盛和塾 読後感想文 第七十一号

エネルギーを部下に注入する 

リーダーが自分ひとりで達成することが難しいような仕事には、部下の協力が必要です。たとえリーダーが情熱に燃えていても、部下が同じような熱意を持たないことにはそのプロジェクトを成功させることは難しいことです。 

最高の経営資源 - 資金、技術、資産を与えられたとしても、部下が情熱をもっていなければ、プロジェクトは成功しません。 

しかし、物的資源が不充分でも、リーダーが情熱を込めて部下にプロジェクトの意味や目標について話し、彼らの士気を自分と同じレベルにまで高めることができれば、成功させることは可能になります。自分のエネルギーを部下に注ぎ込むのです、と塾長は述べています。 

いずれにしても、部下がどのくらいプロジェクトに対し情熱を持っているかを知り、部下が情熱で燃え上がるまで自分のエネルギーを注ぎ込むことがリーダーの最も重要な任務です。 

リーダーの持つエネルギーの源泉が大事です。事業の目的・意義を明確にし、事業計画をしっかりと立て、目標を部下に明示できることが重要です。リーダーが明確な目標について確信を持ち、部下にそのエネルギーを注ぎ込むことが大切です。リーダーがその目標について、確信を持って従業員に話すことが出来なければならない。 

正道を踏み、勇気をもって行う 

西郷南洲の財政論と企業経営 遺訓十三、十四、十五

遺訓十三. 税金は正しく堂々と払うべき

税金を少なくして、国民生活を豊かにすることこそ国力を養うことになる。だから、国にいろいろと事柄が多く、財政の不足で苦しむようなことがあっても、税金の定まった制度をしっかり守り、上流階級が損を我慢して下層階級の人たちをしいたりしてはならない。昔からの歴史をよく考えてみるがよい。道理の明らに行われない世の中にあって、財政の不足で苦しいときは、必ず片寄ったこざかしい考えの小役人を用いて、悪どい手段で税金を取り立て、一時の不足を逃れることを財政に長じた、りっぱな官吏とほめそやす。そうおいう小役人は手段を択ばず、むごく国民を虐待するから、人々は苦しみに耐えかねて税の不当な取り立てからのがれようと、自然にうそいつわりを申し立て、また人間が悪賢くなって上層下層の者がお互いにだましあい、官吏と一般国民が敵対して、しまいには国が分裂、崩壊するようになっているではないか。 

日本の財政が破たんしかけている現在、西郷南洲の遺訓十三は大切なことです。財政の不足を補うために、消費税を引き上げる、増収を図ることが検討されています。 

財政が逼迫(ひっぱく)した時、増税によって立て直しをしようとする。西郷南洲は“租税の定制を確守し”と言って、国と地方自治体を維持するために必要な費用から算出して定めた租税制度を、財政不足で苦しむようなことがあったとしても、変えたりするものではないと説いています。財政不足となり小賢い小役人が取り立てをすれば、国民はまともに税金を払うまいという気持ちになり、国民と国との間に不信感が増します。 

財政不足の場合は増税ではなく、国や地方自治体の経費を削減すべきなのです。無駄遣いを減らし、公務員給与のカット等、経費削減を公務員が力をあわせ、実行することです。 

公認会計士や税理士が“税務署員が調べに来た時は、手ぶらで帰らせるわけにはいきません。何かお土産がいります”などということがあります。税務調査に来た役人に功績を作ってやるという、浅はかなことをすることが良くあります。 

国家公務員試験を受けて、財務省に入った30才前後のキャリア組が税務署長として赴任します。実際の税務調査の仕事はノンキャリアの職員が担当します。とくにキャリア組の役人は、民間がどれだけの辛酸をなめて利益を出してきたのか知ろうともしません。 

こうしたことを目にしますと、税金を真面目に払うことがばかばかしくなってしまうと思います。にもかかわらず、塾長は “税金から逃れようという根性では会社はよくならない。堂々と税金を払いなさい” と言っています。 

しかし正確な税金を払う、その資料もよく整理整頓されており、税務調査にいつ来られても対応できるようにすると、いろいろな意味で会社の役に立つのです。 

・社会の為、国の為に税金を支払うことによって、会社は社会貢献をしています。

・社内の内部統制システムが良くなります。効率のよい経営、不正が発生しにくい会社

 の組織が構築されます。

・税務調査に対応する職員の時間が節約される

・銀行融資申請の際、銀行からの信頼が得られ、融資を受けやすくなります。 

ブラジルの盛和塾生の話があります。

塾長が正しい経営をせよと言われるので、私も正しい決算、正しい申告をして、税金を払うようにしました。ブラジルでは、そのようなことをすれば、もっとあるのではないかと税務署員がたかりに来ます。ですから、バカ正直では経営はできないと言われています。正しく税金を払い始め、銀行にも正しい決算書を持って行くうちに、銀行が“あなたの会社は大変すばらしい。事業拡大するときは、喜んでお金をお貸しします”といってくれるようになりました。借入をする計画はありませんが。 

  1. 切羽詰まる前に手を打て

景気が悪くなると、リストラを行う企業が増えます。リストラは希望退職者を募集するとか、賃金カットをするとか、人件費削減を中心に行われます。リストラによりその場をしのぐのです。これは小役人が、税金を取り立てて、民衆を苦しめるのと同じと思います。 

リストラの段階まで、手を打たないのではなく、何とかリストラをしない方法を考えるべきなのです。事前に手を打って経営を安定させていくことが必要なのです。経営不振の時に、急にリストラを実行すれば、従業員と経営者を離反させてしまいます。民衆と国の関係と同じく、企業の場合でも従業員と経営者の間に不信感が募ってくれば、会社はうまくいかなくなります。 

  1. 危機的状況の日本の国家財政

日銀が、量的金融緩和を解除すると発表しましたが、そうしますと、市場のカネが詰まり、金利上昇が起きます。金利が1%でも上昇すれば、借金が1千兆円としますと、国の金利負担は、年間10兆円も増えます。この負担を国債発行でしのごうとします。ますます借入が増えていきます。 

こうして国債費が上昇して来ますと、歳入不足に落ち入り、政府は増税に走ります。増税をすれば、国民の負担が増えて、景気が後退します。増税は卵ですが、国民であるニワトリは卵を産む力が弱まるのです。国の景気が下降しますと、国民の所得(個人も企業も)が減ります。そうしますと、税収も減るのです。 

国民の持っている、富を増やすことになり、そこから得られる税金が国の財政を潤すのです。国民を虐げ、そこから富を搾取し、国を運営していくことは自殺行為だと塾長は述べています。 

  1. インフレ率を上げることに危惧

インフレ率は年2%が必要だと日銀は目標数値を掲げています。インフレが2倍に進行しますと、名目所得は2倍に増え、税収も2倍に増えます。そうしますと以前に発行した国債 - 借入金は目減りして、半分になるわけです。そうしますと、国債を買った人の投資価値は半減してしまうのです。インフレの進行は投資した国民の富を減少させてしまうことにもなりかねません。 

国民の預貯金も金融緩和でほとんど利息収入はありません。インフレが進みますと、預貯金の実質価値は、名目的には変わらないですが、確実に目減りするのです。 

遺訓十四. 会計を総理する者が行うべきこと

国の会計出納(金の出し入れ)の仕事はすべての制度の基本であり、あらゆる事業はこれによって成り立ち、国を治める上でもっともかなめになることであるから、慎重にしなければならない。そのおおよその方法を申し述べるならば、収入をはかって支出をおさえるという以外に手段はない。一年の収入でもってすべての事業の制限を定めるものであって、会計を管理する者が、一身をかけて決まりを守り、定められた予算を超過させてはならない。制限を緩慢にし、支出を優先して考え、それに合わせて収入をはかるようなことをすれば、結局、国民に重税を課するほか方法はなくなるであろう。もしそうなれば、たとえ事業は一時的に進むように見えても、国が衰え傾いて、ついには救い難いことになるであろう。 

経営哲学・思想は、頭の中でそらんじているだけでは意味がありません。現場の経営に落とし込んでいかなければなりません。すなわち数値にまで落とし込んでいくことが必要なのです。 

経営というものは、会計、経理がわかっていなければ、できません。売上については売上明細(顧客別、製品別、事業所別等)が必要です。経費も細分化して具体的に節減していく方法が見つかるようにしなければなりません。 

経理を担当者たちにすべて任せていてはいけません。どのように記帳されているのかということまで経営者がみるべきなのです。 

西郷南洲は “入るを量りて出ずるを制するの外更に他の術なし” と言っています。“経営とは売上を最大に経費を最小にすることに尽きる” と塾長も同じことを述べています。 

売上最大、経費最小を目指す為には、細分化した資料が必要です。それから、具体的な行動に結びつけることが必要です。どうすれば売上が増えるのか、顧客のベース、製品、サービスの内容・種類等、経費であれば、どこを減らしていくのか検討できるような会計経理資料が必要なのです。 

西郷は “会計を総理する者” と述べています。総理する者は社長のことです。社長が身をもって制(ルール、規則、予算)を守り、これを超えてはならない。われわれの会社では今月これだけの経費予算があったとしますと、社長もこれを守らなければなりません。 

西郷は “否(しか)らずして時勢に制せられ、制限を慢(みだり)にし、出ずるを見て、入るを計るなば、民の膏血(こうけつ)を絞るの外ある間敷(まじ)く也(なり)” と述べ、“支出が多くなったために、それに合わせて収入を増やさなければならないと考えるならば、税金を国民から取り立てることになり、国が傾くことになる” と説いています。 

企業経営でも同じことがあります。“新規事業をやれば、出費が増えてしまうだろうけれど、この新規事業が立ち上がれば、必ず来年、収入が大きく増えるはずだ” と考えてしまいがちです。売上よりも経費が先行して出費が大きくなっていきます、と塾長は述べられています。京セラでは来期の収入を見込んで、今期の赤字を許容したことはありません。設備投資や、新規事業展開の鉄則は、赤字にならないように体力に応じて経営することです。一時的に赤字になっても来期に取り戻せばよいと考えてはなりません。 

例えば、不要不急の本社建設にも言えます。会社が立派になるにつれて、新しい本社ビルを建てるようなことがあります。しかし、本社は多少でもビクともしないくらいの余裕ができてから建設を考えるべきなのです。 

遺訓十五. 身の丈にあった設備投資を行う

常備する兵数、すなわち国防の戦力ということであっても、また会計の制限の中で処理すべきで、決して軍備を拡張して、からいばりしてはならない。兵士の気力を奮い立たせて優れた軍隊をつくりあげるならば、たとえ兵の数は少なくとも、外国との折衝にあたっても、また、あなどりを防ぐにも事欠くことはないであろう。 

明治維新の時、政府は新しい近代国家を造ったのですが、大変な財政難でした。周辺には、ロシアが南下、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、欧米列強も近代的な軍艦を引き連れ、協力な武力をもって日本に開国、通称を迫っていました。こうした中で、国内では軍備増強を、国防をはかるべきという意見が噴出(ふんしゅつ)したのでした。しかし西郷は財政の許す範囲でしか、軍備を拡張してはならないと言っています。 

たとえ少い戦力でも、精鋭に育て上げれば、世界の強国から悔りを受けることは決してないはずだ。だから虚勢を張って軍備を拡張し、国家を財政破綻させてはならないと西郷は戒めています。 

塾長三十歳の際、ファインセラミックの視察でニュージャージーにあるセラミックの会社を訪問しました。その会社は最新のドイツ製の機械を何十台も備えて生産していました。ドイツ製の機械は値段は中古の京セラの機械5台分合計よりも高いものでした。その機械は人手もかからなく、京セラの機械生産能力の5倍でした。しかし設備費用としては、はるかに高価なものでした。そうしますと、京セラの機械で生産した方が一個当たりの原価は低いことに気がつかれました。塾長は、京セラはこのドイツ製の機械は買えないが、京セラ中古機械のほうが安く生産できますから、設備投資はしませんでした。京セラでは1人が2~3台の中古機械を見るようにしたのでした。その後、そのセラミック会社は倒産し、その当時の社長は京セラグループの会社に勤めることになったそうです。 

設備投資も自分たちができる範囲内でしなければならない。身の丈に合った設備投資をしていくことが大事なのです。 

西郷南洲の外交論と企業経営 遺訓十七、十八 

遺訓十七. 交渉の要諦は正道を踏むこと

正しい道を踏み、国を賭して倒れてもやるという精神がないと外国との交際はこれを全うすることはできない。外国の強大なことに恐れちぢこまり、ただ円滑にことを収めることを主眼にして自国の真意をまげてまで、外国の言うままに従うことはあなどりを受け、親しい交わりがかえって破れ、しまいにはがいこくに制圧されるに至るであろう。 

“国を以て、斃(たお)るるの精神” とは、国が敗れてもよいというほどの勇気を持つこと、つまり外交交渉は正道を踏んで、勇気をもって行わなければならないと西郷は説いています。 

筋を通していこうとすれば、場合によっては戦争となり、国が倒れるかも知れない、それでも構わないから正道を踏み、勇気をもってやっていかなければならない。 

京セラはフェアチャイルド社、半導体メーカーにセラミックスを納入していました。フェアチャイルド社は他のアメリカの会社から低融点(ていゆうてん)の特殊ガラスを買い、セラミックスの板2枚に半導体を挟み、半導体にコーティングしていました。2~3年後、フェアチャイルド社は京セラにコーティングの仕事を依頼して来ました。京セラは低融点の特殊ガラスをアメリカの会社から購入しようとしたのですが、反対にその会社は京セラからセラミックスを購入し、自分達でコーティングしてフェアチャイルド社に売却すると言ってきたのです。つまり、この特殊ガラスのメーカーは京セラのビジネスを自分のものにしようとしたのでした。 

京セラにとってフェアチャイルド社は最大のお客様で、売上の50%を閉める大顧客でした。

塾長はフェアチャイルド社に “ビジネスの道理にもとるような仕打ちを受け、私は大変憤っている” と伝えました。フェアチャイルド社の幹部にお願いしました。“フェアチャイルド社は従来通り特殊ガラスを買って頂き、それを京セラに売却してください” と依頼しました。フェアチャイルド社は京セラの依頼を受け入れてくれました。 

特殊ガラスの製造メーカーは、セラミックスの工場を立ち上げたそうです。しかし数年後、京セラに工場を買ってくれないかと連絡があったそうです。過剰投資をしたため、売却せざるを得なかったそうです。答えは “要らない” でした。 

自分が正道を踏んでいる、正しいと思っているならば、相手に気圧されることなく国が斃(たお)るるともいう気概でもって交渉に臨むことが必要なのです。 

遺訓十八 正道を踏む勇気を持て

我が国の事に及んだとき、たいへん嘆いて言われるには、国が外国からはずかしめを受けるようなことがあったら、たとえ国全体がかかってたおれようとも正しい道を踏んで、道義を尽くすのは政府のつとめである。しかるにかねて金銭や穀物や財政のことを議論するのを聞いていると、なんという英雄豪傑かと思われるようであるが、血の出ることに臨むと頭を一ところに集め、ただ目の前の気休めだけをはかるばかりである。戦の一字を恐れ、政府本来の任務をおとすようなことがあったら、商法支配所、すなわち商いのもとじめというようなもので、一国の政府ではないというべきである。 

西郷は朝鮮政府と国交を求めた機、他の政府官僚が “軍隊を派遣して開国させる” と主張した時、“それはだめだ。普通の小さな船で、私ひとりが丸腰で行き、正道を踏んで、朝鮮に自らの非をわからしめるように諭す。そうすれば開国してくれるはずだ” と述べました。しかし、“あんな無礼な朝鮮だから、いくらあなたが正論を言っても殺されるに決まっています。やはり軍隊を率いて堂々と外交交渉に行くべきです” と他の官僚が言っていたそうです。西郷は答えました。“殺されても本望だ。もし、私を殺すような非礼なことをするならば、そのときこそ戦えばよい。最初から喧嘩腰では戦争になるに決まっている” 

経営者も、小さな会社であっても、自分で引っ張っていこうと思うならば、燃える闘魂が必要です。中小企業の場合はとくに闘魂、勇気がどうしても必要なのです。 

心の学びと会計 

  1. 決算書が読めなければ経営にはならない

稲盛経営哲学は、経営哲学そのものを学ぶだけではなく、経営には経理、会計があり、決算書があり、決算書が読めなければ、経営にはなりません。 

決算書は経営者の考え、意思決定が反映されたものなのです。ですから決算書は経営者の成績表であり、反省し、改善する為の道具だと思います。 

  1. 会計への理解があってフィロソフィーが生きる

盛和塾で学ぶ経営の原点12ヶ条にしても、すべて会計に直結しているのです。こういう哲学で会計処理をしなければならない、会社経営をしなければならないというのが経営哲学なのです。 

経営哲学を学んだら、それを具体的に経営の現場に落とし込んでいく作業が必要です。経営哲学を憶えるだけではなく、それを具体的に現場に落とし込んでいく。それは経理の部門にも落とし込んでいくということです。 

“売上を最大に経費を最小に” は、経営の原点12ヶ条の一つです。この原点は直接経理に反映されるのです。このように経営哲学は観念論ではなく、経営の具体的なことを述べているのです。決算書を見ることにより、過去にどういう経営をしたのかがわかり、それを反省することにより、将来の経営に役立てることができるのです。 

  1. 盛和塾で学ぶ意義

盛和塾のメンバーの中には、どうしても会社を大きくするということを目標にしている経営者が多いと思います。ただし、業種も異なりますから、必ずしも企業規模を大きくすることが目的ではないのです。成長させることだけが目的ではなく、素晴しい高収益の会社にするのを目指すのです。高収益の会社とは、安定経営を行う企業です。財政的にも安定した経営をし、不況時にもびくともしない会社にするのです。従業員の雇用を守り、安心して勤めてもらうようにする為に、高収益で強い財務体質の会社をつくるのです。 

フィロソフィーと会計 

  1. 哲学が真に身につけば性格・人格が変わる

哲学や思想は、毎日自分の頭の中で繰り返し学び、日常の判断や行動になって表れるまで身についていなければ使えないものです。身につくとは、人格が変わるということです。思想や哲学が見識となり、身についてくれば、当然それは自分の人となりになってきますから、性格も、それに見合ってくると思われます。 

親戚、妻から、“お父さんは最近変わったね” と言われることがあります。それは性格が変わったからなのです。 

お坊さんは皆、お釈迦様の教えを学んでいます。若い頃から修業をしていますから、お坊さんは皆、徐々に性格や人格が似かよった風になるはずです。ところが、全然そうなっていないお坊さんが多いわけです。 

“哲学” が一人歩きしていて、勉強だけしているだけで、実際に使っていない人が多いと思います。“わかっている”  “知っている” ということだけになる。同じ本を読んでも、話を聞いても、“前に読んだ”  “前に聞いた” としてすませてしまうのです。そうではなく、その同じ話を繰り返し学び、血肉として自分の中に落とし込んで、身につけてしまうのです。“欲張り” になるのです。立派な素晴らしい本を良く選び、何度も繰り返し空んじてしまうぐらい読み込みますと、また自分の手に要点を書き留めることにより、頭の中に叩き込み、身につく様にするのも良い方法と思います。そうするうちに、哲学や思想が習い性になって、実際に自分の口で言えるようになってきます。そうすることによって、経営の現場に使えるようになります。 

  1. 運命はその人の人格に宿る

我々はそれぞれ運命を持っています。しかし運命というものは変わらないものではないのです。善きことを思えば、よい結果に運命が変わる、悪い事を思い悪い事をすれば、悪い運命に変わっていきます。塾長は述べています。善いことを思い善いことをする。悪いことを思い悪いことをする。日常、それをしているわけですから、性格そのものが変わっていくのです。善いことをしなければならないと、よいほうに運命を変えなければならないと思い。そういうように実行し始めれば、今までの卑劣な人間の性格が優しく良い方向に変わっていくはずだと塾長は述べています。 

正しい思想哲学を身につけて、日常の経営で実践すれば、その人の性格が変わると同時に、その人の経営している会社全体も変わっていくのです。正しい思想、哲学に基づいて、善きことを思う、善き会計処理をしていきますと、会計システムや処理の方法の中に、正しいフィロソフィーが取り込まれていくのです。 

  1. 孤独な経営者と経営者同士の真の語らい

どなたも経営者は悩みがあります。悩んでいることを自分の妻に話してもわかってくれませんし、解決にもならないでしょう。会社に相談しても “それは経営者が決めることでしょう” と答えが返ってきます。ところが、盛和塾では経営を同時に学ぶのと同時に、真の友人と語らう場がつくれます。 

孤独に耐えられず、自分の部下である副社長、専務、常務、部長に愚痴をこぼす、悩みを相談する経営者もいます。軽々しく “アイツを首にしたい” というようなことを言いますと、社内に広がってしまい、もうそれだけで人心がうわつき、会社の中に不協和音が発生します。よしんば、心の中で思っていても、部下にしゃべるわけにはいきません。 

  1. フィロソフィーを語る二つの目的

孤独な経営者は、自分と同じように考えてくれる部下はいないものかと考えます。そして一緒に協力していけば、会社はどんどん成長発展していくに相異ない。経営者の夢です。そんなものは、この世には望めないのが現実です。 

京セラでは、塾長と苦労を共にし、会社の将来の心配をしてくれる人というのは、稲盛哲学を理解し、それを身につけた人であってほしいと思いました。その為に、塾長は膨大な時間とお金を使い続けたのでした。京セラフィロソフィー、経営哲学を絶えずコンパなどを通じて話していて、それが本当にわかる、実行できる人を幹部に昇進させたと塾長は語っています。 

人材を育成するのは、大変な仕事です。立派な経営者を育てていくには、部下の育成に努力を重ねなければいけません。どうせ理解されないから育てられないからといって、諦めるわけにはいかないのです。 

死んだ父母の供養の為に、子供が石を積み上げ塔を作ると鬼がそれを壊すが、地蔵様に救われて墓石を積む、“賽の河原” といいますが、石を積み重ねる作業は、従業員の一人ひとり立派に育てていく作業と同じだと塾長は述べています。 

社内の同僚の気持ちをわかってくれ、本当に気持ちを一つにしてやってくれる人を育てていくために、社内でフィロソフィーを話していきます。自分と同じレベルの幹部社員を育てるのです。 

我々経営者は “あせらず”  “あわてず”  “あてにせず”  “あきらめず”  “あたまにこず” と、辛抱強く部下を育てなければならないのです。これがリーダーの大きな大切な仕事なのです。

フィロソフィーの勉強は結論として、以下の2つの目的があるのです。

・自分と同じような幹部を育てていく。

・従業員全員に、うちの会社はこういう思想、哲学で経営することを浸透させること。

  1. アメーバ経営のルート

協働経営者育成がほしいと考えた、又、全員経営参加を考えた塾長は、その為にフィロソフィーを説いていくと同時に、アメーバ経営というものを始めました。 

アメーバ経営では、幹部社員にフィロソフィーを注入していき、一部門を一幹部社員に任せ、責任を持って採算を全部見て、黒字経営をしなさいと任命します。特定の幹部社員を集めてコンパをし、フィロソフィーを教えていきます。考え方が浸透した時点で、部門の責任者に幹部社員を任命するようにするのです。 

これが部門別の小集団における管理会計(アメーバ経営)の始まりです。 

フィロソフィーと人材育成 組織論・会計学で高収益体制へ 

一般の製造メーカーでは、製造部は標準原価(予定に基づいた材料費、労務費、製造間接費の合計)で目標原価を決めています。営業部はその標準原価に目標売上総利益率(例えば45%)と加えて販売価格を決定しています。 

しかし売る方は、目標価格(標準原価+売上総利益)で売るわけではなく、市場価格でしか売ることができません。製造部門は標準原価で製品を製造しておれば、責任は果たしていることになります。

 製造部長に、会社はどれくらい利益がありましたかと質問しても、知らないのです。いくら儲かっているかには責任はないのです。 

営業は、お客様にはいくら目標価格で売ろうとしても、市場価格がありますから、お客様は目標価格は高すぎると言って、実際の売値は目標価格よりも低くなってしまいます。ひどい時は売価は標準原価以下になることもあります。 

こうして会社全体で赤字になってしまうのです。誰の責任でもないのです。経営者は言い訳をします。市況が悪く、値下がりが続き、赤字になったのです、と。 

こうした標準原価方式ではなく、営業部は営業部収益として10%のコミッションを取る。市場価格が下がる時には(市場価格 – 10%コミッション - 売上総利益)で、目標製造原価を考えてくれる様に要請します。製造部は、原材料仕入価格、効率的な作業、光熱費・経費削減等、製造原価削減の努力をするのです。そして、製造部門も市場の情報に適応していくように、会社をあげて経費削減に努力するのです。 

毎月、月次決算、損益計算書、製造原価計算書等を公表して、検討会をやります。 

このようにして、フィロソフィーの浸透を図り、人材の育成を図り、全員参加を促し、組織論・会計システムに落とし込んで行って、アメーバ経営が成り立つのです。 

経営哲学フィロソフィーは経営者の分身を作るツール 

経営哲学のフィロソフィーを社員に解ってもらうとは、経営者意識をもった人材を育てる、その人達に組織の経営者組織を任せたいという目的があるのです。 

  1. ともに経営して欲しい人にフィロソフィーを伝授

中小企業の場合、いっしょに仕事をして、フィロソフィーの勉強をして、人を育てていこうとするのですが、ちょっとわかって来てくれたなと思ったら、ポッとやめていってしまいます。 

どうしても頼りになる部下が欲しいと思ったら、フィロソフィーを教えなければならないのです。ですから、その人がどのくらいフィロソフィーを理解しているかが大切です。 

フィロソフィーを社員に話して会社全体に浸透させていけば、会社の雰囲気がよくなって来ます。会社全体のベクトルも揃っていきます。いちばん大事なことは、自分と同じレベルの経営者を育てることが目的だということです。 

  1. 部門長が採算を見られるようにする

経営者はあなたです、責任者はあなたです、独立採算であなたが社長として、この部門の採算を見てほしいのです。 

部門長は原材料、労務費、製造間接費についても精通して、自部門の人をまとめて、利益を出していくという責任があるのです。 

経理、会計の知識がない場合は、経理部から部門別の損益計算書を入手し、指導を受けることが必要です。そして、部門別採算というものを自分でつくらせるようにするのです。 

会社の組織をどのように部門を分けていくか。これは一般に独立採算で、採算が見られる最小の組織に分けるのです。 

  1. 任せるのではなく責任を持たせること

責任を持たせれば、思い切って任せなければならないので、任せきらないで部下を叱ったり、口を出すことは考えなければならないと考える経営者がいるかと思います。権限の委譲ということで、任せっぱなしにしておくのは下の下なのです。任すのではなく、部門の採算について責任を持ってもらうということです。 

責任を持ってもらうとすれば、自分自身、社長はその上の責任者ですから、うまくいかなければ、手助けをし、ああしろ、こうしろとするのは当り前です。それを一度任せたのですから、いっさい何も言わないというのではいけません。 

若手の登用も含めて、思い切って任せることにしたとしても、任せるのではなく、責任を持ってもらうのです。責任を持ってもらうのにはどうするかを考えることが、社長の仕事です。フィロソフィーの浸透と独立採算制度、アメーバ経営管理の導入を考え実行していく組織作りが、社長の役割です。