盛和塾 読後感想文 第128号

利他の現代の処方箋

現代の世相の乱れを、個人の欲が過剰な為に起こっている問題と考えると、解決策が見えてきます。各人が欲を少しずつ削って自分が損をする覚悟をすれば、また他人に自分の利を譲り与える勇気さえあれば、すべてはうまくいきます。しかし、それを実行するのは難しい。明治維新に参画した西郷隆盛は、そのことを知っていて、我々に欲を離れなさいと言っています。 

西郷隆盛が不遇の身で島流しに遭った時、村の子供たちに聞いたのです。“家族が仲良く楽しく暮らしていくのにはどうすべきですか”勉強している子供は答えました。“親を敬い、親孝行することです” 

西郷は答えました。“その通りだ。しかしもっと簡単に毎日みんなができることがあるよ。それは他の家族の為に自分の欲張りを抑えていくことだよ。お菓子があれば、みんなが食べれるように、自分だけたくさん取ろうとしない。兄弟の為にお菓子をとっておくと、家族中仲良く、楽しい家庭になるのだよ”というような旨を伝えたらしいです。 

欲を離れること、誠を貫くこと、人に尽くすこと、それこそ病める現代の処方箋です。これは人間が正しく生きていくための哲学であり、真の道徳です。 

京セラの国際M&A戦略

京セラは1989年にアメリカのエルコというコネクタメーカーをキャッシュで買収しました。それは新会社が経営不振になったため、グループの中でも利益を出していたエルコを新会社の再建を図るために子会社を売る形がとられました。エルコが売り出されている情報が証券会社から入ったのです。非常に精密な部品で、コンピューターや家電製品に広く使われています。京セラはコネクタのビジネスはやっておりませんでした。もしエルコが当社のグループに入れば、総合電子メーカーとしての地位が確立されることになります。エルコは日本、アメリカ、ドイツ、韓国に工場を持っており、規模は小さいながらも世界的な展開をしていました。買収後は現役員にそのまま全ての経営を任せています。 

その後、アメリカのAVXという会社と合併しました。この会社はセラミックコンデンサとタンタルコンデンサを作っています。コンデンサは電子部品の中でもなくてはならないものですが、AVXはこの分野でアメリカのNo.1の会社です。

 

京セラは創業時から電子部品を扱ってきており、電子部品の売上高は会社の売上の約20%。一方のAVX社はセラミックコンデンサとタンタルコンデンサの製造をしています。京セラがAVX社と合併すれば、電子部品の売上は40%までに上がり、世界的にも強い電子部品メーカーになります。 

京セラは電子部品や電子工業用のセラミック材料を作っている会社です。また、その電子部品を使って通信機器やOA機器といった完成品も作っています。このような部品事業に力を入れていくことが、将来の発展のためにどうしても必要なのです。 

なぜ株式交換によるM&Aを選択したのか 

  1. AVX会社合併の端緒(たんしょ) 

京セラの電子部品事業を、世界になくてはならないと言われるほど大きな規模と内容にしたいと思っていました。今後、エレクトロニクスの世界が百花繚乱の展開をしていくのを底から支えているのは、電性能の電子部品です。そのような電子部品を世界中に供給し、世界中のユーザーから信頼される企業になっていくことが企業を永続させるキーなのです。 

一般に電子部品メーカーは華やかさがなく、セットメーカーに買い叩かれて、少しも儲からない仕事だと言われています。そのような地味な電子部品にこそ救いがあるのです。様々なことに取り組んで収益性を改善していきさえすれば、大きな利益につながるはずだからです。もしAVX社と京セラが合併すれば、京セラは世界に成長発展する企業になるのです。 

AVXのバトラー会長とは長年知り合いです。一時は競争相手でした。

1992年の欧州市場統一が目の前に迫っており、京セラの製品もヨーロッパで現地生産していかなければなりません。しかし京セラはアメリカに10社ほど子会社を持っているものの、ヨーロッパには工場がなく、販売会社しか持っていないという状況で、対応が大変遅れています。ところがAVX社はすでにヨーロッパに立派な工場を持っています。合併の目的はこうした戦略のもとに考えられていたのです。 

その時AVX社は、アメリカに12工場、ヨーロッパにはドイツ、フランス、イギリス、アイルランドに計6工場、また東南アジアに3工場、更にラテンアメリカには5工場を持っているのです。こうした情報を入手した後、AVX社バトラー会長に話をしたのです。 

“1992年の欧州市場統合に向けて、ヨーロッパでの生産を早々に開始したいという差し迫った課題に対して、ゼロから会社や工場を作り、また人を集めて運営していくのはなかなか難しいと思う。工場建物を建設し、設備を導入することまでは簡単でも、それをきちんとオペレーションできる人材を育成するには、長い時間がかかると思っている”と話しました。 

AVXバトラー会長は“それでは、AVX社の工場で京セラの製品を下請けしましょうか”と話があり、それではということで、AVX社工場の見学となったのです。 

  1. AVX社工場の見学 

アメリカではAVX社の自家用飛行機で三日間かけて工場を視察しました。AVX社というのは京セラの5分の1規模の会社ですが、専用ジェット機を持ち、AVX社はすばらしい哲学をもっており、従業員の働きも素晴らしいものでした。今まで見て来たアメリカの会社とは異なり、目を見張るものがありました。北アイルランドの工場では、“是非、京セラの下請けをさせて下さい。日本に行って実習をし、技術を習得すれば、おそらく日本の工場よりももっと高い生産性と報酬で製品を作って見せます”と幹部に言われました。 

ロンドンのヒースロー空港で別れる時、下請けよりは合併した方が良いのではないかと話しましたところ、バトラー会長も、そう思っていたと返事がありました。“京セラとAVX社が合併すれば、事はもっと簡単で、下請けをするとか、しないとかいうレベルの話ではなく、もっとお互いの連携がうまくいくのではないか”と言いました。バトラー会長は“私もそう思いました。合併が一番いいと思います。” 

  1. 合併方法と比率の協議 

京セラもニューヨーク証券取引所に上場しています。京セラの株価は毎日のように取引所のボードに出ています。AVX社も上場しています。 

企業間の合併買収の方法として、エルコを買収した時と同じようにキャッシュで買う方法と、株式交換をする方法があります。アメリカで合併もしくは買収をする場合、すべて現金または株式交換で行うか、一部は現金、一部は株式交換という組み合わせで行うのが一般的でした。 

当時は日本企業がアメリカの不動産を買い漁るという現象が起こっていました。反日的な雰囲気が高まっていました。 

現金でAVX社の株式を買収すれば、京セラという会社が財力にものを言わせてアメリカで一番大きな電子部品メーカーであるAVX社を買い取ったという印象がアメリカ国民の中に広がってしまう。だから今回は株式交換という方法をしたらよいと考えたのでした。京セラとAVX社の株式の交換比率を決めて交換することになるので、京セラが一方的に現金で買ったような悪いイメージはなくなる、AVX社は京セラの会社になるが、AVX社の株主は京セラの株主になるわけです。合併後、京セラにAVX社が支配されているが、一方ではAVX社の株主は京セラの株主となり、京セラを支配することになります。 

バトラー会長もAVX社の大株主でしたから“株式交換の方法でよい”と同意してくれました。 

  1. 相手の思いをくんだ株式交換比率の設定 

さて次には株式交換比率をどのようにするかということになりました。ウォールストリートのAVX社株価20ドル、京セラ株は82ドルでした。バトラー会長は“やはり、うちの株価を5割ほど高い値段で交換してくれないと、株主は合併を承認しないでしょう”と言いました。 

アメリカとヨーロッパにあるAVX社の工場を見せてもらい、AVX社と京セラの財務諸表を見比べていましたので、5割増の株価で交換しても大丈夫と判断しました。また、一株当たりの売上利益ではお互いほぼ同じ値になります。 

これまで19~20ドルであったAVX社株式に対して、合併に際して30ドルで京セラの株と交換するとすれば、AVX社株主も合併を受け入れることができます。一方京セラの立場で考えた場合、合併して一株当りの資産や利益が目減りさせてはなりません。そのような視点から指数を比べてみますと、30ドルであれば、目減りもなく、非常にいい合併となります。 

稲盛塾長は合併の話の前に、事前に判断材料となる指標を調べてありましたから、“5割増で交換してください”と言われたことに対して“結構です”と即答できたのです。このような周到な準備を伴ったネゴシエーションですと、即答が可能になるのです。 

バトラー会長は京セラがAVX社株式を30ドルで簡単に受け入れたのを見て、“32ドルにしてくれますか”と言ってきたのです。30ドルが32ドルになっても五十歩百歩の違いです。相手は〟結構だ、32ドルにしよう“と応えやすいのです。これはビジネス経験のある人の巧妙な手法です。そこで交換比率は、京セラ株か82ドル、AVX社株価32ドルとして合併が決まりました。 

困難な壁をいかに突破するか

  1. 日本におけるM&Aの課題 

合併によって最初にぶつかったのは、日本の商法上の規制です。一部の例外を除き、自社株保有を認めないことになっています。自分の会社が発行した株を自社で持つことはできないということです。日本の商法は海外にまでは適用されませんから、海外に京セラの子会社を作り、株を持たせる方法を思いつきました。この方法について法務省にお伺いをたてたところ、“海外に子会社を作り、そこに株式を持たせることを認めれば、法律の抜け道になってしまいますから、絶対に認められません” 

“いや今回は一時的に持たせるだけです。AVX社の株主と株式交換をして、その子会社保有の京セラ株はすぐにゼロになります。自社株を海外に長く持つためではなく、AVX社の株主と株式交換をするだけのために、便宜上、一時的に京セラの子会社に株式を持たせたいのです”大蔵省は、“それはダメです。”多くの日本企業がこのような株式交換による合併という方法を考えられたようですが、いずれも役所の説得で行き詰って、諦めてしまうのです。 

京セラは1959年創立以来、毎日のように新しことをしていました。このような中小企業を興し、経営をしていく場合には、人が誰もやっていないことを毎日やっていかなければ生きていけなかったのです。他社が既に作っている製品の後追いばかりでは、“これはA社、これはB社に作ってもらっています”と言われ、結局どこにも買っていただけません。そうしますと、大企業ができないようなものを“うちでは作れます”と言って無理矢理注文を取ってくる以外にありません。稲盛塾長は、いつも人がやらないようなことをやってきて、それが習い性になっています。 

弁護士が言うのには“会長、この方法ではだめです。現金で買う以外方法がありません。”

“しかし現行の古い法律で判断すればそのようになるかもしれないが、そんなばかな話はない。法務省に行って京セラが意図していることをはっきりと話してみて下さい。”“いや、それはもうすでにやっています。”と反論するので、それでは“私が行って話をしよう”と言いました。稲盛塾長は弁護士に次のように説きました。 

“現在の国際環境や世界経済の中で、今後は国境を越えた企業の大同団結のようなことをしていかなければ、たとえ今は強い企業であっても、今後も日本の企業が生き残っていくのは難しいだろう。このような合併、買収が日常茶飯事のように国境を越えて起こる時代が必ず来ます。そのような中で、経済的に強い日本が現金で海外の会社を買収していくのはあまりにもエゲツない印象を相手国に与えてしまいます。だからこのような時には株式交換という方法が両国民にいいのです”“合併される子会社の株主が今後は親会社の株主となるわけです。これは国際関係の安定にも非常によい方法なのです”

“これが日本の古い法律のためにできないというのでは、誰にとってもよいとは考えられない” 

最終的には法務省は、株式交換の方法を認めてくれました。 

  1. アメリカにおけるM&Aの課題 

京セラとAVX社の電子部品事業が合併した場合、たいへん大きなシェアを占めることになりますので、いわゆる独占禁止法への抵触の問題がありました。反トラスト法の一つである“ハート・スコット・ロデイノ法”という法律が適用されます。これに基づき司法省と連邦取引委員会に出向いて、今度このような合併をします、と申請します。その時、国内外のシェアを示す細かいデータを提出します。 

それ以外には安全保障に関して“エクソン・フロリオ条項”をクリアすることが必要でした。アメリカにはAVX社の製品を使っている色々な産業があります。もしAVX社が京セラと合併した場合、アメリカの安全保障に膨大な影響を及ぼさないかを、アメリカ政府が審査します。つまりアメリカの安全保障を脅かす外国企業による合併・買収がないか、禁止する条項です。 

反トラスト法・安全保障の二つの問題をクリアしなければなりませんでした。 

国際M&Aのベースとなる考え方 

  1. 株式交換比率の再変換 

いよいよ合併契約書の作成にとりかかりました。交換比率は京セラ株82ドル、AVX社株32ドルです。ところが、京セラ株が72ドルに下がっていました。“現在は京セラの株価は72ドルに下がっているので、その値段で交換するといいですね”とバトラー会長から連絡がありましたので、稲盛塾長は“今は京セラの株価がそうなっているのだから、仕方がない”と答えました。 

しかし、株式総会での承認をもらっても、実際に合併が終わるのは来年になります。現時点では72ドルであっても、契約たクロージングする日の株はまた変動している可能性があります。そのような場合はどうするのかと聞きますと“とりあえず72ドル隊32ドルで決めておいて、もし京セラの株価が72ドルよりも下がったら、その株価で交換してもらわないと我々は損をします”とバトラー会長とその弁護士は主張しました。 

“では京セラの株価が今よりもあがっていたら、交換比率を元に戻してくれるのですね”と尋ねると“いや、その場合は72ドル隊32ドルで交換することにして、京セラの株価がさらに下がった時のみ、その株価で交換してほしい”と言うのです。 

京セラの弁護士は言いました。“この前話をした時には、京セラ株か82ドルだったのですから、もし11月末に72ドルから上がった時には、その株価で交換してもらいます。今契約書の原案を作っているのですから、交換比率は今日の時点での株価で決めるという内容を入れて、株主の皆さんに納得してもらう方法もあるはずです。株価が一月末の時点でどうなるかは分からないわけですから、そのようなことを考えてもきりがありません。ですから現時点の株価で決めるという案もあると思います。” 

“AVX社株主から見ますと、最終合意書にサインをする時点で京セラの株価が下がっていたとすれば、その価格で交換をしたいと思います。株主に対しては、AVX社株が32ドルを保証されていること、ちょうど京セラの株を同時に売ってAVX社の株を32ドルで買ってもらえることと同じだからです。しかし京セラの株価が上がり、72ドルが85ドルになったとした時、交換比率が訂正されれば、AVX社の株主には以前より少ない京セラ株を受け取ることになります。しかも京セラ株かは今は85ドルに上がったが、近い将来京セラの株価が下がるかもしれないとAVX社の株主は考えるでしょう。 

上のような考えのもとに、AVX社株主が考えていることを考えた上で、“京セラの株価が下がった時はその値段で調節しましょう。逆に京セラの株価が上がった時は、今回決めた交換比率で、今回決めた株価のままにして交換比率を変えずに取引を完了しましょう。” 

合併した後、バトラー会長はこれからは役員全員京セラの幹部として今まで以上に頑張っていきますと約束してくれました。 

稲盛塾長はニューヨーク、ボストン、シカゴ、ロサンゼルスの各地に行き、現AVX社株主の方々に対して一時間半の説明会を行っていきました。 

合併後、京セラの株価は105ドルにうなぎ上りに上昇しました。アメリカの株主の方々に大変喜ばれました。 

  1. M&Aにおける要諦は“思いやり”“優しさ”を判断基準にする 

経営者の方々が合併や買収される時は、スタッフの全員を総動員して、適切な交換比率を必死に調べられるのが普通だと思います。今回のように大きな取引になりますと、少し損をするだけでも大変な金額になってしまいます。売る側と買う側のどちらにとっても大変重要な案件ですから、自分のメリット、デメリットをギリギリまで考えて、激しいネゴシエーションを行っていくわけです。 

今回のように金額の大きい場合、双方の利害が激突して交渉がなかなか進まず、短くても半年、一年はかかります。相手の会社の資産を何から何まで調べてまわったり、相手の会社の技術やノウハウが本当に使えるかどうかを調べましたら、キリがありません。合併後の人間関係がまずくなってしまうかもしれません。感情的なしこりが残ってしまいます。 

合併は目的ではありません。合併した後に共同作業ですばらしい業績を上げていくことこそが真の目的です。“お客様に喜んでもらって、自分ももうけさせてもらうんや”大阪商人の心情が大切です。大企業であろうとも同じです。相手が喜んで、はじめて自分の商売ができるということ、この信条を国際社会でも守ることができれば、すばらしい業績を達成できるのです。