盛和塾 読後感想文 第141号

人を育てる

人材育成は中小企業経営者にとって最も難しい問題です。東京商工会議所が実施したアンケート調査によれば、“売り上げ拡大に取り組む上での課題”という質問に対して最も多かった回答が“人材不足”であり、中小企業のおよそ七割の経営者が人材育成を課題に挙げているそうです。 

盛和塾で行われた経営問答においても、事業展開や多角化、採算向上などのテーマを抑えて、最も多くの割合を占めているのが人材育成や後継者の選定、育て方に関する質問でした。 

幹部社員を育成するには

  1. アメーバ経営による人材の育成

会社が小さい時は、経営者が全てを自分で見ることができますが、会社が成長し大きくなるにつれ、全体を一人で見ることが難しくなってきます。京セラの規模が大きくなっていくにつれ、稲盛塾長の考えを理解し、稲盛塾長と同じくらいの能力もあり、会社のために夜に日を継いで頑張ってくれるパートナーが欲しいと思ったそうです。

しかし、そういう人材は実際にはなかなかいません。特に中小零細企業ではそうした人間を社内で見つける事は容易ではありません。そこで自分の分身を増やしていこうと考えついたのが、現在のアメーバ経営の仕組みでした。 

大きな組織を見ていくことができないにしても、二十人〜三十人ぐらいの小集団に分けて、リーダーを任命し、運営を任せれば、十分に役割を果たすことができるのではないかと考えました。独立採算にすることで、経営者意識を持たせることができると考え、アメーバ経営という管理会計システムを構築してきました。 

  1. 平凡な人材を鍛える

アメーバ経営の導入によってリーダー育成が始まったわけですが、組織を任せられるようなリーダーが不足するという問題はすぐに解消されたわけではありません。また、人材を外部から確保しようとしても、中小企業には優秀な人材はなかなか来てくれません。 

ですから“あの会社に比べ、京セラに入ってくる人は鈍な人ばかり。これでは会社が大きくなるはずがない”と嘆いていました。“鈍な人”というのは、利発ではない、真面目だけが取り柄のような人物のことです。 

たまに才気煥発(さいきかんぱつ)で能力のある人が入社してくると“将来は会社を背負って立つ人間になってくれるだろう”と大きな期待を寄せました。経営者としては当然“鈍な人”よりは、こちらの利発で優秀な人材を立派な幹部として育てていきたいと考えました。 

ところが目先が利くため、辞めてほしくない優秀な人材に限って、すぐに仕事に見切りをつけて、会社を見限り、辞めてしまうものです。そして会社に残るのは最初から期待していない“鈍な人”たちばかりです。 

優秀な人材を確保することが難しいという会社の状況においては、会社に残ってくれた、いわば平凡な人材を鍛えることを通じて、自分の片腕、パートナーとなるような幹部社員に育てていくことが、経営者に求められてきます。 

  1. トップの率先垂範(そっせんすいはん)が人材を育てる

一般には、経営コンサルタント、外部の人から“社長、ワンマン経営では人は育ちません。人を育てるためには、もっと部下に仕事を任せるべきです”といったアドバイスをされます。そのことを聞いて、実際に部下に仕事を任せてみたものの、結局うまくいかず、悩んでいるケースが多いようです。こうしたアドバイスは、企業の経営されていない人が言うことです。実際に経営をしたことのある人は、決してそんな悠長なことは言っておられません。 

社長が怠け者で“あまり働きたくない。なるべく部下に任せて、自分は遊んでいたい”という人であれば別ですが、“会社を立派にしたい”“業績を伸ばしたい”と本気で思っているのならば、まず経営者が先頭に立って一緒に働き、部下と苦楽を共にする行動力が必要なのです。 

バリバリ働く社長の姿を見て、見よう見まねでその社長と同じくらいに仕事が出来るような人間が、社内から次々と育っていくようにしなければならないのです。 

とりわけ経営の原点十二ヶ条、第一、事業の目的・意義を明確にする-公明正大で、大義名分の高い目標を立てる、ことを実行しようとする経営者であれば、また業界ナンバーワン、日本一、世界一という高い目標掲げ、新しい事業分野に進出していこうという局面のときには、営業でも製造でも、開発でも、一騎当千(いっきとうせん)の猛者(もさ)を育てていくことが必要なのです。 

そのためには社長が戦線の第一線で陣頭指揮をとって後ろ姿で教育することが大切であり、我に続けと率先垂範するトップのもとでこそ、真の人材は育つのだと思います。 

  1. 京セラの海外進出における人材育成

通常、海外進出や新規事業の展開など、売り上げ拡大を図るにあたって失敗するのは、会社の要となるような幹部が出ていかず、“若い人”に“お前、行ってこい”と言って任せてしまうケースです。企業は人なりというように、新しい事業展開を図っていくときには、誰を指揮官として派遣するかで、成否が決まるのです。 

トップ自らが出ていくのが難しければ、せめて社長に次ぐくらいの猛者、あるいは最も信頼のおける幹部に新しい拠点に行ってもらうことが必要です。しかし一方で、トップクラスの人材が出て行ったために、本丸(本社)の事業が手薄になってはいけません。中小企業の場合、社長が信頼できる幹部というのは限られています。おそらく一人か二人でしょう。その片腕を失うことになれば、本丸は大打撃を受けてしまいます。不況などの経済変動が襲ってきたときに、手薄になって本陣が崩れてしまい、海外を支援することができなくなってしまうのです。 

  1. 半端者を立派な人材に育てる

稲盛塾長は、No.2 とNo.3を親会社に残し、海外などの新しい拠点には社長自身が先頭を切って進出していくことを考えたのでした。社長が外に打って出て行く際に、No.2 、No.3も連れて行ったのでは本丸(本社)が空っぽになり、その間隙をつかれると総崩れとなってしまう可能性があるため、本丸(本社)は、No.2 とNo.3に任せるようにしました。 

トップが出ていく時に連れて行く手勢(部下)は、本社では活躍できていない、“半端者”たちを集めて新しい市場に攻めてきました。“半端者戦法”と名付けられました。社長は最前線に行ったきりではなく、行っては帰ってきて、本丸の仕事を見ながら、また最前線に乗り込んでいって新しい市場開拓に挑むようにしました。そうする中で、本社にいるときは、あまりパッとしなかった人たちを最前線に連れて行き、一緒に戦い、苦楽を共にしながらトレーニングをしていくのです。 

社長としては大変な苦労ですが、しかし人の育成という大きなメリットがあります。今まで社内であまり活躍してこなかった人たちが、にわかに張り切りだし、成果を上げていくということがあります。米国、中国で新しい会社を作って事業展開し、激しい市場競争の中で生き残ることができれば、かつての“半端者”は一軍を率いる立派な大将に成長し、国内の本丸とは別に海外に新たな城を築きあげることになります。その過程そのものがまさに人材育成なのです。 

“半端者”を一流の人物に育てあげる事は、容易なことではありません。“半端者”たちを率いていくトップ自身が悪戦苦闘する中で育てていくのです。経営トップが刀を振りかざして、戦闘の最前線に立ち、敵を次々になぎ倒していくのを見て、“半端者”たちは竹やりなどの粗末な武器を持って、後から息を切らしながら走ってついてきます。そのように体力を装備も不十分な中で、実践を通じて戦い方を覚えると同時に、人間的にも成長していきます。“半端者”は経営トップの行動と後ろ姿を見て学んでいきます。 

このように経営トップと苦楽を共にした“半端者”は市場を開拓し、事業を拡大し、一つの城を築き、城主となって、本社にいたときの使い物にならなかった“半端者”ではなくなって、立派な人物に成長しているわけです。 

しかしこうして苦労しながら海外進出、新規事業を成功させ、人を育てることができたのは、本丸(本社)が高収益を維持し続けていたからです。ですから、新しい拠点を設けて攻めていっても、十分な補給を受けることができましたし、未熟な社員を前線に送っても、粘って頑張ってくれたのです。つまり本丸(本社)が十分な収益を確保していたからこそ、多くの社員に活躍の場を与えて、修羅場を経験させることを通じて、一人前の幹部社員に鍛えていくことができたのです。このように本丸(本社)の高収益があったために、稲盛塾長自身、経営トップとして事業が成功するまであきらめることなく、社員とともに徹底的に修羅場を戦い抜く覚悟を持つことができたのです。 

  1. 修羅場を経験させる

京セラでは、海外進出や新規事業への展開のみならず、日ごろの業務遂行においても同様であり、毎日の真剣勝負の中で、京セラの社員はたくましく育っていきました。 

稲盛塾長の出席する月次報告会では、凄まじいほどの質問を投げかけます。赤字だとすれば、その事業部長、子会社の社長を激しく叱責します。また注意します。その場にいる出席者でも怖がるほどです。新規事業にしても、子会社にしても、うまくいかないのは、本来ありえないと考えていました。うまくいかないのは、うまくいかないようにそのリーダーに問題があると思っていました。特にひ弱で、逃げ腰のリーダーに対しては“お前は敵が打ってくる弾が怖いために、こっちに逃げて来ようとしている。逃げてきてみろ。後から撃ってやるぞ。死ぬつもりで頑張らんか”と言ったそうです。 

このように厳しい言葉で叱責したのです。それぐらい自分を追い込まないと、困難な局面を打開できませんし、自分の殻を破ることができないのです。人は絶壁に立たされた時に初めて真価を発揮します。 

努力に努力をしても、どうしてもうまくいかない。本人の手に負えない場合もあります。その時は経営トップが勇気を持って撤退する決断をすることも必要です。窮地に追い詰めて、結局部下が玉砕してしまうことがあってはなりません。 

攻めて行く号令は誰にでもできます。しかし失敗して撤退するとなれば、トップにしかできません。最後の最後はトップ自身がすべての泥を被る。責任を取る覚悟があればこそ、未熟な人にも修羅場を経験させて育てていくことができるのです。 

京セラでは部下に場を与え、修羅場を経験させて鍛え上げていくことで、どんな困難にも真正面から立ち向かっていく、真の勇気を身に付けた立派な経営幹部へと育っていきました。