益の合計=売った量×利幅です。その極大値を求めようとしても、色々なファクターが入っており、簡単に解くことはできないのです。 

いくつかの選択肢がある中で、そのどれを取るかはトップが決めることなのです。一介の営業部長に任せておいて “うちの会社はあまりパッとしません” “営業部長に任せているのですが” と言っている経営者が多いのです。 

値段を決める際には、トップは材料費、人件費、経費をこう言った風に変えることができるというアイデアがなければなりません。全体コストをどう下げるかは、トップしか意思決定ができないことなのです。 

商売の成否は経営者の考え方で決まる

売る側はなるべく売って利益を多く取ろうとしますし、買う側はなるべく安く買い叩いて自分の利益を増やそうとします。 

“営業がうまい” とよく聞きますが、売った量が多いから営業がうまいとは言えないのです。売り手と買い手の間で利益のシェアを分け合うというせめぎ合いにうまく対応できるというのを “営業がうまい” と言えるのだと思います。 

お客様が期待したほどの利益が得られない製品ですと “お前のところの部品は使えない” と言われます。売り手が自分の利益をどんどん得ようと思っていると売値が非常に高くなって買ってもらえないことになってしまいます。一方で、値段を下げていきますと、お客様の利益はどんどん増えるわけですから、売値がタダになるまで商いは成立します。商いが成立する条件というのがいろいろあるのですが、その条件の中でどのくらいリーズナブルな値段で注文がとれるかということが営業の技量です。 

自分の利益だけを追求しようと思って、常にお客様が許してくれる最高限度のところだけをとる姿勢をとっていると、だんだん “あいつのところはどう考えても高い” と言われ、お客様が去ってしまいます。短期的には利益を得ても、長期的には利益が得られなくなってしまいます。 

どの値段が最適なのかという問題は、まさにトップが決めることなのです。そしてそれはトップが持っている哲学に起因しているのです。えげつない性格の人はえげつない価格帯で値段を決めますし、気の弱い性格の人は気の弱い価格帯で値段を決めるわけです。気の弱い経営者は年中親会社にいじめられて倒産することになります。えげつない経営者は親会社を騙すようなことをして信用を失い、これも会社が潰れることになります。 

経営というのは、まさにその人が持っている心、哲学で決まるものなのです。値決めの決め方もバランスの問題なのです。えげつない性格でもダメですし、気の弱い性格の人でもダメなのです。 

どのような人がいいと言いますと、豪快さと繊細さの両方を持った経営者、両極端を併せ持った人です。 

お客様の希望通りに納品する体制をつくる

五番目は納期です。

それは、お客様が欲しい時にタイミング良く製品を供給することです。 

お客様が欲しがっている時にタイミング良く製品を供給してあげられる体制づくり、これが完璧にできることが大切です。 

“お客様に徹底的に奉仕する” 哲学を持つ

営業に関する基本的な考え方や姿勢、基本的な哲学が最も重要なのです。営業はお客様の召使い、サーバントであるべきだ。お客様の召使いが気持ちよくやれないようでは、どんなに立派な販売戦略を持っていたとしても、決して成功するとは思えません。 

お客様の召使いをするということは、お客様に対して徹底的に奉仕をするということです。ただし、値段と品質については徹底的に奉仕ができないものです。値段において徹底的な奉仕をするとタダで売るしかありませんが、それでは事業はできません。品質についても徹底的に奉仕をすると、べらぼうな保証が必要となってしまいます。 

値段と品質については奉仕の限界がありますが、お客様からの要望については常に無限の可能性を信じて何とか応えられるように努力していくことが大切です。 “もうこれ以上は値段が下がらないのではないか” と思っていても、お客様に要求されれば何とか今までの概念を覆して、値段を下げることにチャレンジしていくのです。品質の問題にしても、もうこれ以上良いものは作れないと思っているとしても、お客様の要求があればさらに徹底して品質を追求していくのです。 

徹底したお客様への奉仕が最近ではどんどん廃れて (すたれて) きています。 “消費者は王様” などと言われていますが、実際はそうではなく、お客様を大事にする姿勢はどんどん廃れて (すたれて) きているはずです。 

最近では、小売商のお店を見てみますと夕方5時になるとシャッターを下ろしています。しばらく前までは夜7時まで店を開けていたのに、最近はもう5時に閉めているのです。実は文明の発展の程度により、店の閉まる時間が違うのです。発展途上国へ行きますと、夜遅くまでお店が開いています。文明が進んだ国へ行きますと、より早く閉まっているという現象が見られます。 

徹底的に奉仕をするとすれば、利益が増えることが分かっていながらそれが実行できない、結局はやる気がないわけです。皆がやらないことをやればいいだけなのです。 

経営の原理原則を貫く

どんな時代でも経営の原理原則は変わるわけではありません。もちろん環境は変わっていきますが、自分が持つ経営理念だけは簡単に変えてはならないのです。 

京都には、MKタクシーという会社があります。タクシーに乗りますと “いらっしゃいませ。どちらまでですか?” と挨拶をします。行き先を伝えれば “ありがとうございます” と言ってくれます。他のタクシー会社はこの商売の初歩の初歩をやっていないのです。それだけで差がつくのです。徹底した奉仕をすれば、それが強力な営業になって、その会社のものを買おうというお客様が必ず増えてきます。 

アメリカの外食産業では、マクドナルドやケンタッキー・フライド・チキンにしても、日本のうどん屋みたいなものですが、高賃金のアメリカでも価格が安いのです。それに比べて日本は古くからある食べ物は値段が異常に上がってきています。確かに人件費は上がってきていますが、お客様に対する徹底的な奉仕をしようとする意識はなく、楽をして儲けようという意識になっています。 

やはり大事なのは、基本的な姿勢です。それは徹底した顧客への奉仕であり、お客様の召使いに徹するという哲学がベースになるのです。 

 いかに複数のお客様を満足させるか

大手メーカーの場合 “うちだけに納めなさい” という方針の会社があります。しかしそれでは、大手企業一社に納めている中小企業の先行きが危険ではないかと思います。 

大手メーカーから関係を切られるという危険もありますが、それだけではありません。常に製品を一社だけに納品していますと、最初は値段も安く品質の良いものを一生懸命に作っていたのが、だんだん長い付き合いになってきますと甘えが出てきます。 “値段をもっと安くしろ” と言われても “いや、できません!” と言ってしまう。そのように馴れ合いによる甘えが生じ、それが信頼関係を崩していくのです。 

逆に買う側から考えます。最初のうちはその部品供給会社が下請けとしてよくやってくれていることに満足しています。しかし、それが何年もして慣れてきますと、比較対照するものがなくなります。最初のころはA社という会社よりもB社の方がずっと良いサービスをしてくれ、一生懸命納期も守ってくれるし、いい会社だと思っています。それが長い付き合いになりますと、比較する相手がありませんからB社に対する満足感が薄れ、だんだん我儘になり、そのため両者の関係に亀裂が入ってくるのです。 

複数の会社を相手にしていくのはいいことなのですが、複数の相手に製品を納めて、どこも満足させることは簡単にはできません。複数の相手を本当に満足させるためには、徹底的に奉仕することが必要だからです。 

複数のお客様を相手にしますと、それぞれの相手から毎年 “値段を安くしてくれ。品質をさらに上げろ” と言われますし、 “製品をすぐに持ってこい” を言われますし、徹底的な奉仕をするとなると、もし夜中に従業員がいないなら社長自らトラックやバイクに乗って納品しなければなりません。 

系列に属さない中小企業が電子部品や電子工業用の材料を作って、日本はおろか世界中の大手メーカーに納めさせてもらうと、中にはたいへん過剰な要求もあります。それをうまく処理することが要求されるのです。 

商いの極意はお客様に尊敬される事

以上六つの販売戦略により、信用が生まれてきます。 “あの会社は信用がある” となります。商いというのは、信用を作っていくことの積み重ねだと言われています。 

信用されている人または会社が、徳を備えていると思われるくらい信用されることがあります。信用の度合いが人物や会社の社格にまで達していることがあります。 

信用を築いていくためには、いい品物を安く正確な納期で提供していく素晴らしい奉仕の精神で尽くすことが必要です。このような素晴らしいパフォーマンスを確実に果たし、信頼のおける人に徳性が備わると、信用という段階を超えて尊敬されるようになります。尊敬されれば、値段がいくらという問題ではなく、 “あなたの会社からしか買わない” と言ってもらえます。 

その意味するところは、お客様は値段、品質、納期について他社と比べてはるかに秀でており、全体コストが間違いなくこの会社や人に頼めば最低になるのだと思うからです。こういう事の積み重ねがあってこの人は徳のある人だと思われます。 “徳” にはその裏付けがあると思います。 

お客様をして尊敬せしめるだけの人物であれば、値段を他社と見比べて、安いから買ってもらえるのではなく、絶対的に信頼されて買ってもらえるのです。絶対的に信頼された以上は、決して相手を裏切ってはならないのです。 

販売戦略を云々する以前に、信用を築いていくプロセスを六つほど述べましたが、それらを真剣に実行する一方で、営業に対する姿勢、営業哲学 -お客様への徹底した奉仕- をさらに高いレベルにまで高めていくことにより、お客様をして尊敬せしめることができると思います。 

そうすれば、世界的な営業もできるはずです。それは必ずしも国際経済戦略に基づくものではないはずです。個々のケースで素晴らしい哲学に裏打ちされた営業を行っていくことが、営業戦略になっていくと思います。 

京セラグループのアメリカでの事業展開を見てみますと、従業員数が千九百人になっています。これはたいへん優れた経営学者が考えたような販売戦略を組んだ結果ではありません。過去十年間ずっと目の前にあることを着実に一歩一歩積み重ねていったことが今日のアメリカにおける成功につながっています。

 

盛和塾 読後感想文 第122号

経営十二ヶ条(第五条-第十二条)

経営十二ヶ条は短く簡単平易な言葉で構成されているために、中には“果たしてこれだけで経営はできるのか”といぶかるかも知れません。しかし日本航空再建の際、その意識改革の活動が経営幹部への経営十二ヶ条だったのです。この経営十二ヶ条の理解を通して日本航空の幹部はその官僚的な意識を拭い去り、高収益企業の経営幹部にふさわしい意識、考え方を身につけるようになりました。 

日本航空では今もこの“経営十二ヶ条”を学び続けています。最高経営幹部が月に一度集まり、フィロソフィーを勉強する“リーダー勉強会”という研修会があり、この経営十二ヶ条がそのテーマです。 

経営十二ヶ条は、多くの人が認め、その力が実施された実践的な経営の要諦です。 

今回は、経営の十二ヶ条の第五条から第十二条についての話です。 

  1. 売上を最大限に伸ばし、経費を最小限に抑える 

入るを量って、出ずるを制する、利益を追うのではない、利益は後からついてくる。 

京セラ創業時、稲盛塾長は経営の経験や知識もなく、企業会計については何も知りませんでした。経理課長が使う専門用語が理解できませんでした。そして議論の後、“とにかく売上から経費を引いた残りが利益なのですね。それなら売上を最大にして、経費を最小にすればいいのですね”と結論づけたのでした。 

経営の常識として、売上を増やせば経費もそれに従って増えていくものと考えておられると思います。しかしそうではありません。売上を増やせば経費も増えるという誤った“常識”に捕らわれることなく、売上を最大限に、経費を最小限に抑えていくための創意工夫を徹底的に続けていく、その姿勢が高収益を生むのです。 

現在の売上を100として、そのための従業員と製造設備を持っているとします。受注が150まで増えたとすると、一般には従業員数も五割増員、と五割増の設備で150の生産をこなそうとします。 

このような足し算式の経営はしてはならないのです。受注が150まで増えたら、生産性を高めることによって、本来なら五割増やしたい人員を二~三割増に抑えるのです。そうすることによって、高収益の企業体質を実現することができるのです。 

受注が増え、売上が拡大して会社が発展する時こそ、徹底した筋肉体質を図り、高収益企業とする千載一遇のチャンスであるのに、ほとんどの経営者は、その好沢期に放漫経営の種を蒔いてしまうのです。足し算式に“注文が倍になれば、人も設備も倍にする”という経営を行っていては、一転受注が減り売上が落ち込むような事態を迎えるならば、たちまち経費負担が大きくなり、赤字経営に転落することになってしまいます。 

売上最大、経費最小を実践するためには、業績が組織ごとにリアルタイムに明確にわかるような、管理会計システムがなければなりません。そのような会社の業績向上に貢献するシステム・仕組みを構築することも、経営者の大切な役割の一つです。 

経営者の熱い情熱、そして誰にも負けない努力と絶えざる創意工夫があれば、企業は成長発展していきます。しかし成長発展し、組織が拡大していくなかで、経営の実態がわからなくなり、行き詰ってしまうことがよくあります。組織が拡大しても、その実態がリアルタイムに解かるような、きめ細かい管理の仕組みが必要です。 

経営を盤石のものとするために、精緻(せいち)でしかも全員が経営に参加できるような管理会計システムの酷地区が必要不可欠なのです。京セラでは創立間もない頃から“アメーバ経営”を導入して、その目的を達成してきました。 

一般の財務会計とは異なり、経営者が経営をするための管理会計手法が“アメーバ経営”です。数名から数十名ほどで構成される“アメーバ”と呼ばれる小集団が千以上も存在し、それぞれの組織のリーダーが、あたかも中小企業の経営者のように、自分のアメーバの経営を行っています。 

アメーバ経営では、収支をアメーバが一時間当りいくらの付加価値を生んだのかという独自の指標で表現しています。付加価値(売上から使った経費をすべて差引、残った金額)を月の労働時間で割った数字を指標としています。これを“時間当り採算制度”と呼んでいます。 

この時間当り採算制度に基づき、月末に締めますと、翌月月初に各部門ごとの実績が“時間当り採算表”として詳細に出てきます。この時間当り採算表を見れば、どの部門が収益をあげているのかということが、手に取るようにわかります。 

この時間当り採算表は、経費を最小限に抑えるために、経費項目を細分化しています。財務会計の勘定科目よりもっと細かく分類した、現場に則した実質的な経費項目になっています。光熱費と大くくりではなく、電気代、水道代、ガス代と細かく分かれているのです。なぜなら実際に仕事をしている現場の従業員たちが、すぐに理解でき、経費削減のための行動が具体的に起こせるものでなければならないからです。 

このアメーバ経営も日本航空の再建に大いに貢献しました。幹部から従業員/社員に至るまで、意識改革の勉強会を進めていくと同時に、航空運輸業に適応した管理会計システムを構築してきました。 

日本航空では、経営実績の報告が数ヶ月後に作成され、それもマクロ的なもので、一体だれが責任を持っているのか、責任体制も明確ではなかったのです。航空業界の利益は、フライトから生まれますから、路線ごと、路便ごとの採算がどうあっているのかと聞いても、一向にわかりません。 

その為、路線ごと、路便ごとにリアルタイムに採算が解かるようなシステムを作らなければ、会社全体の採算向上を図ることはできません。部門別、路線別、路便別に採算がリアルタイムに見えるような、またそれぞれのアメーバの責任者が中心となって、その収益性を高めるために、創意工夫を重ねていけるような仕組みを、現場の社員と一緒に構築しました。 

その結果、詳細な部門別の実績が翌日には出るようになり、全社員が自部門の実績を見て、それぞれで少しでも採算を良くしようと懸命に取り組んでくれるようになりました。また全てのフライトの路線ごと、路便ごとの採算が翌日にはわかるようになり、需要に応じて臨機応変に機材を変えたり、臨時便を飛ばしたりすることが現場の判断でできるようになりました。 

整備や空港カウンターなどにおいても、組織をできるだけ小集団に分け、それぞれが経費を細かく管理できるようにしました。経費の明細を全員で共有し、“少しでも無駄はないか”“もう少し効率的な方法はないか”など、衆知を集めて全員で経営改善に取り組めるような体制にしました。 

この管理会計システムの数字をベースとして、各本部、子会社のリーダーに集まってもらい、自部門の実績について発表する“業績報告会”という月例会議を始めました。毎月二日~三日にわたって朝から夕方まで開かれる“業績報告会”では、部門別、科目別に実績予定がびっしりと記された膨大な資料をもとに、会長・社長が“なぜこのような数字になっているのか”と徹底して追求することになっています。 

この“業績報告会”を続けていくうちに、数字で経営することが当たり前になり、現在ではリーダーがいかに採算の向上に努めてきたか、これからどう採算をよくしていくかなど、経営者としての思いを数字に込めて発表できるようになりました。 

京セラの成長は天は、独創的な技術があり、付加価値の高い製品を作ってきたことということはありますが、それだけではないのです。経営の実態がよく見える経営管理システムを構築・運用し、さらに全社員をあげて“売上最大、経費最小”という経営の要諦を、ただひたすら追求してきたことが、最大の要因だったのです。 

  1. 値決めは経営

値決めはトップの仕事。お客様も喜び、自分も儲かるポイントは一点である。 

値決めをするには、事業の全体と具体的な仕事の内容、原材料、労務費、製造間接費、仕入業者、お客様、競争、様々な側面を考えなくてはなりません。 

うどん屋の屋台の例をとってみます。

うどんを出すとすれば、だし汁は何からどうしてとるのか、麺は手打ちなのか機械打ちなのか、具のかまぼこはどれくらいの厚みにするのか、何枚のせるのか、ネギはどこで仕入れるのか、うどん一杯でもいろいろなコストが考えられます。 

屋台はどこに出すのか、お出店立地の問題、繁華街でのお客か、学生相手なのか、決めなければなりません。 

製品の値決めには、競争も考えなければなりません。価格を下げ、利幅を少なくして大量に売るのか、それとも価格を上げ、少量販売であっても利幅を多く取るのか、その価格設定は無限です。ある価格を決めた時に、どれだけの量が売れるのか、どれだけの利益が出るのかということを予測することは、困難なことです。したがって、値決めをひとつ間違えると、大きな損失を被ることになるのです。 

この一点を見抜けるのは、営業マンではなく、経営トップでなければならないはずです。 

しかし、その値段で売ったからといって、必ずしも経営がうまくいくとは限りません。お客様の求める最高の値段で売ったけれども、利益が出ないこともあります。問題は決まった価格の中で、どのように利益を出すかということになります。 

営業が単に安い値段を出して注文を取ってきたのでは、製造がどんなに努力しても利益は出ないかもしれません。しかし、一旦決まった価格で利益が出るか出ないかは製造部の責任になります。 

メーカーは原価プラス利益で売価を決めることが一般的です。原価主義という方法です。しかし競争が激しい市場では、売値が先に市場で決まってしまいます。原価に利益を積み上げた価格では売れませんから、たちまち、利益がぶっ飛んで、たちまち赤字に陥ってしまうことになります。 

一般には新しい製品や技術を開発するのが技術屋の仕事だと思っているかもしれませんが、それだけではありません。どのようにコストを下げるかということも考えるのが、優秀な技術屋の仕事なのです。 

熱意を重ねて決めた価格の中で、最大の利益を出すような経営努力が必要となってきます。従来の原価主義で、材料費はいくら、人件費はいくら、諸経費がいくらかかるといった固定概念や常識は一切捨てるべきです。 

製品の仕様や品質など、与えられた要件をすべて満たす範囲で、製品も最も低いコストで製造する努力を徹底して行うことが不可欠です。 

その時大切なことは、値決めと仕入れ、製造のコストダウンが連動していなければならないということです。決して値決めだけが独立して決められるのではありません。 

値決めを決定するということは、仕入とコストダウンにも責任をとるということなのです。つまり、値決めをする瞬間にもう仕入と製造コストダウンを考えていなければなりません。それらのことが頭の中にあるからこそ、値決めができるのです。 

値決めは経営であり、それは経営者の仕事であり、その価格決定は経営者の人格のままに現れるということです。 

  1. 経営は強い意志で決まる - 経営には岩をもうがつ強い意志が必要 

経営とは経営者の意志が現れたものです。こうありたいと思ったら、何が何でもその目標を実現しようとする、強烈な意志が経営には必要なのです。得てして、目標が達成できない場合には、すぐに言い訳を用意したり、目標を修正してみたり、中には目標を撤回してしまったりする人がいます。そのような経営者の態度は、従業員にも大きな影響を与えてしまいます。 

株式を上場しますと、来期の業績予想を発表しなければなりません。それは株主への約束でもあるはずです。日本では多くの企業が、経済環境の変動を理由に下方修正することとに、あまりためらいがあるようには見えないのです。 

一方では、同じ経済環境の中にありながら、目標をみごとに達成して見せる経営者もいます。強い意志で、あくまでも計画を遂行していくような経営者でなければ、変化の激しい経営環境を乗り切っていくことは難しいと考えられます。 

状況変化に合わせては、下方修正した目標ですら、次にやってくる経済環境の波に翻弄されることになり、従業員からの信頼を大きく失ってしまうことになります。経営者は“こうしたい”と決めたのなら、強い意志でやり抜かなければならないのです。 

その時大切なことは、従業員の共感を得るということです。もともと経営目標とは、経営者の意志から生まれたものです。同時にその目標が、従業員全員が“やろう”と思うようなものとなっているかどうかが大切になってくるのです。経営目標という経営者の意志を全従業員の意志に変えることが必要なのです。従業員の方から、自分たちが苦労するような高い目標数時が率先して出てくることはないはずです。経営目標というのはやはりトップダウンで決定すべきです。その高い目標を従業員の意志にまで注入し、理解を求めることが必要なのです。 

“うちの会社はすばらしい可能性を持っている。今は小さいが、将来は大きな発展が期待できる”と日頃から話をする。コンパを通じ、“今年は倍ぐらいに売上をのばそう”と話しかけていきます。経営も心理学です。低すぎるような目標であっても冷ややかに口火を切らせれば、“無茶です。できるわけがありません”となってしまいます。 

経営者は立てた高い目標を達成せよと命令するだけではなく、従業員の気持ちをリフレッシュさせ、モチベートさせながら経営目標を共有し、その達成を目指すための様々な創意工夫がなければなりません。最も大切なことは、何としても目標を達成したいという、経営者の必死の思いを、あらゆる機会を通して、従業員に率直に投げかけるのです。 

“死力を尽くす”ぐらい経営者が必死な姿で経営に取り組むこと、それこそが経営者の意志の表われです。経営目標を従業員と共有するにあたり、最も重要なことです。 

  1. 燃える闘魂 - 経営にはいかなる格闘技にもまさる激しい闘争心が必要 

経営には激しい企業間競争が伴います。経営者は従業員を守るために、すさまじいばかりの闘魂、闘志を持って、企業間競争に挑まなければ勝算になりません。“絶対に負けるものか”という激しい思いが必要不可欠です。 

闘争心とは、競争会社など対象とする相手があり、それに負けまいとするだけではありません。万全な経営に努めていても、円高などの経済変動、国際競争、自然災害、思わぬ変動要因が沸き起こってきます。 

しかしこれら経済変動や天変地異は決して経営者の責任ではありません。しかし、それらを口実にして、安易に業績の下降を許してはなりません。それら予期せぬ事態をも超えて、事業の拡大をめざしていかなければ、企業は決して成長発展していくことはありません。 

京セラ創業以来、ニクソンショックを受けた円の変動相場制への移行、石油ショックによる空前の不況、半導体・自動車を契機とした熾烈な日米貿易摩擦、プラザ合意後の急激な円高、バブル崩壊後の悪い不況、リーマンショックによる世界規模の金融不安、欧州諸国の財政危機に端を発した景気後退と、次々と巨大な景気変動の波が日本経済に襲いました。 

しかし、京セラは景気の波を真正面から受けながらも、成長を続け、収益を上げ続けることができたのです。京セラの経営陣が“絶対に負けるものか”という強い思い、燃える闘魂をもって経営にあたり、いかなる景気変動にも開けることなく、努力と創意工夫を重ね、成長発展をめざしてきたからです、 

自分の会社を守る、従業員を何としても守るという強い責任感が、燃える闘魂の源なのです。どのような経済環境であれ、闘争心をもって誰にも負けない努力を続けていさえすれば、必ず道は開けてきます。また“命を賭して従業員と企業を守る”という責任感のある人が経営者になれば、どんな時代でも企業は必ず成長発展を遂げていくのです。 

  1. 勇気をもって事にあたる - 卑怯な振る舞いがあってはならない 

企業経営に当り“人間として何が正しいのか”という原理原則に基づいて判断をしていけば誤りはないと稲盛塾長は考えて、経営をしてきました。 

多くの経営者がそうした原理原則に基づいて結論を下さない場合があります。様々なしがらみがあったり、政治家の意向で横ヤリが入ったり、暴力団員が接触してきたりします。そのような時、なるべく穏便に済ませ、無用な波風を立てないということを、判断の基準としてしまうことがあります。 

原理原則で結論を下したことで、脅迫を受けるなど、自分に災難が降りかかってくることがあろうとも、また人から誹謗中傷を受けようとも、全てを受け入れて会社のために最もよかれと思う判断を断固として下すことができる。それが真の勇気を持った経営者の姿です。 

原理原則に基づいた正しい判断を下すためには、勇気というものが不可欠であり、勇気のない人には正しい判断が期待できないと思います。 

経営者に勇気がなく、怖がり、逡巡している様というのは、すぐに幹部や従業員に伝染していきます。そのような経営者の情けない姿を従業員が知れば、たちまち信頼を失ってしまいます。勇気のない経営者の下で仕える従業員も同様に重要な局面に立たされた時、妥協することを良しとし、時には卑怯な振る舞いに走ってしまうことになるのです。 

経営者に必要な勇気は“胆力”ともいえます。東洋古典に通じる安岡正篤(まさひろ)先生の著書の中で“知識”“見識”“胆識”ということについて述べられています。知識は様々な情報を理性のレベルで知っているということです。物知りのことです。知識を見識にまで高める、すなわち信念になっていなければならないのです。社長は判断を迫られます。そのときに見識、つまり信念をもっていなければ、正しい判断を下すことができないのです。 

さらに真の経営者を目指すならば、“胆識”を持ち合わせていなければなりません。見識に勇気が加わったものです。魂のレベルで固く信じているがために、何ものにも恐れないという状態です。単式をもった経営者は、いかなる障害が現れようと、正しい判断を下し、敢然とめざす方向に経営の舵(かじ)をとることができるのです。 

  • 常に創造的な仕事をする - 今日よりは明日、明日よりは明後日と常に改良改善を絶え間なく続ける。創意工夫を重ねる 

米国の著名なジャーナリスト、ピューリッツア賞を受賞した、デイビッド・ハルバースタムは、その著書“ネクスト・センチュリー”で一章を割き、稲盛塾長について述べています。“次にやりたいことは、私たちには決してできないと人から言われたものだ”という稲盛塾長の言葉を引用しています。 

京セラはファインセラミックスという新しい素材をいち早く見つけ、従来は工業用材料となり得なかったファインセラミックスを工業用材料として確立させ、更に何兆円という規模の産業分野として成長せしめた、パイオニア企業なのです。 

ICパッケージを開発し、半導体産業の成長を促したことをはじめ、人工骨など生体用材料にもいち早く取り組み、現代のファインセラミックス分野の開拓者として社会に貢献してきました。 

多くの人は京セラの技術開発力が独創的な事業になったと考えています。“我が社にはそのような技術力は何もない。その為に発展しないのはやむを得ない”と嘆いています。 

しかし、そうではないのです。他社に傑出(けっしゅつ)した技術力を最初から持っている中小企業など一つもありません。創造的な仕事を心がけ、今日よりは明日、明日よりは明後日と常に改良改善をしているかどうかということで、独創的な経営ができるかどうかが決まってくるのです。 

掃除などは一見工夫のしようのない雑事のように思われますが、そうではありません。毎日同じような掃き方をするのではなく、今日はこう掃いてみたけれど、明日はこうやってみよう、明後日はこうやってみようと少しずつ能率が上がる方法がないかと考えてみる。三百六十五日、毎日少しずつ掃除のやり方を改善することに努めると、様々な創意工夫が浮かんでくるのです。 

一日の工夫はわずかなものですが、改良改善が一年も積み重なれば、大きな変化を遂げているはずです。これは掃除だけではなく、すべての分野について言えることです。 

“同じことを同じように毎日繰り返してはならない。常に創造的な仕事をする”ということを業務方針とし謳(うた)い、率先垂範、経営者がその範を示していけば、三~四年後には必ずすばらしい技術開発ができる創造的な企業に生まれ変わっていきます。 

独創的な製品開発や創造的な経営などが才魚からできるわけがありません。日々、真剣に改良改善を求め、創意工夫をたゆまず続けられるかどうかが鍵となってきます。 

そのとき大切なことは、“能力を未来進行形で考える”ということです。自分の現在持っている力をもってして、将来何ができるということを考えるのではなく、今はとてもできそうもないと思われる高い目標であっても、未来のある一点で達成すると決めてしまうのです。その一点にターゲットを絞り、現在の自分の能力を、その目標に見合うまで高める努力を、日々間断なく続けていくのです。 

また、自分に不足している技術があれば、そういう技術をもった人材を見つけて採用することも含めて、自分自身の能力も改善していくのです。 

現在の自分の能力をもってして、できるできないを判断していては、新しいことなどできるはずがありません。今はできないものでも、何とかしてやり遂げたいという強い思いからしか、創造的な事業、創造的な企業は生まれることはないのです。

思いやりの心で誠実に - 商いには相手がある。相手を含めてハッピーであること、皆が喜ぶこと 

十一.   思いやりの心で誠実に - 商いには相手がある。相手を含めてハッピーであること。

皆が喜ぶこと 

思いやりとは“利他の心”です。自分の利益だけを考えるのではなく、自己犠牲を払ってでも相手に尽くそうという美しい心のことです。 

しかし、“思いやり”や“利他”など、弱肉強食のビジネス社会では実現は難しいと考える方も多くいます。しかし“思いやりの心”が経営の世界でも大切であり、“情けは人のためならず”というように、その恩恵は巡り巡って自分にも返ってくるのです。 

京セラがアメリカの会社AVXという会社を買収しました。AVX社がコンデンサーの世界的メーカーであることから、京セラが総合電子部品メーカーとなるために必要と判断し、AVX社会長に買収を申し入れました。京セラの株と株式交換することとなりました。AVX社の株価は当時$20でしたが、五割増の$30と評価して、その株を同じニューヨーク証券取引所で取引されていた京セラの株式・当時82ドルと交換することを決めたのです。 

ところが、すぐ後に、$30では安いから、$32にしてほしいと申し入れがありました。京セラの米国法人の社長や弁護士は、真っ向から反対でした。先の会長からすれば1ドルでも高くなるよう要求するのは当然と考え、その要求に応じました。 

ところが株式交換の日が近づいて来たとき、ニューヨーク証券取引所の平均株価が下落し始めたのです。京セラの株式も$82から$72近くに落ちてしまいました。それを見たAVX社の会長は交換株価レートを1株82ドルから72ドルに変更してほしい旨、連絡がありました。京セラの株価だけが下がったのではなく、市場全体が下がったのだから、交換比率の変更の必要は全くないというのが通常の味方です。京セラの関係者もまた口をそろえて申し出を突っぱねるべきだと主張しました。しかし企業同士が一緒になることであり、いわば企業間の結婚のようなものです、ならば、最大限に相手のことを思いやる必要があると考え、再度の不利な条件変更にも応じることとなりました。 

買収終了後、京セラの株価は右肩上がりに上昇し、AVX社の株主は大きな利益を得たと喜ばれました。AVX社の従業員も、反感や不平不満もなく、京セラの経営哲学を素直に受け入れてくれ、両者の間には最初からいいコミュニケーションが築かれることとなりました。 

AVX社は、買収後も発展成長を続け、買収後5年足らず、ニューヨーク証券取引所への再上場を果し、京セラはこの再上場を通じて多額の株式売却益を得ることになりました。 

相手を大切にし、思いやるという“利他”の行為は一見自分達が損をするように見えても、長いスパンで見れば必ず、すばらしい成果をもたらしてくれるものなのです。 

十二.常に明るく前向きに、夢と希望を抱いて素直な心で 

経営者というものは、どんな逆境にあろうとも常に明るく前向きでなければなりません。降りかかる経営の諸問題に押しつぶされそうになり、そのような状態にじっと耐えている経営者の姿は悲壮感さえ漂うものかも知れません。強い意志や闘魂が経営には必要だと思い、悲壮なまでに思い詰めて、悩み抜いて、経営をしなければならないと思われるかもしれません。 

そうではありません。正念場ではすさまじいばかりの闘魂や、どんなことがあってもくじけない強い意志があるからこそ、日常は明るく振る舞う心がけが大事になってくるのです。 

一方では“何としてもやらなければならない”と強い意志、思いがありますが、もう一方では何があったとしても自分の将来には必ずすばらしい未来が開けるのだという確信を抱いて、明るくポジティブに生きていくのです。自分の人生をポジティブに見ること、これが人生の鉄則であり、経営者として生きる要諦です。

盛和塾 読後感想文 第121号

哲学的なものを身につける人生

戦後、10数年後に生まれた世代の人達は、社会が安定しており、経済も良くなっている時代に生まれ育ちました。頭がよくて優秀であれば大学に入れ、卒業後は会社に入れたと思います。 

こうした年代の人達は苦難に遭遇していませんから、哲学宗教の勉強といっても知識として学んでいる程度のものだと思います。論語を離すことができても、それが身についていないのです。それは苦難に遭遇して、哲学的なものを身につけるチャンスが少なかったからだと考えられます。“確固とした素晴らしい人生観、価値観を持ってこういう生き方をすべきだよ”と部下に説ける人は皆無だと思うのです。 

稲盛塾長は少年時代には病気にかかり、大学受験には失敗し、就職した会社は倒産寸前、そのあげく、上司と衝突するという困難に遭遇したのです。京セラ創業時には、若い従業員との団体交渉の結果、会社の目的までも考えざるを得なくなりました。こうした逆境の中で、哲学的なものを模索して、自分なりに人生観や価値観を構築してきました。そうして、そういう哲学的なもので、従業員に働きかける経営を稲盛塾長はして来ました。 

改めて考えてみますと、手を合わせて拝みたくなるような素晴らしい逆境を与えてくれたのです。人間というのは、苦労に直面すればそこから逃げる人じゃなしに、真正面からそれを受け止めて、成長の糧にしなくちゃいけない。苦難は受け止め方によってマイナスにもなるし、プラスにもなると思うのです。 

なぜ経営に哲学が必お湯なのか-企業を成長発展させる、繁栄させるフィロソフィー - なぜ経営に哲学が必要なのか

  1. 経営はトップの考え方で決まる

“経営者には立派な哲学が求められる”経営者の哲学と会社の業績はパラレルの関係であり、経営を伸ばそうと思うならば、まず経営者自身の心を高めなければならない。哲学とはその人が持つ考え方、人生観と言い換えてもいいかも知れません。“人生はこうあるべきだ”“自分の会社をこうしたい”という考え方や人生観というものを経営者はもっています。経営者の考え方が大切なのは、経営者の持っている考え方によって、経営のすべてが決まってしまうからなのです。経営がうまくいかないのは、経営幹部が悪いのでもなければ、従業員が悪いのでもありません。トップである経営者の考え方が間違っているからなのです。 

ある経営者から、次のように言われました。

“稲盛さん、あなたは会社が大きくなったのに、今でも休む間もなく朝から晩まで働いている。京セラは立派な会社になったのだから、相当余裕もできたのだから、もうそんなに一生懸命働く必要はないのではないか”“もう使いきれないほどのお金がある。もうこれで充分ではないか。何で、そんなにあくせく働かなくてはならないのか”

と思われたようです。 

“いや、私も会社を伸ばしたい”と一方では話をしておられます。“伸びなくてもいいとは思っていません”と言いながら一方では“そんなに働かなくてもいいではないか、もっと楽をしたい、怠けたい”と思っているのです。こうした考え方が会社の業績を左右しているのです。 

経営者が思っていること、考えていることがすべて自分の会社の業績に反映されるわけです。ところが誰もそうだとは思っていないのです。 

  1. フィロソフィーのベースは“人間として何が正しいか”

稲盛塾長は27歳で京セラを創業しました。何の経営の経験もありませんが、日々従業員から判断を求められました。“これはどうしましょうか”と社員が決裁を求めて来ます。経営者としてこれらに対して判断を下していかなければなりません。 

その時、子供の頃に教わったことを判断基準にしたのです。それは“人間として何が正しいのか”ということだったのです。“やっていいこと、やってはいけないこと”という基本的な倫理観です。 

経営の経験のない稲盛塾長は、このようなプリミティブな倫理観をベースとして経営を進めて来たことが、京セラを成長発展に導いたのです。もし、明確な判断基準がなかったら、また、若干でも経営の経験や知識があれば、“もうかるか、もうからないか”“損か得か”を判断基準にしていたかもしれません。一生懸命に働くよりは、うまく妥協したり、根回しをする術を覚えて、少しでも楽をしようとしたに違いありません。 

“人間として正しいことを貫く”ということを経営判断基準としたのですが、では、そのような判断基準に基づいて日々どのように経営や仕事に当って行けばよいのか、その具体的な考え方と方法論を一生懸命考えました。 

企業を成長・発展させるフィロソフィー

  1. 誰にも負けない努力をする

事業を起こした人は、自分の事業を成功に導こうと必死に働きます。そうした心構えのない人は、経営者にはふさわしくありません。“誰にも負けない努力をする”というフィロソフィーは、経営者になるにあたっての前提条件なのです。 

自然界を見てみます。自然界では必死に生きるということが前提になっています。楽をしようと考えるのは人間だけです。自然界には、そういう存在はないのです。自然界にいる動植物は必死に、一生懸命生きています。自然界では努力を怠れば、そもそも生きることはできず、淘汰されてしまう運命にあります。 

夏の暑い日照りの中で、通路のアスファルトの割れ目から雑草が芽を出しています。あまり水分も土もないところで、雑草が芽を出しています。自然界では、そういうたいへん過酷な環境の中でも、種子が舞い落ちれば芽を出し、葉を広げ、炭酸同化作用(光合成)を精一杯行い、そして花を咲かせ、実を結び、短い一生を終えます。 

そのように自然界では生物が過酷な環境の中でひたむきに必死で生きています。いい加減に怠けて生きている動植物はありません。 

どんな厳しい環境が襲ってこようとも、人一倍努力していくことが、経営者としても人間としても最低条件なのです。 

人に“一生懸命働いていますか”と尋ねますと、“はい 働いています”と返答します。しかし、それでは意味がないのです。“誰にも負けない努力をしています”という答えが必要なのです。もっと真面目に、もっと一生懸命に働かなければ、会社でも人生でもうまくいきません。 

一生懸命に、誰にも負けないくらい働くことが経営のノウハウなのです。 

  1. 慎重堅実な経営を行う

いったん成功した事業を安定させるには、慎重堅実な経営を行うことが求められます。

日本の中小企業白書や民間の調査機関のデータによりますと、平均すると、企業してから1年後、40%が倒産し、2年目で15%、3年目で10%が倒産しています。そして創業して10年後に存続しているのは100社のうちたった7社という厳しいデータが示されています。その7社のうち、まともに利益を出しているのは1社のみだと言われています。 

消滅していった企業の多くは、自らの才覚を頼みに、積極果敢に事業を展開したものの、資金繰りなどに困窮し、企業を安定させることができず、あるいは経済変動の波に押しつぶされて、淘汰されていったものです。数は少ないながら、そうした逆境の中を見事に生き延びた企業もあるのです。むしろ経済変動を飛躍台として、業績を伸ばしていった企業です。 

世間では、経営者は大胆不敵で生まれつき剛腕型(ごうわんがた)の人でなければならないと考えられています。しかし、真の経営者は小心者でなければなりません。小心者が場数を踏むことで、自分を鍛え、人間性を高め、真の経営者に成長していくのです。 

京セラは、皆さんの支援のもとで設立されました。従業員、株主、銀行等の協力のもと、経営が始まったのですが、借金を早く返さなければならない、従業員を路頭に迷わせてはならない、絶対につぶれない会社にしなければならないと必死に働いたのでした。その後、会社が順調に成長発展して立派になっていったときも、変わることはありませんでした。東京証券取引所へ上場を果した後でも、会社の将来が心配で心配でたまらなかったそうです。 

  1. 大胆さと細心さを合わせ持つ

真の経営者とはもともとそのような気の小さい、小心者でなければならないのです。マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツは、マイクロソフトをすばらしい企業に成長させた後、まさに隆盛(りゅうせい)を極めている時に、彼の手帳には“マイクロソフトは大変なことになりそうだ。このままでは近いうちに潰れるかもしれない”ということが書かれてあったそうです。それも一度や二度ではありません。 

圧倒的な市場シェアをもとに世界の並みいる企業の中で、最大の時価発行総額を誇り、莫大な内部留保を有し、非の打ちどころがないように見えたマイクロソフトでさえ、ビル・ゲイツは常に不安に駆られていたのです。ビル・ゲイツは病的なくらいまでの怖がりであったそうです。心配性といいますか、小心者といいますか、そのような性格であるからこそ、大胆な経営の舵取りができたと言われています。小心者でなければ、真の勇者にはなれないと本に書いてありました。 

京セラは創業してから黒字で、今日まで黒字を続けています。その間、経済環境は決して順風であったわけではありません。ニクソンショックによる円の変動相場制への移行、オイルショックによる急激な受注激減、プラザ合意による円高移行、半導体分野における日米の貿易摩擦、バブル崩壊の長い景気低迷、リーマンショック、様々な経済変動の波をまともに受けてきました。このような経済変動の波の中で、多くの企業が赤字に陥り、衰退し淘汰されてきました。 

しかし京セラは、そういう度重なる経済変動という試練に遭遇しても、赤字になったことが一度もないどころか、利益率が二桁を切ったことがほとんどありません。 

経営者は小心者であるべきだと言っても、いつもそういう態度でありさえすればよいというものではありません。重要な経営判断を迫られた時、昇進さや臆病さだけが前面に出ては、会社の命運を握る経営者としての役割を果たすことはできず、ダイナミックな経営の舵取りもできません。ときには大胆な決断もしなければならないのです。 

常に大胆であってもいけません。いつも細心であってもいけません。“大胆さ”と“細心さ”を綾織のように織りなしていく、その両極端を兼ね備えていなければならないのです。布でいうと縦糸と横糸のように織りなしている状況だと思います。縦糸も横糸も絶対に必要なのです。 

大胆であるべきところでは大胆であり、細心でなければならないときには細心でなければならないのです。そのように両極端を合わせ持ち、正常に機能させることでこそ、経営者は事業を安定した成長発展へと導くことができるのです。 

  1. 常に変革と創造を行う

慎重堅実な経営によって会社を安定させるだけにとどまらず、異分野事業への進出も含めて“新しいことに挑戦する”“常に創造的な仕事をする”というフィロソフィーも経営者には求められます。 

企業の安定は往々にしてチャレンジ精神を喪失させてしまう原因になりかねません。現状に甘んずるということは、既に退歩が始まっていることを意味します。 

経営者が変化を恐れ、挑戦する気構えを失ってしまっては、その集団は衰退の道を歩み始めることになります。経営者が現状に満足するのではなく、常に変革と創造を行うことができるかどうかが、集団の運命を左右するのです。 

アメリカの代表的な企業、GEの元会長のジャック・ウェルチさんは、30万人もの従業員を誇る大企業の中興の祖ともいうべき方です。1981年に44歳でGEのトップに就任したとき、最初に行ったのは当時GEに蔓延していた保守的な風土との戦いでした。 

GEはエジソンの流れをくむ、創立100年以上にも及ぶ伝統ある会社ですが、歴史を重ねる間に変革を恐れるような風潮が社内に満ち、新しいことにチャレンジしようとする風土がすでに失われていたのです。ウェルチさんはそのようなGEの姿に強い危機感を抱き、積極的に新事業への進出や、制度改革に取り組まれました。 

2001年に来日された機の昼食会で、ウェルチさんは“私は企業維持存続を考えたことは一度もありません。常に変革を志(こころざ)してきました。今日のGEは昨日のGEとは全く違うのです”と言い、企業の永続的な繁栄は変革の中からこそ生まれると話しておられました。 

変革、つまり常に創造的な活動を繰り返すことによってのみ、企業は成長発展し続けていきます。逆に現状を維持しようとしたり、前例に固執するだけでは、官僚主義や形式主義に陥り、企業は衰退していくことになります。 

  1. 能力は未来進行形でとらえる

新しいことにチャレンジし、それを実現していくためには、“人間の無限の可能性を信じる”というフィロソフィーが必要です。自分の持つ能力を現時点でとらえるのではなく、今から磨き上げることによってそれは限りなく進歩するものであると信じるのです。現在の自分の能力をもって“できる”“できない”を判断していては新しことは何一つできません。たとえ今はとてもできないと思われるような高い目標であっても、未来の一点で達成すると決めてしまい、それを実現する為に現在の自分の能力を高める努力を日々続けていく。つまり“能力を未来進行形でとらえる”ことが大切です。 

米国のジャーナリストでピューリッツア賞を受賞したデイビッド・ハルバースタムはその著書“ネクストセンチュリー”の中で、稲盛塾長との面談をもとに一章を割いて、稲盛塾長が述べた“次にやりたいことは、私たちには決してできないと人から言われたものだ”を引用しています。 

京セラ創業時は“U字ケルシマ”というテレビのブラウン管に使われる絶縁部品ただ一点のみでした。単品生産のままでは経営は不安定であるため、新製品開発や事業の多角化が求められました。その当時、京セラに技術があったわけではありません。市場をかけずり回り、お客様のニーズをお聞きしながら、ひたすら受注に努めていくしかなかったのです。 

生まれたばかりの小さな会社に注文を出してくれるようなお客様はなかなかありません。引き合いを頂けるのは、どこの会社に頼んでも“できない”と断られたような技術的に難しいもの、あるいは採算が合わないものばかりでした。そういうものでも、“われわれならできます”と言って受注し、設備も技術も人材もない、“ないないづくし”の状態から全員で苦心惨憺(さんたん)して製品をつくりあげ、成長していったのでした。 

このように挑戦の日々を続けることで、京セラはこの分野のパイオニアとしてファインセラミックスを工業用材料として確立させることができました。現行では何兆円という産業へと成長させることができたのです。またファインセラミックス技術を核に多角化をはかり、今では素材から部品、機器、サービスに至る広範な事業展開をしています。 

  1. 楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する

誰しもが不可能と思えるような、新しいことへの挑戦を単なる無謀なチャレンジ-失敗するプロジェクトにしないためには、その進め方に工夫が必要なのです。 

お客様のニーズに応じて、新製品開発や新市場開拓など、新しいテーマを常に考えていました。ある程度まとまると、すぐに会社幹部を集めてはみんなの意見を求めました。この時、“お客様のニーズ”ということが大事です。お客様が必要としているものを考えているわけです。 

目を輝かせてうなずいてくれる人、冷ややかに聞いている人もいます。一生懸命全員がうなずいてくれるまで、さらに熱を込めて話します。ところが、インテリで教育レベルの高い人が、稲盛塾長の構想がいかに無謀であるかと言い出すのです。まだまだ細部に至るまで詳しく調査をしているわけではないので、反論もできず、その場の雰囲気も冷めてしまい、あきらめざるを得ないこともあります。 

優秀な人はなまじ豊富な知識があるばかりでなく、新しいテーマであっても、現在の常識の範囲内で判断してしまい、常に否定的なことばかり考えてしまうものなのです。そこで、新しい構想を話す時は、新しいことに情熱を持ってくれるような腰の軽いタイプの人間を集めて話をするのです。そうしますと、“それは面白い、やりましょう”と言ってくれます。こうしますと、構想はさらに夢溢れるものへと広がっていくのです。 

第二電電における携帯電話事業への進出がまさに上記の通りでした。 

このままICが小型化していけば、大きな送受信機もやがて小さなICとなり、受話器に内蔵されるようになる。そうすれば普及が進み、“何年か先には携帯電話の時代が来る。この分野に参入すべきだ”と主張したのでした。 

ところが、京セラの役員全員が反対したのですが、一人だけ“会長、私は賛成です”と言った者がいました。そこでこの携帯電話事業は、たった2人で始まったのでした。 

新しいことにチャレンジし、それを成就させるためには、そのようにまず楽観的に考えるということが大切です。新しいことを成し遂げていくには、様々な困難んが予想されます。それだけに構想段階では夢と希望を抱き、“やれる”と信じることができなければ、挑戦する気もなくなります。超楽観的にとらえることが大切になります。 

ただ、楽観的に進めていけば必ず失敗します。この段階では、例の冷徹で優秀な人の助けがいるのです。彼等は“技術がない”“設備もありません”と次から次へとネガティブなことを並べます。これらすべてのマイナス要因を列挙させ、ひとつずつ、その解決方法を考えたのです。問題点を全て列挙させ、ひとつひとつ解決方法を考えました。また、シュミレーションを繰り返しました。具体的に計画を完全なものにした上で、実行段階では楽観的な人達に選手交代させ、計画を推進させたのです。 

この時どんな問題が起きても、必ず克服できるはずだと信じ、情熱を傾け、一進に計画を推進してくれる。楽観人の集団が必要なのです。 

構想を練る時は能力を未来進行形でとらえ、あくまで楽観的に、計画を練る時には徹底して悲観的に、そして実行するときは、また楽観的に取り組み、必ず達成させる。このようなプロセスが必要であり、経営者はこのプロセスを統括するのです。 

反映を持続させるフィロソフィー

  1. 謙虚にして驕らず。更に努力を

経営者に求められるフィロソフィーを実践するならば、必ずや立派な企業をつくりあげることができます。そして作り上げられた立派な企業を、どうやって維持していくのかが次の課題です。それには何よりも、経営者が“謙虚にして驕らず”というフィロソフィーを身につけていく必要があるのです。 

立派な企業になりますと、周囲からちやほやされるようになります。そして知らず知らずのうちに傲慢になっていくものです。決して自分では気がつきません。だからこそ、“謙虚にして驕らず”ということを自分に言い聞かせ、絶対にそうなってはならないと強く心していかなければならないのです。 

京セラでは、京セラが急成長企業、高収益企業として社会から高い評価を受けている、その時、稲盛塾長はその経営スローガンに“謙虚にして驕らず”と社員が傲慢になることを戒めたあとに、“さらに努力を”という一節を続けました。“謙虚”である上に、さらに果てしない“努力”を重ねていくことが大切なのです。 

人間というのは、うまくいけばいくほど、どうしても傲慢になって失敗していくのです。同時に慢心し、“このくらいはいいだろう”と気持ちが緩み、安楽さを求めるようになっていきます。それが落とし穴になるのです。 

京セラでは“謙虚にして驕らず、更に努力を”と口うるさいほど社員に言い続けてきました。日本航空再建後にも、同じことを日本航空の社員に伝えてきました。 

会社を高収益のまま維持していこうと思えば、その高度まで登って来た時と同じだけの努力を今後とも続けていかなければなりません。 

立派な企業であり続けるためには、創業時の頃に払ったのとおなじくらいの努力を今後とも続けていかなければならないのです。それは、“誰にも負けない努力をする”という経営者としての原点に、常に立ち返るということを意味しています。 

現在は過去の努力の結果であって、未来はこれからの努力の結果によって決まるのです。現在の経営状況がいいということは、これまで企業に集う仲間たちが努力をしてきた結果であり、決して未来を保証するものではありません。企業の未来はひとえにこれからどういう努力を払うかにかかっています。 

  1. 心を高める

先述のように、経営者は“謙虚にして驕らず、更に努力を”又、“誰にも負けない努力をする”等、基本的なフィロソフィーが必要ですが、それは、一回読んで知識として知っているだけでは不十分なのです。“心を高める”努力を怠らないことが重要です。高邁(こうまい)な哲学や人間のあるべき姿などは、一度学べば十分と思い、繰り返し学ぼうとはしないものです。スポーツ選手が毎日の鍛錬を怠ってはその肉体を維持できないように、心や人格も常に高めようと努力し続けなければ、すぐに元に戻ってしまうのです。 

誰もフィロソフィーを完全に実践できないと思います。しかし完璧に実践することができなくても、日々フィロソフィーを実践しようと努力することが大切だと思われます。フィロソフィーを体得できるかどうかではなく、そのようにありたいと願い、折に触れて反省し、何とか体得しようと努力し続けることこそが大切なのです。 

常に反省のある日々を送らなければなりません。日々反省をしつつ、フィロソフィーを実践しようと懸命に努め続ける、その努力を通じて少しでも自分の魂を磨き、心を高めていく。経営者が自分自身の心を高め、純粋で美しい心になることで、従業員も“この人のためならば協力しよう”“尽していこう”と思ってくれ、共に社業の発展に尽くしてくれるようになります。 

このことは海外に事業を展開する場合でも、現地の人々の心を束ねていく際に特に重要なことだと思います。歴史、文化、言語、人種の異なる異境の地において、従業員の心をつかみ、企業を燃える集団へと変えていくには、経営者自身に人々を引き付ける人間的魅力、人格がなければならないのです。 

企業経営には、営業や物流の体制、管理会計や経理システムの構築など具体的な経営の手法、手段の整備ということも不可欠なのです。しかし、それを実行してくれるのは従業員なのです。従業員の協力がなければできません。 

経営者ですから、命令したり、権力によって従業員を従わせることはできます。しかし、真に心服した上で仕事をしてくれなければ、結局はすべての努力は水泡に帰してしまいます。逆に、従業員が経営者を信頼し、尊敬し、自分の会社のために尽そうと思ってくれれば、指示を与えなくても、自主的に行動を起こしてくれるようになります。 

フィロソフィーの実践を通じて経営者が心を高め、従業員から尊敬されるような人格を備えることが求められるのです。“社長がそういう立派な考え方をしているから我々従業員は共鳴もするし、尊敬もする。だから社長と一緒に会社発展に会社発展に尽していこう”と従業員が考えるようにしていかなければなりません。

盛和塾 読後感想文 第120号

きれいな願望を描く

私たちが何事か成そうとして必死で願い、一生懸命努力する。その願望が自分の利や欲を離れたきれいなものであれば、それは必ず実現し、また永続するものです。 

願望をかなえようと必死に努力しても、なかなか実現できず、困り抜き悩み果てている。一生懸命、きれいな願望を達成する為に努力をしていますと、解決や成就のための思いもかけないヒント、思いもよらない知恵がふとした時に啓示のごとくに沸いてくる。それはあたかも、宇宙の創造主が自分の背中を押してくれているかのように感じることがあります。 

人間のすること、思うことの理非曲直(りひきょくちょく)を神様というものは実によく見ているのです。従って成功を得る、あるいは成功を持続させるには、描く願望や情熱がきれいなものでなければなりません。 

混迷の時代に克つリーダーシップ-日本航空再建の経験から 

リーダーに求められる四つの条件

中国の古典に“一国は一人をもって興り(おこ)り、一人をもって亡ぶ”とあります。国家存亡の歴史でさえも一人のリーダーによって引き起こされてきました。 

企業経営の世界も同様です。1人のリーダーによって企業の栄枯盛衰が大きく左右されてきました。偉大なリーダーが会社を勃興(ぼっこう)させ成長発展させるかと思えば、凡庸(ぼんよう)なリーダーが会社を停滞させたり、ときに冒険的なリーダーが会社を危機に陥(おとしいれ)ることさえあります。それほどリーダーの役割は重要なのです。 

企業のリーダーとは、次のような四つのことを果す人でなければなりません。

  1. リーダーとは、その組織が何を目指すのかという“ビジョン”を高く掲げ、それを集団に指し示す人

組織をどういう方向に導いていくのかという方針を示し、また進んで行った先にどのような未来があるのかという展望を描き、さらにその実現に至る具体的な方策まで指し示し、人々を導いていくことが求められます。例えば、Muso & Co.では会計業界の中であっては、最高の会計・税務・経営コンサルティングサービスを提供し、アメリカNo.1、世界No.1を目指します。 

特に経営環境が著しく変化し、先行きが見通しにくい混迷の時代にあってはリーダーが示すビジョンが不可欠です。明確なビジョンのもと、組織に集う人たちを糾合して混迷を極める中に血路を開き、集団をまっすぐに目標へと導いて行くことがリーダーに求められている最上の役割なのです。 

多くの人々は、急激な景気の悪化など、困難な状況に直面すれば、右往左往し、当初掲げたビジョンまで見失ってしまうものです。それでは社員がついてきてくれるはずがありません。混迷の中にあろうとも、目指すべき一点を見つめ、組織を率いていく。そういう強い精神を持った人こそ、真のリーダーです。 

  1. リーダーはその組織の“ミッション”、つまり組織の使命、あるいは“大義名分”を確立し、それを組織内で共有できる人でなければなりません。 

この組織は“何のために存在するのか”“このビジョンはなんのためにあるのか”ということを明確にし、それを組織に集う人達共通のものとしていかなければならないのです。社員が心から賛同できるような“大義名分”が必要なのです。 

例えば、その使命として“全従業員の物心両面の幸せを追求し、社会の発展に貢献する”という京セラの“ミッション”があります。Muso & Co.、Northridge Homes Inc.でも同じ“ミッション”(使命)、“大義名分”を掲げています。 

  1. リーダーは、自らの人間性を高めることに努めると同時に、自らの考え方、哲学・フィロソフィーを全従業員に説き、その共有に努める人です。 

いかにすばらしい“ビジョン”(進むべき目標)や“ミッション”(使命・役割)があったとしても、まずはリーダー自身が素晴らしい人格、人間性を身につけていなければ、社員はリーダーを信頼することもなく、決して“ビジョン”や“ミッション”の実現に向けて苦労を共にしてくれるようにはならないのです。 

リーダーは“ビジョン”“ミッション”をお客様である全社員にお届けする運転手であり、それを解りやすく説明することができるようになっていなければならないのです、その為には、全社員が真剣に聞いてくれるよう、信頼されるリーダーたるべきなのです。“このリーダーなら信頼できる。このリーダーの言うことは正しい、このリーダーについていこう”と心から思えるような、すばらしい人間性を持つように努めることが必要なのです。 

ビジョンを実現し、ミッションを果たしていくためには、リーダーは“私はこうした考え方で経営していく”と全社員に説き、その考え方を共有することで、全従業員のベクトルが合い、全社全員が一つの目標に向かって一丸となれるのです。 

  1. リーダーはその組織の業務遂行、業績向上に貢献する“システム”を構築できる人です。 

経営を盤石のものとするためには、精緻(せいち)でしかも全社員が経営に参加できるような管理会計システムの構築が必要です。 

リーダーの強い思い、情熱、誰にも負けない努力、たえざる創意工夫によって、会社は成長発展していきます。しかし、会社が成長発展し、組織が拡大していきますと、経営の実態が分からなくなり、経営に行き詰ってしまうことがあります。そうならないために、会社が成長しても経営の実態がリアルタイムでわかる、きめ細やかな管理システムが必要なのです。リーダーはそのような経営管理システムの必要性を理解し、それをつくりあげることができるということもリーダーに求められているのです。 

日本航空の事業再生計画というビジョン(達成目標)を“不屈不撓の一心”で達成する 

2010年二月に稲盛塾長は日本航空の会長に就任しました。企業再生支援機構が策定した“事業再生計画”にはすでに“ビジョン”が出来上がっていました。大幅な債権カット、一万六千名の人員削減、給与の20~30%カット、国内外の路線の40%カット、大型機の退役などでした。一年目には六百四十一億円、二年目には七百五十七億円の営業利益を上げ、三年目には株式再上場を果し、企業再生支援機構からの出資金を国にお返しするというものでした。 

会長就任の挨拶で、日本航空の社員に次の言葉を紹介しました。 

新しき計画の成就は

只不屈不撓の一心にあり

さらばひたむきに只想え

気高く、強く一筋に 

“新しい計画”とは事業再生計画、

“不屈不撓の一心”とは決して折れ曲がることのない心、

“さらばひたむきに只想え、気高く強く一筋に”とは常に純粋で強い思いを抱き続ける。

再生計画の推進にあたり、必要な心構えを示しました。 

各職場にこの言葉を大書したポスターを掲示し、さらに社内報表紙に大きく掲載するなど、日本航空社員に指し示し、事業再生計画というビジョンの実現にむけたスローガンとしました。 

連日の会議でも“どんな困難があろうと、どんなに苦労しようとも、再建への道をともに歩んでいこう”と訴えたのでした。日本航空では、ビジョン、すなわち事業再生計画を何としても達成するという不退転の決意のもとに、リーダーも社員も集団の共通のものとすることができました。 

“全社員の物心両面の幸福を追求する”という“ミッション”を確立する 

全社員が心から会社再建に協力を惜しまないという気持ちになってもらうために、まずは日本航空の再建自体の持つ意義、さらに新生日本航空という会社の目的/使命、ミッションを示すこととしました。 

日本航空再建の目的は 

  1. 日本経済への影響

日本航空は日本を代表する企業です。衰退を続ける日本経済の現状を象徴する企業でした。日本航空が二次破綻すれば、日本経済はさらに深刻な影響を与えるだけでなく、国民の自信が喪失する結果になるのではないかと考えました。 

  1. 日本航空に残された社員達をどうしても救ってあげなければならない。二次破綻しようものなら、全員が職を失うことになります。 
  1. 国民のための航空業界に競争原理を維持し、運賃の高止まりやサービスの低下を防ぐ。困るのは国民です。 

日本航空再建には三つの意義が、大義があると考え、稲盛塾長は再建の任に就いたのでした。そして、日本航空の社員に、この大義を理解してもらうように努めました。社員達も日本航空の再建は単に自分達だけのものではなく、そのような大義があるのだと理解して、さらに努力を惜しまなかったのです。           

その上で、日本航空という会社は何のためにあるのかという会社の存在意義、ミッションを明確にしました。新生日本航空の経営の目的を“全社員の物心両面の幸福を追求することにある”と定めました。 

一般には企業は株主のものであり、経営の目的はその株式価値を最大にすることだと考えられています。しかし、全社員が誇りとやりがいを持って、生き生きと働けるようにすることこそが経営の根幹であり、そうすることで業績も上がり、結果として株主にも貢献できるはずです。 

“日本航空は我々の会社なのだ。そうであるならば、必死になって会社を守り、立派にしていこう”と再建を自分のこととして捉えてくれるようになりました。 

“労働組合も含め多くの社員が、何の関係もない会長が手弁当で、あそこまで頑張っているのなら、我々はそれ以上に全力を尽くそう”と思ってくれたと考えられます。 

会社の使命、ミッションを確立し、その共有を図ることを通じて、再建の主役である従業員ひとり一人のモチベーションを高めていったことが再建を成功に導いた大きな要因であったのです。 

“フィロソフィー”の共有を通じて意識改革に努める 

再生計画を達成し、全従業員の物心両面の幸福を実現していくためには、どういう考え方で仕事に向い、経営にあたらなければならないかということを、全社員が共有し、組織のベクトルを合わせなければならないのでした。 

会長就任後、経営幹部五十名を集め、一ヶ月にわたり、ほぼ毎日集中的なリーダー教育を実施しました。経営の要諦、経営の原点十二ヶ条と共にリーダーは部下から尊敬されるようなすばらしい人間性を持たなければならない、そのためには日々心を高め続けなければならないこと、人間としての生き方に至るまで、集中的に学んでもらったのです。 

“常に謙虚であれ”“地味な努力を積み重ねる”“人間として正しいことを追求する”。一見、初歩的な考え方に対して、当初は違和感を覚えていたようでした。このような“幼稚なこと”を経営幹部の方々は知っています。しかし、身についていないのです。“人間として正しいことを追求する”という最も基本的な考え方が身についていなかった為、日本航空は破綻してしまったのです。 

幹部の中には、“このような、人間として、リーダーとして、経営者としていかにあるべきかという教えをもっと早く知っておれば、日本航空はこんなことにはならなかったし、自分自身の人生も変わっていたに違いない、この考え方を部下にも伝えていきたい”と言う人も増えていきました。 

航空運輸業とは、運航や整備等、巨大な装置産業ですが、実際はお客様に喜んで搭乗して頂くことが何よりも大事なことです。“究極のサービス産業”なのです。従って現場の社員達とお客様との接点が、航空運輸業界にとって最も大切なことです。お客様が“もう一度日本航空に乗ってみたい”と思うようになっていただかなければ、お客様が増えるはずはなく、業績は向上していきません。 

お客様と接する社員一人一人がどういう考え方を持ち、どのように仕事をしなければならないかということを、現場の社員に直接語りかけるために、現場に出向いていきました。こうして、お客様に心から尽くしてくれる社員が一人、二人と増え、サービスの向上に結びついていきました。 

“アメーバ経営”をもとに日本航空版管理会計システムを構築する 

幹部から現場社員に至るまでの意識改革に努めていく一方で、航空運輸業に適応した管理会計システムを構築することに注力されました。 

当時の日本航空では、経営の数字が数ヶ月後に出てくる、しかもマクロなもので細部の分析がありません。収益に対する責任の所在も、責任体制も明確ではありませんでした。航空業界の利益はフライトから生まれるのだから、路線ごと、路便ごとの採算はどうなっているか、も一向にわかりません。 

そこで、路線ごと、路便ごとにリアルタイムに採算が解かるようなシステムを作ることがどうしても必要とわかりました。そうすることによって、会社全体の採算を向上させることができることがわかりました。 

“アメーバ経営”という管理会計システムをもとに、部門別、路線別、路便別に採算がリアルタイムで見えるような仕組みを現場の社員たちと一緒に構築することになりました。 

その結果、詳細な部門別の実績が翌月には出るようになり、全社員が自部門の実績を見て、それぞれで少しでも採算を良くしようと懸命に取り組んでくれるようになりました。まずすべてのフライトの路線別、路便別の採算が翌月にはわかるようになり、必要に応じて臨機応変に機材を変えたり、臨時便を飛ばしたりすることが現場での判断でできるようになりました。 

整備や空港カウンターなどでも、組織を小集団に分け、それぞれが経費を細かく管理できるようになりました。経費の明細を全員で共有し、“無駄はないか”“効率的な方法はないか”と経営改革に取り組めることになりました。 

この管理会計システムに基づき、算出される各部門ごとの数字をベースにして各部門、子会社のリーダーに集まってもらい、自部門の実績について発表する“業績発表会”という月例会議が始まりました。 

毎月二日間~三日間にわたって朝から夕方まで開かれる“業績発表会”では、部門別、科目別に実績予定が記された膨大な資料をもとに、例えそれが小さな項目でも、旅費交通費や光熱費などの経費項目であっても徹底して議論するようにしていきます。 

そのような会議を続けるうちに、数字で経営することが当たり前になり、現在ではそれぞれの部長がいかに経営の改善に努めてきたか、これからどうして採算を高めていくのか、経営者としての思いを数字に込めて発表できるようになりました。 

このような取り組みの中、全社員がそれぞれの立場で、懸命に業績向上に向け努力を重ねてくれ、初年度では千八百億円、二年目には二千億円を超える営業利益をあげることができました。一般に航空運輸業界は、きわめて収益性の低い事業であり、世界平均で売上高利益率は1%程度です。日本航空の売上高利益率17%は驚異的とでも言うべき実績でした。 

日本航空再建には、金融機関からの支援、政府からの支援等、多くの方々からの協力を得ながら達成することができました。しかし、その最大の要因は、全社員が日本航空の再建を心から願い、それぞれの職場で懸命な努力を重ねてくれたことに尽きます。 

リーダーの不屈不撓の精神が日本経済を復活させる 

多くの社員を預かるリーダーはその責任の重さを自覚し、目標、ビジョンを高く掲げ、外部環境の変化を決して言い訳にせず、その達成に向けて不屈不撓の精神を持って集団を率いていかなければなりません。そのようなリーダーが排出すれば、低迷する日本経済も必ず復活すると思われます。