盛和塾 読後感想文 第九十七号

独立採算制の導入とアメーバの組織

京セラフィロソフィーとそれをベースとしてつくられたアメーバ経営が京セラの発展を支えてきました。 

アメーバ経営は京セラの経営理念とそのフィロソフィーの実践を抜きにしては、決して正常に機能することはありません。京セラの企業理念“全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類・社会の進歩発展に貢献すること”はトップのものだけではなく、そこに働く従業員みんなのものなのです。 

すなわち会社が従業員の協力のもと、成長発展していくことが従業員に物心両面の幸福の直接つながっているということを、トップも従業員も理解して、目標達成に向けて積極的に仕事に取り組むようになっていなければならないのです。 

その時、会社の経理が秘密のベールに包まれているようであれば、いくらアメーバ経営を採用しても、誰も一生懸命に働くことはないはずです。ですから京セラでは経理内容をすべてオープンにした透明性の高い経営が行われているのです。 

京セラでは企業の成長発展を目指すにあたっては、経営理念と一体となっているフィロソフィー“人間として常に正しいことを追求する”“思いやりの心を持つ”ことなどが、繰り返し述べられています。 

アメーバ経営では、各アメーバが徹底した独立採算で経営を行い、必死になって採算を追求します。しかしそれがエスカレートし、“自分さえよければよい”というような利己的な意識が芽生えるとたちまち、アメーバ間の利害の対立が尖鋭化し、アメーバ同士の足の引っ張り合いが始まり、会社はバラバラになってしまいます。従って社員全員が京セラフィロソフィーをよく理解し、“アメーバ経営の目的は何であったか”をよく理解していなければならないのです。 

このようにアメーバ経営とは、京セラフィロソフィーを理解したすばらしい人間性を備えたリーダーやメンバーによって運営され、正々堂々と競い合うことによって、また不正や不明瞭なことがない公明正大な“ガラス張り経営”がなされることによって、初めて、本来の機能を発揮できるのです。 

アメーバ経営はどのようにして誕生したのか 

アメーバ経営の発想の原点 

  1. 過去ではなく現在の数字を把握する

稲盛塾長は京セラ創業時、会計の知識は持っておられませんでした。宮木電機製作所、京セラに工場を貸してくれていた会社から経理担当者に来てもらい、京セラの経理を見てもらうことになりました。損益計算書は数ヶ月遅れで出て来るような状況でした。 

前の会社、松風工業時代の上司であり、京セラに参画して頂いた青山政治さんに経営管理を見てもらっていました。青山さんは原価計算を勉強されており、京セラでも熱心に原価計算をしておられました。原価計算書は三か月くらい遅れて出されていました。何度も過去の原価計算を見ているうちに、過去の資料を見ている暇などないと思うようになりました。 

過去の数字では意味がない。競争の激しい市場で製品が次から次へと値下がりしています。今週どうして利益を出すのか悩んでいました。現在の数字がどうなっているのかを知りたいのであって、三か月前の数字を聞いても役に立たないのです。 

古い原価計算、損益計算では、経営の舵取りには役に立たないのです。

利益が出るように、後から損益の結果を知るのではなく、今利益を出せるように現在の数字を把握する必要がある。それも実際に仕事をしている現場が日々損益の数字を把握すべきではないだろうか、と考えるようになりました。 

数ヶ月遅れででてくる会計数字は、会社の各部門が集計しただけの数字です。そこには経営者が、自分の部門をこのように経営したいという思いや意志は全く反映されていません。これはいわゆる外部報告書にすぎません。結果を後から報告するだけです。(財務会計と呼ばれています。) 

会社を成功させるためには、経営者はもちろんのこと、それぞれ部門を運営するリーダーであっても、利益を出すという強い意志のもとに経営を行わなければなりません。経営者の意志決定に役立つ会計数字が必要なのです。(管理会計と呼ばれています。) 

  1. 経営者意識を持った分身を作る

当時の京セラは、稲盛塾長が研究開発、製造、営業とひとりで何役もこなさなければならない状況でした。会社の経営責任を背負い、孤独を感じていた稲盛塾長は、自分の分身のように、経営責任を分担してくれる仲間が欲しいと心の底から願っていました。 

“会社の中で経営責任を分担してくれるようなリーダーを育成しよう、それには大きくなってきた会社の組織を小さな組織に分割して、独立採算で運営してもらおう。少人数の組織であれば、若いリーダーでも運営できるのではないか” 

そうする為には、小さな組織が独立採算制で運営できるように損益計算をしなければなりません。現場のリーダーが自らの部門の売上がいくらでどれだけの経費がかかるのか、利益がいくら出せるのか、一目瞭然でわかるような採算表を作ろうと考えたのでした。経理の知識のない現場のリーダーでも理解できるように、わかりやすい採算表を作ることが必要でした。 

経営者、社長ひとりが数ヶ月遅れの決算書を見て一喜一憂(いっきいちゆう)するのではなく、会社の組織を小さな組織に分割し、リーダーを任命し、各部門の採算に責任をもってもらうことで、経営者意識をもった人材を育成して会社を運営していこうと考えたのでした。 

アメーバ経営の仕組み 

  1. 組織をどのように分けるか

アメーバ経営の仕組みを構築していく際に、最初に遭遇したのは、組織をどのように分けるかという問題でした。 

小さなお店でも、野菜の採算、魚の採算、肉の採算と分かれており、どれが儲かっているか、うまくいっていないか、毎日分かるようにするのです。アメーバ経営の原点は組織を採算別に分けられる小さな組織にして、独立採算で運営するところにあります。 

京セラではセラミックを作るのに、原料工程(金属酸化物を入れて原料を粉砕し、水を加えて混ぜて混合し、原料を乾燥させて、成形しやすいように造粒します)。成形工程(できあがった原料をプレスマシンで圧縮して、求められた形状を作る)。焼成工程(成形した製品を耐火物のセッターにのせて、電気トンネル炉で焼きます)。加工工程(加工機械を使って、セラミック製品を様々な完成品を作ります)。 

従来の会計手法ではこれらの四つの工程を一括りで捉え、損益計算をします。これら四つの工程を独立したビジネスとして捉えることができるか検討したのでした。

実際に調べてみると、こうした工程でビジネスをしている企業があると判明したのです。この結果、会社の組織を工程別、品種別などの形態で分割し、アメーバ組織ができていったのです。 

分割した小さな組織は、市場やビジネスの動きに対して、まるで生命力にあふれる微生物のように変化していきます。その様子から、小さな組織をアメーバと命名しました。 

  1. アメーバの売上の計上

アメーバ経営を構築する際に遭遇した問題は、“アメーバの売上をどのように計上したらいいか”という点でした。アメーバが独立採算で運営するには損益計算が必要となるので、アメーバの売上を計算しなければなりません。 

原料部門では、原料の材料が粉砕、混合、乾燥、造粒と加工の仕事がありますから、経費が発生します。これを合計して原料部門の利益を乗せて、次の成形部門に売ることになります。 

成形部門では、原料部門からの社内買をして、原料をプレス機械で要求された寸法に成形します。原料代、プレス機械の減価償却費、金型代、消耗品費、その他の経費を合計し、利益を乗せて焼成部門に売却します。 

焼成部門は成形部門から成形品を買い、電気代、減価償却費などの費用を加えて利益を乗せて加工部門に売却します。 

加工部門では、焼成部門から購入した成形加工品を加工して最終製品に仕上げます。加工でかかった費用、消耗品費、減価償却費などの費用を乗せて利益を乗せて、営業部門に売却します。 

社内売買の仕組み

             5.営業

                                    社内買+経費+利益=社外売(顧客) 

            4.加工工程

                        ↑        社内買+経費+利益=社内売(営業) 

            3.焼成工程

                        ↑        社内買+経費+利益=社内売(加工) 

            2.成形工程

                        ↑        社内買+経費+利益=社内売(焼成) 

            1.原料工程

                        ↑        原料+経費+利益=社内売(成形) 

社内のアメーバに売ることを 社内売、社内のアメーバから買うことを社内買としています。 

社内売買でおける値決めが問題となります。社内売買の価格は、あくまで公平に値決めをしていかなければなりません。受注生産の場合ですと、客先への販売価格は受注した時に決まってしまいます。最終販売価格から遡って、すべての工程がだいたい同じくらいの採算が出せるように売買価格を設定し、各アメーバに公平な値決めをするようにします。 

また市場価格が値下がりした場合には、値下がり分が各アメーバの社内売買価格に反映されるように、社内売買価格を修正するという方法を採用しました、と稲盛塾長は述べています。こうすれば市場価格が変動しても、各工程にフェアな社内売買価格を決めることができます。 

  1. 時間当り採算表の仕組み

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差引売上(付加価値)は総生産から労務費を除くすべての経費を控除したものです。この部門が生み出した付加価値を表します。 

時間当りはアメーバが1時間当りどれくらいの付加価値を生み出し、会社にどれくらい貢献してくれたかを示すものです。 

時間当り付加価値=差引売上÷総時間 

一方ではある部門の労務費を総時間で割りますと、時間当り労務費が計算できます。たとえば、あるアメーバが一時間当り労務費が二千五百円、時間当りが五千円とします。

そうしますと、時間当り五千円 -1時間当り労務費二千五百円=1時間当り利益二千五百円となります。 

  1. なぜ利益ではなく時間当り付加価値なのか

時間当り採算表の中には労務費は入っていません。もしアメーバの利益を計算するならば、労務費も経費として含まれるべきものです。しかし、少人数のアメーバの場合、労務費を時間当り採算表に載せると、そのアメーバのリーダーやメンバーの給与までわかってしまう恐れがあります。それでは社内の雰囲気が悪くなる恐れがあります。その為、時間当り付加価値を採算表に表示するようになっているのです。 

利益ではなく、時間当り付加価値という指標で“俺の部門はいくら儲かっている”ということを赤裸々に公表することを避けました。 

この採算表は“売上を最大に、経費を最小にする”という経営の原則をベースとして採算をよくするためには差引売上を最大にすると同時に、総時間をいかに減らすか、総時間を最小にするということによって、採算制を表す時間当りを最大にすることができるのです。 

アメーバ経営上の問題をいかに克服するか 

  1. アメーバ経営と京セラフィロソフィーは密接不可分

原料部門は自分の採算を考え、なるべく高く原料を売りたいと思います。成形部門は自分の採算を守るために、なるべく安く材料を買いたいと思います。前工程から安く買いたい、後工程に高く売りたいと考えますから、値決めの際によく揉(も)め事が起こる可能性があります。 

アメーバ経営では、最終販売価格をもとに、アメーバ間の社内売買価格を決めています。もし顧客より10パーセントの値下げを要求された場合、それに応じてアメーバ間の売買価格も10パーセント値下げして調整することになります。その際、各アメーバが10パーセント値下げを受け入れられるといいのですが、必ずしもそうはいかないケースもあり、値下げを受け入れられないアメーバは“10パーセント売値を下げるなら、生産はできない”と言わざるを得ません。アメーバ個の利益と全社全体の利益の衝突(しょうとつ)を避ける為には、より高い次元で考える哲学が必要となります。 

アメーバ経営を常に機能させるためには、“人間として何が正しいのか”を判断基準とした、優れた人物をリーダーとして配することが重要です。リーダーは自分の部門を必死に守りながら、物事を損得で判断しないで、善悪で判断できるような人物です。またアメーバ経営に携わるすべての社員が、善悪を判断基準として、周囲に対して思いやりの心で接する人間性を持つことが望まれます。ですから、アメーバ経営と経営哲学は密接不可分の関係にあるのです。 

  1. 正義感がなければ会計は成り立たない

アメーバリーダーは、アメーバ経営全般を委任されているわけですから、もし意図的に経営数字を操作するようなことがあれば、アメーバ管理システムの崩壊にもつながりかねません。会計を行うにあたっては、正しい経営数字を誠実に計上するという哲学が欠かせないのです。たとえアメーバの状況が悪化した時でも、正しい経営数字を出すことができる、勇気と正義感を持っていなければ、経営や会計の仕事をすることはできないのです。 

  1. 額に汗して稼いだものだけを付加価値と考える

アメーバリーダーは時間当り採算を向上させようと日々努力をしているのですが、かえって時間当りを上げようとする思いが強いあまり、問題となったことがありました。 

稲盛塾長がアメーバの採算表をチェックしていますと、ある製造部門のアメーバは“時間当り”が上昇しているのですが“差引売上(付加価値)”が減少しています。このようなことは製造部門のアメーバが工程の仕事の多くを外注や内職に出すことによって起こっていました。

仕事を外注に出しますと、経費が増え、差引売上は減少していきます。しかし総時間は外注に出した分、大きく減らすことができていました。その結果、差引売上を総時間で割った“時間当り”が上昇するのです。 

いくら“時間当り”がよくても、付加価値である差引売上の絶対額が減少していれば、会社に対する貢献は減っているわけですし、従業員を運用する力も低下しているのです。 

メーカーでありながら、開発、設計、販売などに特化して、製造は下請け会社に任せるという会社はいくらでもあります。そのようにすれば、汗水を流してものづくりに苦労しなくても、高収益があがるので、こうした誘惑にかられます。 

しかしそれでは、事業が一時的に成功したとしても、メーカーの原点であるものづくりの技術が社内に蓄積されないで、長期的に成功することは難しいのです。 

事業を長期的にわたり継続しながら、従業員の雇用を生み出していくには、やはり付加価値を生み出す製造現場を社内につくりあげ、額に汗してものづくりに励むべきと思います。 

経営とはゴーイング・コンサーンで永続的に行うべきもので、決して浮利(ふり)を追うものであってはなりません。アメーバ経営においても、社内でできるだけ生産を行い、創意工夫により付加価値を高め、製造技術を蓄えていくように製造現場を育てていくことが大切です。