盛和塾 読後感想文 第132号

住む世界を変える

同じ業界の中で、黒字と赤字会社、対照的な会社があります。両社に経営努力や従業員の働きの点で、大きな違いがあるわけではありません。いずれの企業でも、懸命に努力はしています。しかし赤字会社が黒字会社と同じ努力を続けていては、いつまでも現状打破することはできません。 

赤字企業は一気呵成(いっきかせい)に大変な努力を払う必要があるのです。例えば黒字会社の何倍ものコストダウンに集中的に取り組むことで、黒字化を果たし、一気に現状打破を図ることを“住む世界を変える”というのです。 

例えば、いくつかの事業部がある場合、少ない資金、人材を集中的に将来性のある事業に投入し、一気に赤字を解消する。その際、たとえ長年やってきた事業でも、将来性がないと思ったら、大胆に閉鎖することが必要なのです。 

なぜ企業は高収益でなければならないのか

企業経営の目的である従業員の物心両面の幸福を追求するにあたり、収益を確保するという事は必須条件であり、そのことに改めて思いを馳せるという事は、経営者としての使命を再確認することにつながります。 

京セラの高収益経営の原点

京セラ創業時には、宮木電気の役員の方々の支援を受けて、船出しました。特に専務の西枝一江さんを中心に支援をしてくださる方々に相談しながら、稲盛塾長が設立に向けて準備を進めていきました。           

宮木電気の方々がそれぞれ個人出資をして頂き、合計三百万円の資本金を集めることができました。しかし若い稲盛塾長には資金はほとんどなかったのです。ところが支援してくださる方々が“技術出資”という形にして稲盛塾長に株を分けてくれたのでした。 

しかし、セラミックスを加工するには、相当の設備投資がかかることがわかったのです。ところが宮木電気の西枝さんが、ご自身の家屋敷を担保にして、京都銀行から一千万円を借りてくださいました。 

西枝さんは以下のように言われました。“もともと事業というのは万に一つの可能性というくらい、成功するのは難しいもんや。特にあんたがやろうとしていることは、新しい焼き物を作るというような、今までにない独創的なもので、高度な技術を必要として、それでいて限られたマーケットしかないような製造業の事業を成功させるのは至難の業や。” 

“もし稲盛君がそんなに難しい会社経営に失敗すれば、私は家屋敷を京都銀行に担保に入れているから、取り上げられてしまうんや” 

当時27歳の稲盛塾長は、本当に背筋が寒くなるような思いをしたのでした。 

稲盛塾長の父は、印刷会社を経営しておりました。父親はもともと資本力がなく、印刷機械はすべて問屋さんから貸していただいたものでした。父親は貧乏に育ったせいか、お金を借りることに極端な恐怖心を持っていました。その血を受け継いだせいか、稲盛塾長は借金をするという事が不安でなりませんでした。 

西枝さんが銀行からお金を借りてくださり、それを京セラに提供していただいた。“もし私が失敗し、西枝さんの家屋敷が銀行にとられてしまうことになれば、大変なことになる。なんとしても早く借金を返さなければならない。”と強く思いました。 

一生懸命に働いたこともあり、京セラは初年度決算では売り上げ二千六百万円、税引き前利益三百万円、税引き前利益率11.5%という好業績を上げることができました。三百万円の利益で儲かったのだから、3年もすれば一千万円の借入金は返済することができると思ったのでした。西枝さんに報告に行きました。 

西枝さんは“お前さん、何を言うとる。何もわかってないんやな。利益が三百万円出れば、半分は税金に取られるんや。残るのは百五十万円で、その中の五十万円位は、資本金を出してくださった人々への礼金、また役員賞与などに使ってなくなってしまう。返済に使えるお金は百万円位だろう。”とおっしゃられました。 

それでは一千万円の借入金を返しを得るのには10年もかかってしまう。10年も経営が安定して、毎年一千万円の返済ができる保証はありません。利益を全て借金返済に注ぎ込んでいってしまうと会社は発展するための投資すらできません。 

西枝さんは“何を心配しとる。売り上げの10%の利益が出るような事業は非常に期待ができる、将来性のある事業やないか。お金は返さんでええんや。利益が出て、そして将来も発展していくという目途があれば、金利だけを払い、元金は慌てて返す必要はないんや。” 

“発展性のある素晴らしい高収益の事業であれば、担保がなくてもその事業を種に融資してもらえる。そういう資金を活かしてどんどん事業を拡大していくのが事業家なんや”と言われるのでした。 

“しかし借金を早く返さなければならない”と強く思っていました。とにかく借金をすることだけはどうしても避けたいと思いました。 

そこではっと気がつきました。“税引き前利益三百万円と聞いたから三年で返せると思ったが、それは税引き前の利益であり、半分以上が税金や配当等で取られてしまうから、借金をいつ返せるかわからないと嘆いていた。しかし、税引後で三百万円を残せばやはり3年で借入金は返せるのではないか。という事は初年度の売り上げ高利益率が10%だったけれどそれを20%にすれば何の問題もないはずだ” 

こうして京セラを高収益の会社にしなければならないと思った原点になったのです。利益率が20%が可能だとか不可能だとかという問題ではありません。借金返済のためには、高収益がどうしても必要だからそう強く思ったのです。 

“国というのは時代劇に出てくる悪代官みたいなもので、我々庶民を痛めつけて、税金をむしり取る”と憤(おこ)っていました。世の経営者の中には、税金を取られるのはもったいないから脱税しようと考える人もいるでしょう。あるいは税金を払いたくないばかりに利益を減らそうと考える人もいます。 

“汗水たらして頑張ったのに、何の手伝いもしてくれなかった国に税金を取られるくらいなら、自分たちで使ってしまった方が良い。設備をもっと買おう、交際費をもっと使おう、従業員に臨時ボーナスを出そう。” と利益を減らすことを考える人もいます。しかし期せずして、利益を減らすことになり、結果的に経営者自身が低収益を望むことになってしまうのです。その経営者のメンタリティーが低収益をもたらすことになってしまうのです。 

創意工夫に努めることで高収益体質を作る

京セラの場合、他人があまり作っていない新しい絶縁材料、セラミック材料を開発し、それをあまり競争のない、新しいエレクトロニクスの分野で販売してきました。日本の大手のエレクトロニクスメーカーの研究部門が主なお客様でした。“新製品を作るから、こういう絶縁材料で、こういう性能のものが欲しい”と言われ、“それなら京セラで作れます”と、それを供給していたのです。 

お客様の指値で値段は決まりますが、セラミックスはいろいろな金属酸化物を使い加工して作っていくので、いろいろな方法で原価を安くして作ることができるのです。材料費を安くする、製造プロセスそのもので安くする方法もあります。働く従業員たちの労働力、人手を少なくして人件費を抑えることもできます。 

製造業としての創意工夫をすることができます。創意工夫で、材料費を少しでも安くして、工程もなるべく短くし、従業員の数も少なくして作っていく。高収益にしていこうと思えばそのように原価を安くしていけば良いので、そのための方法はいくらでもあります。 

このような京セラの経営を通じ、企業系は高収益でなければならないと確信するようになったのです。 

高収益でなければならない6つの理由 

  1. 財務体質を強化する

創業時の京セラには、まだ十分な内部留保がありませんでした。受注が急速に拡大し、新たな設備投資が必要となり、別の銀行融資を受けることがありました。 

その時、各借入毎に、返済計画を立てていきました。新しい設備投資として受けた融資は、別途こういうように返済していく。さらに後に発生した設備投資の融資は、このような計画で返済していく、というように、一案件ごとに借金の返済という一連の動きを結びつけて、借入金返済計画を立てました。 

京セラは高収益を続けていくうちに、10年後には無借金経営を実現することができました。京セラの成長は、売り上げとともに借金も膨れ上がっていくような不健全なものではなく、無借金のまま、内部留保を年々蓄え、豊かな財務体質をさらに豊かにしながら成長を遂げていきました。 

高収益が借入金返済を可能にし、無借金経営を実現していく。また高収益により、内部留保を増やし、自己資本率を高めていく。さらには高収益により、キャッシュフローが高まり、設備等への投資資金を豊かなものにしていく。つまり高収益が企業の財務体質を強化し、企業の安定した成長発展を可能とするのです。 

  1. 近未来の経営を安定させる

日本経済が高度成長の時の話です。人件費は一年で10%くらい上昇するのが当たり前でした。日本の大企業の平均的な税引き前利益率は、3%ないし4%位です。当時製造業の場合、人件費は売り上げのおよそ30%位でした。例えば、そのような会社が人件費を10%上げたとしますと、人件費率も売上高に対して30%から33%に上昇します。通常ですと、税引前利益率は0ないし1%に下がるはずです。ところが、赤字転落かと思って見てみますと、税引き前利益率3%から4%を維持しているのです。翌年、今年も10%賃上げをしたあの会社は、さすがに赤字だろうと思って見ていますと、やはり税引き前利益率3%から4%を維持しているのです。不思議です。人間はお尻に火がつくと、必死に頑張るのです。これらの企業は必死に努力をし、目標の税引き前利益率を確保するのです。火事場の馬鹿力です。 

これらの企業経営者の潜在意識には“どんなことがあっても3%の利益を出さなければならない”というものがありますから、それ以下になってもそれ以上になっても、居心地が悪くなるのです。 

高収益というのは、将来上昇してくる人件費、つまり近未来のコスト上昇に対して保証ができるということです。例えば、15%の税引き前利益率の会社ですと、毎年人件費が3%ずつ上がっていきますと、向こう5年間は賃金上昇に耐えられるのです。利益率は近未来の経費負担増に耐えられる度合いを示すものです。 

企業経営において、近未来に起こってくるコスト負担に耐えていけるだけの余力、つまり耐久力を示すバロメーター、それが利益率です。高収益とは、まさに近未来の負担に対する余力の大きさを示しているのです。 

景気変動によって売り上げが減少した場合、当然減益になってきます。高収益であった場合はそのような景気変動に対する耐久力を備えることにもなります。若干の景気変動があっても、簡単に赤字転落をしない。そのためにも高収益が必要なのです。 

  1. 高配当で株主に報いる

高収益の企業では設備投資や借入金の返済がありますが、自己資本比率が高まっておりますから、その余剰資金を株主配当に振り分けることができます。高収益の企業の株式を買えば、良い配当利回りを得ることができます。 

  1. 株価を上げて株主に報いる

毎期高収益を上げるなど好業績を続けていけば、株価の上昇を通じても株主に報いることができます。好業績が続くことで、その企業のパフォーマンス、安定性、そして将来性が株式市場で高く評価されれば、その評価は必ず企業のバロメーターとして株価に現れてきます。 

株価が上昇すれば、株式を売却しようとする株主にとってもメリットがありますし、また株式を保有し続ける株主にとっても含み益となり、プラスになります。 

  1. 事業展開の選択肢を広げる

高収益を実現すれば、税金を払っても十分な利益が残ります。そうして生じた余剰資金を生かし、多角化が展開しやすくなるのです。 

京セラはファインセラミックスの事業だけでは、会社の将来に限界があると考えて、1970年代初頭から、切削工具、再結晶宝石、人工歯根、太陽電池といった異分野、異業種への進出を続々と展開してきました。このような多角化を可能にしたのは、高収益の賜物です。 

太陽電池のように30年も長きにわたり赤字が続いていたとしても、赤字に耐え、投資を続けられたのは、ひとえに京セラに高収益を通じて得た潤沢な資金、豊かな財務体質があったからです。 

企業を長期的に成長発展させていくためには、どうしても新規事業に乗り出していかなければならないのです。しかし本業が高収益であればこそ、新規事業という茨の道に踏み出すことができ、またその茨の道を歩み続けることができるのです。 

  1. 企業買収によって事業の多角化を図る

高収益を長年に渡り続けていきますと、内部留保も蓄え、京セラでは現預金が六千億円以上もあるほどに手許流動性が高まってきます。その潤沢な余裕資金を使うことによって、企業買収や事業買収を行いやすくなります。

ある会社、ある事業を買収したいと思った時、蓄えた自己資金があれば、銀行から借金することもないわけですから、手を打ちやすくなります。また買収の成果が上がるのに多大な時間を要します。そのような場合、借金をし、買収を図ったのでは、金利を含め大きなリスクを負うことになります。 

そのような実例が第二電電への進出、KDDIの創業です。“高度情報化社会が迫っている。その時に高止まりをしている通信料金を競争原理を導入することで、出来る限り安価なものにし、国民の負担を減らさなければならない。” 

実際に参入の手を上げる前には、“動機善なりや、私心なかりしか”と自問を六カ月間にわたりしたのです。一般の国民のためになることだと確信して、電気通信事業に乗り出すことを決意したのでした。 

役員会議で“一千億円くらいの負担までは認めて欲しい。もし仮に限界の一千億円まで使っても軌道に乗らなかったら、その時には潔く事業を放棄し撤退する。”と稲盛塾長は話しました。 

第二電電が事業に失敗すれば、一千億円の赤字が京セラに発生します。たとえ本業で二百億円の利益が出たとしても、差し引いて、八百億円の膨大な赤字を計上してしまいます。 

京セラには当時、一千五百億円の内部留保がありました。そのような過去に貯めたお金から、一千億円がなくなるだけです。京セラが潰れるようなことにはなりません。 

京セラが低収益で、過去何十年間もかけて一千五百億円を貯めたのではありません。もしそういった場合、一千億円が消えてしまえば、それは一時的な損失の問題にとどまりません。後々までをひいて、本体そのものまで危うくしてしまうことになりかねません。そういう低収益企業であったならば、京セラは第二電電の通信事業に参入する事はなかったのです。 

稲盛塾長は“土俵の真ん中で相撲を取る”と述べています。“土俵際に追い込まれてからうっちゃりをするような危なっかしい形ではなく、いかなる時も土俵の真ん中に身を置くような安全を期して、確実に勝利を収めることを目指すべき”と至るところで述べておられます。 

京セラ本体は20%くらいの税引き前利益を上げていますから、持っている現預金から一千億円を新規事業に使うだけの事ですから、京セラ本体に致命的な損傷を与える事は絶対にありません。 

当時京セラの投資したお金が、現在はKDDIの株式として時価評価で六千八百億円になっており、半期毎に、百三十億円の配当を京セラは受け取っています。 

高収益であればこそ、M&Aや第二電電への進出といった大胆な事業ができるのです。 

高収益の世界へ“住む世界”を変える

盛和塾では“業種に関係なく、事業を営む以上は最低でも10%以上の利益率を上げられないようでは、企業経営のうちには入りません”というのが常識になっています。深層心理で“、パーセントの利益を上げなければならない”常に思っていると、利益率が10%を下回ると無意識のうちに10%に近づけようと努力するようになります。それほど、人間の心理というのは経営に大きな影響を与えているのです。 

自分で“10%の利益率は無理だ。できるわけがない。”と思っていたら、それはできないのです。10%の利益は当たり前に出せるはずだと思い始めたら、毎年状況が変わっていくのです。 

心に何かを描くかで、利益率に影響などするわけがないと思われるかもしれません。そうではないのです。“3%、4%の利益があれば充分だ”と思っている経営者と“10%の利益を上げなければならない”と思っている経営者とでは“住む世界”が違うのです。 

一度“10%の利益を上げなければならない”と深層心理で思うようになると、10%を下回る世界では“居心地”が悪くなるのです。それまでは3%、4%の利益の世界にいても“居心地”が良かったのですが、ひとたびそうした世界から抜け出て“10%の利益を上げなければならない“と意識するようになると、もはや3%、4%の利益の世界は居心地が悪くなり、戻りたくなくなるのです。 

繰り返し繰り返し、心に“10%以上の利益を出さなければならない”と思っただけでも、その経営者が“住む世界”が知らず知らずのうちに変わっていくのです。 

ましてや、“強烈な思い”を抱き、岩をも穿つような強い意志で一気呵成(いっきかせい)に高収益を目指そうと努力するならば、より劇的に“住む世界”を変えることができます。一旦“住む世界”が変われば、後は通常の努力で、その世界に居続けることができるようになります。