盛和塾 読後感想文 第110号

独立採算制の導入とアメーバの組織

アメーバ経営は京セラの経営理念とそのフィロソフィーの実践を抜きにしては決して正常に機能することはありません。アメーバ経営は各事業単位の付加価値計算を算出して、市場の動きを全社に反映させ、経営リーダーを育て、全員で会社経営に参画していこうとするものです。 

京セラの経営理念、“全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に人類・社会の進歩発展に貢献すること”は京セラトップのものだけではなく、そこに働く従業員みんなのものなのです。 

会社の経理が秘密のベールの中に隠されているようであれば、いくらアメーバ経営を採用しても誰も一生懸命に働くことはありません。京セラでは、経営内容をすべてオープンにした透明性の高い経営が行われています。 

また経営理念と一体となっている京セラフィロソフィーでは“人間として常に正しいことを追求する”こと、“思いやりの心を持つ”ことなどが繰り返し述べられています。 

アメーバ経営では、各アメーバ(各事業部)が徹底した独立採算で経営を行い、必死になって採算を追求します。しかしそれが極端に追求する余り、“自分達のアメーバさえよければよい”というような利己的な意識が芽生えると、たちまちアメーバ間の利害が対立し、アメーバ同士の足の引っ張り合いが始まり、会社がバラバラになってしまいます。ですから、社員全員が京セラフィロソフィーを絶えず学び、日頃からよく理解していなければならないのです。 

このようにアメーバ経営とは、京セラフィロソフィーを理解したすばらしい人間性を備えたリーダーやメンバーによって運営され、正々堂々と競い合うことによって、また不正や不明朗なことが行われることのない公明正大な“ガラス張り経営”がなされていることによってはじめて、本来の機能を発揮できるのです、と稲盛塾長は語っています。 

アメーバ経営が持続的な企業成長をもたらす

稲盛和夫(北京)管理顧問有限公司が共催する“2011年 稲盛和夫経営哲学広州報告会”での講演でした。会場を埋める中国の経営者の皆さんがひと言も聞き漏らすまいと、真剣に耳を傾ける姿を拝見して、感動した稲盛塾長でした。 

稲盛塾長は半世紀にわたる経営を通じて体得した、自らの経営の考え方と方法を系統的に述べられています。説得力のある、実践的な経営の考え方や方法を、経営者が分かるように講演しています。分かりやすく説明することができるのは、自らが苦労して実行して来た故に可能なのです。アメーバ経営を実際に実行して来られたことをベースにして、アメーバ経営の解説がなされています。 

アメーバ経営とは経営者が経営を行うための管理会計システム

京セラが成長発展していくなかで、少しでも無駄のない経営を図るために、組織を細分化し、その組織ごとに月々の売上と経費の明細が迅速にかつ明確に分かるようなシステムが構築されました。“アメーバ経営”とはこうした管理会計システムなのです。 

管理会計とは、経営情報を株主や債権者に開示するための財務会計や、納税のために行う税務会計とは異なり、経営者が経営実態を把握し、その意思決定や業務管理に活用するための会計手法です。“アメーバ経営”は経営の実践の中から生み出された、経営者が経営を行うための管理会計システムです。 

経営者の強い思い、あふれるような情熱、誰にも負けない努力、と絶えざる創意工夫があれば企業は成長・発展していきます。 

企業が成長・発展してその繁栄を長く持続していくには、確固たる管理会計システムを確立し、それぞれの部門ごとに経営実態をリアルタイムで把握し、必要な手を迅速に打つことが絶対に必要になってきます。 

アメーバ経営の三つの目的 

アメーバ経営の目的とは次の三つです。

  • マーケット(市場)に直結した部門別採算制度の確立
  • 経営者意識を持つ人材の育成
  • 経営者哲学をベースとした全員参加経営の実現

一.マーケット(市場)に直結した部門別採算制度の確立

マーケット(市場)に直結した部門別採算制度の確立という目的を考え出した経緯があります。 

稲盛塾長は京セラ創業時には経理については全く知識も、経理の経験もなかったのです。会社創業に携わった、松風工業では上司にあたる方に、経理の仕事を見ていただきました。その方は精緻(せいち)な原価計算を行い、数ヶ月くらい経ってから“あの時の原価はこうなっている”と報告をしてくれていました。 

稲盛塾長は開発、製造、営業と日々走り回っていますから、そんな過去の数字を見ている暇はありません。“私は申し訳ないですが、そういう過去の原価計算は現在の経営には役に立ちません。” 

“私は経営者として、今日これだけの利益を出そうと思って毎日手を打っているのであって、三か月前の原価がこうだから利益が出たと三か月後に言われても、もはや手を打ちようがありません。ましてや、常に値段が変わる、品種が変わるという状況では、三か月前の製品の原価を聞いたところで、まったく無駄なのです。” 

エレクトロニックスの関連部品の市場価格は、劇的に値段が下がるのです。先月いただいた注文の製品が、今月注文を受ける時には“一割値下げをしてほしい”とお客様から要請を受けるような状況なのです。そういう刻々と変化する売値に対して対応していかなければならないのに、三か月前の原価を理解したとしても何の意味もないのです。大幅なディスカウントが横行する昨今のビジネス環境も、同様だと思います。 

工業製品はいくつかの製造工程を経て製品が出来上がります。その何段階にもわたる製造工程を経過する間に、原材料費、人件費、減価償却費、光熱費、雑費等の製造間接費が加わり、製品の原価はそれらの工程でかかった費用の合計となります。 

一方、製品を販売するときの値段は、そんな積み上げ原価とは全く関係なく、市場原理で決まっていきます。つまり、お客様が買って頂く値段で販売せざるをえず、それで利益を出そうとするなら市場価格より安い原価で製品を作るしかないわけです。また市場価格も日々変動します。もし製品の値段が刻々と下がっている中で先手を打つことができず、また打つ手を誤れば、経営者が目標とする利益を出すどころか、すぐに赤字になってしまいます。 

後追いで計算した原価などには全く意味がなく、それは経営者にとって数ヶ月前にどう経営の舵(かじ)を切ったのか、その結果を示す記録でしかありません。経営者が必要なのは、今企業がどのような経営状態にあり、どういう手を打てばいいのかを教えてくれる“生きた数字”でなければならないのです。 

原理原則に基づいた部門別採算制度

京セラはその後、経験豊かな経理の専門家に経理業務を見てもらうようになりました。その経理担当者に“今月の決算はどうなっているのか”と尋ねました。稲盛塾長は経理担当者の説明を理解できず、質問を繰り返した挙句、“分かった。手っ取り早く言えば、経営というのは売上を最大に、経費を最小にすればいいんだな。そうすれば、利益は自ずから増えるわけだな。”その時、“売上最大・経費最小”ということが経営の原則であることに気づいたのでした。それ以降、この経営の原則に従い、ただひたすらに売上を最大にする努力をする一方、全ての経費を徹底的に減らすように努めてきました。 

経営のトップとして会社の売上、また経費を把握し、“売上最大・経費最小”という原則に則(のっと)り経営をすることができますが、社員の大半を占める製造部門では、工程ごとの売上が分からず、経費を削減していくことに努めることができても、売上を増やすことには関心を持つことは難しいと同時に、関心も持ちようがないのです。 

“売上最大・経費最小”という経営の原則からすれば、各製造工程においても経費を最小にすると同時に売上を最大にする努力、または売上に協力してもらう必要があるのです。その為には各製造工程のリーダーがその工場の売上がいくらであり、それがどのように発生するのかを実感できるようにしなければなりません。 

そこで工程全体を小さな事業単位に分割し、その工程ごとに決算を明確にしていけるような管理体制を考えました。例えばセラミックスの製造部門であれば、原料工程、成形工程、焼成工程、加工工程と四つの事業単位に分割し、その事業単位間で社内売買をすることにしました。 

原料部門は原料を仕入れ、成形部門に原料を売ります。各工程の仕上品を次の工程に社内売買する形にすれば、各事業単位に売上が生じ、それぞれの組織をまるでひとつの中小企業のように独立した採算単位とすることが可能となります。こうすれば“売上最大・経費最小”という経営原則をどのような事業単位でも実践することができるようになります。このように経営原則をシステムにまで落とし込んでいく作業が大切です。

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この事業単位は固定的なものではなく、事業展開に従って分割したり、増殖したりするようにすればいいと考え、京セラではその事業単位を“アメーバ”と名付けています。 

“売上最大・経費最小”という原則に則り、アメーバごとの採算を誰てもわかるような形にしたものが“時間当り採算表”です。時間当り採算表では、売上と経費だけではなく、“時間当り”という労働時間一時間当りの労働付加価値を計算することで、そのアメーバの生産性が明確に分かるようにしています。 

時間当り採算表では予定と実績が対比され、各アメーバが売上、経費の予定計画に対して現在どういう遂行状況にあるのかをそのアメーバのリーダーはリアルタイムに把握することができ、すぐさま必要な手を打てるようにしています。 

多くの製造業では経理部が事後処理として会計処理を行い、原価などのデータが後追いで出て来ます。しかし市場価格は常に変化しているため、過去の原価をベースにしていたのでは経営の実態と乖離(かいり)し、適切な手を打つことができません。その為、複雑で大きな全体の事業を必要に応じてアメーバという小さな組織に分割し、そのアメーバごとに売上や経費などの経営実績がリアルタイムに把握できるような経営管理システムが必要になるのです。 

アメーバ経営とは、マーケットのダイナミズムを社内のアメーバに直接に伝え、そのマーケットの変化に会社全体がリアルタイムに対応することができる、市場に直結した経営管理システムです。 

会社経営の原則“売上最大・経費最小”を徹底して実践するために、組織を小さな事業単位に分け、市場の動きに即座に対応できるように、部門別の採算管理を行う、これがアメーバ経営を行う第一の目的なのです。 

二.経営者意識を持つ人材の育成-共同経営者としての仲間がほしい

稲盛塾長は京セラ創業時、開発、製造、営業、管理など全ての部門を直接見ていました。製造に問題があれば、すぐに現場に走っていかなければなりませんし、注文を取るために客先まわりもしなければなりません。同時に客先からのクレームにも陣頭指揮をとって対応しなければなりません。同時に1人何役もこなさなければならないほど、多忙を極めていました。 

できるなら自分の分身をつくり、“営業はお前がやれ”“製造は問題が起きているからお前がやれ”と命令できれば、どれほど助かるかと思いました。また同時に、自分と同じように経営に責任を持ち、経営者としての自覚を持った人が欲しいと強く感じていたそうです。それも1人でも多く、そのような人材を育てたいと考えておられました。 

経営者は孤独です。トップとして自分ひとりで最終的な決断をしなければなりません。稲盛塾長の場合、会社経営の経験もなければ、経営の知識もなかったわけですから、なおさら自分と苦楽を共にし、一緒に経営の責任を担ってくれる、いわゆる仲間としての共同経営者を心から欲していました。 

会社が大きくなるに従い、会社全体をトップ1人で見て行くことが難しくなってきた場合、営業と製造を分離して“営業だけでも責任をもって見てくれ。製造は自分が面倒を見る”と分担するのが一般的です。 

事業が更に成長・発展して来ますと、営業部門は東部、西部と地域を分けることになります。更に業績が拡大しますと、東部地域、西部地域の中をA地区、B地区、C地区と組織を細かく分けて管理していきます。 

また製造部門でも、製造の責任者1人で工程全体を管理していくことが不可能になれば、製造を小さな単位に分けて、その小さな事業単位のリーダーにそれぞれの経営責任をもってもらい、きめ細かく採算を見ていくようにしていかなければなりません。 

このような小さな組織単位にすれば、それぞれの組織ごとの管理は、易しくなります。企業を小さな事業単位に分割することで、特別に高い能力を持っていない人でも経営ができるようになります。 

会社の組織を小さな事業単位に分け、あたかも独立した中小企業のような形にすることで、リーダーが中小企業の経営者のような意識を持つようになり、その結果、経営責任をともに担ってくれる仲間、いわゆる共同経営者が育っていくことになります。 

三.経営哲学をベースとした全員参加経営の実現-経営理念と情報の共有化が従業員の経営者意識を高める

京セラ創業時は、日本では労使対立が激しくなっていました。労使間の対立が生じるのは、労働者が自分達だけの権利を主張し、経営者の苦しみ、悩みを理解しようとしないのです。また経営者も労働者の苦しみを理解し、その権利を守ってあげようとしないからです。 

つまるところ、労使双方が自分のエゴをむき出しにし、自分の利益の追求だけに執着し、相手のことを思いやる気持ちがないということが最も大きな要因だと稲盛塾長は考えました。 

労使の対立を解消するためには、経営者が労働者の立場をよく理解し、その権利を尊重すると同時に、労働者の意識を経営者と同じレベルにまで高めていかなければならないはずです。そのようにして経営者と労働者が同じ考え方、意識を共有することができるならば、労使間の対立は消えてなくなるに違いありません。 

その為にはどうすればよいのか。稲盛塾長は“大家族主義”という考え方を思いつきました。もし社員全員が経営者という会社であれば、そんな会社がいちばん強いはずです。 

会社がまるでひとつの大きな家族であるような経営ができれば、労使の対立は氷解するし、経営は必ずうまくいくのではないか。全従業員が家族の如く、お互いに助け合って、対立のない経営を行っていくという“大家族主義”を京セラの経営哲学の骨格に据えました。 

そのためにアメーバリーダーに小さな事業単位を任せることで、経営者意識を持った人をひとりでも多く育てていくことが必要なのです。 

京セラでは労使の対立を越えて、経営者と従業員が一致団結するために、全ての従業員が納得し共感してくれる事業の目的、経営理念の共有に努めたのです。 

京セラの経営理念は“全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に人類・社会の進歩発展に貢献すること”です。京セラは全ての従業員の物質的、また精神的な幸福を追求することを第一義としてその上で“世のため人のために”貢献を果たすということを会社の大義名分としました。 

大義名分を共有することで、経営者のエゴ、労働者のエゴという対立構図を超えて“全員参加の経営”を行う、これがアメーバ経営を行う第三の目的です。