盛和塾 読後感想文 第149号

経営の使命と人間の本質

経営者の共通の悩み

盛和塾に入られる塾生の中には、経営の使命について悩んでいる方がおられます。 

  1. 会社の使命について。会社の使命は何なのか悩んでいます。本業で利益をきちんと出すことこそが社会貢献だと思っています。
  2. 大手企業の出身ですが、現在の会社に溶け込んでいません。今後、実績を積み、社員の心をいかにつかんでいくかということが課題です。
  3. 二代目、三代目で家業を継いでいますが、どのように従業員に接すれば良いのか、人を育てていけば良いのか、社員が自分のことをどう見ているのか、どう考えているのか自信が持てない。 

こうした悩みは、とりもなおさず自分が部下から尊敬されるような人物ではないと気づいている証拠なのです。このままでは仕事がうまくいかないのではないかと思っているからです。 

いい大学を卒業して、大企業のサラリーマンを経験して、相当な経験を積んできました。二代目、三代目として経営者になった。父親の会社を継いでも“なんだこんなのは小さな仕事だ”と思ってやってみた。ところが実際は考えたよりも難しく、うまくいかない。 

親から“帰ってこい”と言われて、“帰ってきてやった”と思っています。ところが父親の代からいる従業員は誰も尊敬してくれない。指示をしたり、命令すると、露骨に反抗する人もいる。聞いているふりをして心の中では決して納得しているわけではない。そのために仕事がうまくいかない。仕事も人間関係もギクシャクしてしまう。 

塾生の方々はこうした共通の悩みを解決するには“自分の心を高める”しかないのだと自分自身で気が付きました。 

大金を投じて参加した経営セミナー

稲盛塾長は二十七歳の時に京セラという会社を作っていただきました。自分が開発したファインセラミックスの研究をずっと続けて、自分が開発した技術をベースにして、開業にこぎつけました。しかし経営のやり方が全くわからないのでした。そこで、わからないなりにも“少しはマシな経営をしたい。立派な経営者とはどのような人なのか。いちど見てみたい”と考えられました。

そこに経営セミナーの案内が入ってきました。二泊三日の経営セミナーでした。ダイレクトメールには“講師本田宗一郎”と書いてありました。本田宗一郎さんは、稲盛塾長が憧れていた人でした。これはぜひ参加したいと思われましたが、参加費用は三、四万円のセミナーでした。当時の京セラにとっては大金でした。それでも行きたいと思い、京セラを作っていただいた西枝一江(にしえだかずえ)さんに相談に行きました。 

西枝さんは宮木電機の専務をされておられました。宮電機は京都ではトップ数社の中にある会社でした。“そんなものは聞きに行く必要はありませんよ。私が教えてあげます”“いや、西枝さんとは違うんです。この本田宗一郎さんという人はすごい経営者です。この人の話を聞きたいのです”“どうせいい加減な話しかしません。私が教えてあげます““いやどうしても行きたい”。結局は西枝さんにお金を出してもらい、大金を投じてセミナーに行かれました。 

会場について温泉に入り、浴衣に着替えて大広間に行きますと、小さな机を置いてあります。その前に座布団を敷いてあり、浴衣を着た参加者が何百人もあぐらをかいています。 

本田技研工業は、ドリーム号という素晴らしいオートバイを販売していました。世界の本田技研工業になっていく最中でした。 

本田宗一郎さんが出てこられました。

“あなた方は何をしにここにきているんだ。経営の勉強に来てるって?大体こういうところに大金を払ってきているから、会社がうまくいかないのだ。私だったら帰ります。こんなところであぐらかいて勉強するぐらいなら、会社に帰って仕事をします。そのほうがましです” 

本田宗一郎を突き動かしたもの

本田技研工業が戦後あれだけ伸びていった原動力になったもの、彼をモチベートしていたテーマは何だったかといいますと、堂々と“私はお金が欲しいので”と言っておられました。なぜお金が欲しいかといいますと、遊びたいからだということでした。“私は遊びたいからお金が欲しい。そのために働くんだ。だからうちの従業員にも言っている。悔しかったら俺と同じように働いてみろ。俺と同じくらい金が欲しいなら、いつでも払ってやる。そのかわり、俺と同じくらい働いてみろ。俺と同じくらい頭を使ってみろ。これがうちの会社のモチベーションなんだ” 

“私はよくお金を使います。浜松の芸者を時々総揚げしています。私はお金を貯めるためにお金が欲しいのではありません。お金を使いたいから稼ぎたいのです”

“なるほど、すごい人だ。そういう生き方で人を引っ張っていく方法もあるのか”と稲盛塾長は思いました。 

一九八四年、スウェーデンの王立アカデミーの招待で、ソニーの井深大(いぶかまさる)さん、本田宗一郎さんと稲盛塾長は、ボルボ、エリクソンという通信機メーカーやスウェーデンの大手企業を見て回りました。その時、初めて本田宗一郎さんと一緒に車に乗り、一緒にご飯をいただいたりしました。本田さんも稲盛塾長のことをよく知っておられたそうです。本田宗一郎さんはガラッと変わっておられました。素晴らしい人間性を秘めた魅力ある方になっておられました。“私は稲盛さんを尊敬しております”と言われました。本田さんは引き際も清々しいものでした。副社長の藤澤さんと一緒に、“うちの息子には継がさない”と言って、非常にフェアに後継者を決められました。稲盛塾長が若い頃にセミナーで見た本田宗一郎さんとは全く違い、円熟した素晴らしい心を持った経営者になっておられました。 

あの時は、若い連中を励ますために、遊びざかりの若い連中を引っ張っていくために、極端なことを言われたのだと稲盛塾長は思われました。 

名経営者を目標にする

企業経営をしていく中で、人をまとめていくのは大変難しいことです。“従業員が自分のいうことを素直に聞いて、その通りに動いてくれればもっと仕事がしやすいのに”と考えているのが企業経営者です。 

そのためにはどうすれば良いのか。組合がある、また強い従業員がいるところでは、叱ったら返って反抗されてうまくいきません。だからといって腫れ物に触るように、ただ単にご機嫌をとっていたのでは仕事になりません。 

それでは社員をどのように引っ張っていけばいいのか。“私が言ったのでは人がついてこない。立派な人が言った話だと、なるほどなと聞いてくれる。私は同じことを言っているのに、私の信用がないために、あまり聞いてくれない。”そこで盛和塾で学んだことを利用します。“私の尊敬する稲盛さんはこういうことを言っておられる。私も同意見です” 

自分が“こうだ”と言っただけでは、部下が信用してくれない。そこで稲盛さんがこう言うておる。そうすれば従業員も、一も二もなく聞くようになるのです。 

本田宗一郎さんが“ここで勉強しているくらいなら帰って自分の会社で仕事をしたほうがましです”と言われ、“空理空論ではなく、自分が実践する、会社で一生懸命仕事をすることが大事なんだ”と思われました。と同時に稲盛塾長は“なんだ、会ってみたらこの程度のおじさんで、あの本田技研を作れるやないか。それなら俺はもっとやれるかもしれない”とも思ったそうです。このことが非常に大事なのです。 

“稲盛和夫はたいした男だ。あのたいした男と同じ位になってやろう”と思う人、“たいした男じゃないな。それぐらいなら俺もできる”と思う人もいるでしょう。“五年後には稲盛和夫から全部吸収して、同じくらいのレベルになってやろう。そうすればもっと大きな仕事ができる”と思うことが大事です。 

高卒新入社員の反乱

経営者として共通の悩みとして、社員と価値観を共有することができていないという話がありました。これはなぜ自分はこの会社を経営するのか、その意義、使命をはっきりとつかんでいないことによって起こることなのです。“自分の会社をどうしたいのかという使命感が、まず大事です。これを早く確立すべきです。ただこの使命感は自分だけのものであっては意味がありません。従業員と共有できる価値観に裏打ちされたものであるべきです。従業員も納得してくれる価値観でなければなりません。 

京セラは、“稲盛和夫の開発した技術を世に問う場”ということを使命としていました。そのために京セラは存在すると位置づけていたのです。稲盛和夫が開発したファインセラミックスの技術を問うために京セラを設立されたのです。京セラという自由に活動できる会社を作り、稲盛和夫が開発したセラミックスの技術を世間に問う、それが世間に通用するか、どのくらいの評価を受けるか、それを試す場として会社が存在するとして、これを京セラの使命としました。 

ところが創業から二年目に、高卒の人たちを採用して一年が経った時でした。当時、技術部長であった稲盛塾長に、新入社員の彼らが“本年ボーナスはいくらくれるんだ。来年の春は何%昇給してくれるのか。来年の夏のボーナスはいくらくれるのか。この会社に入ってみたが、聞けば去年できたばかりで、いつ潰れるかもわからない。取締役技術部長のあなたが、“いつ潰れるかもわからないから頑張れ”と言っている。不安でたまらないので、将来どうしてくれるのか保証してくれ。でなければわれわれは辞めたい。”と言いにきたのです。 

そして三日三晩、彼らと話しました。“そんな要求は飲めない。そんな約束ができるわけがないじゃないか。会社は一昨年できたばかりで、必死に頑張って今何とかやっているだけだ。来年や再来年の事なんて約束できるわけがない。もし約束できるふりをして“約束する”と言えば、君たちはついてきてくれるのか。約束ができないから、正直に“約束できない”と言っているのだ。約束はできないけれど、必死になって命がけで努力をして、会社を立派にして、君たちの期待に応えたい。ただ一寸先も見えない今の現実の中で、将来を約束することはできない。” 

それでも彼らは分かってくれませんでした。稲盛塾長は三日三晩、説得を続けました。 

“私を信じてくれ。信じられないと言うのなら、騙される勇気はないか。一年ほど騙されてみないか。私が本当に騙す男かどうか、一年ほど試してみたらどうだ。そのくらいの時間的な余裕はあるだろう。” 

そうしているうちに、十人ほどの若者たちが泣きながら“じゃあしょうがない、残る”となったのです。 

これらは稲盛塾長との団体交渉に際して、血判を押してきました。稲盛塾長が言うことを聞かなかったら、みんなで辞める。そうなれば会社も困るだろう。と言うのです。これは大変な脅迫です。それでも“できないものはできない”と頑張ったのでした。 

シンプルかつプリミティブな経営理念

その時、京セラを作っていただいた事は大変な失敗で、とんでもないことをしてしまったと思いました。 

一九六一年と言えば、敗戦から十五年しか経っていません。実家の印刷業は空襲で壊滅的な打撃を受けて、全部焼けてしまいました。そして戦後は路頭に迷うような貧乏生活になっていました。兄弟七人、両親、そこに両親を亡くした従兄弟が入ってきて、合計十人を超える大世帯で、戦後の食糧難を切り抜けてきたのです。 

毎月、鹿児島にいる家族を経済的に援助しなければならない立場にありました。毎月実家に仕送りをしていました。それは会社を作ってもらってやっと今からうまくいくと思った矢先に、先程の要求をされ、稲盛塾長は愕然(がくせん)としました。 

親兄弟の経済的な面倒を見なければならないのに、昨年の四月に入社したどこの誰とも知れない者から、一生の面倒を保証せよと迫られた。それに対して“保証せよと言われても、会社ができたばかりでできるわけがない。決して騙しはしない。君たちが幸せになるために、私は必死に頑張る。世間並み以上の給料や賞与が出せるような会社にきっとしていく。それを信じてついてきて欲しい。” 

雇用した赤の他人の面倒を一生涯見ると約束してしまった。“私を信用してくれ。君たちが喜んでくれることを私はするつもりだ。”と言ってしまった。そうすると稲盛和夫の開発したファインセラミックスの技術を世間に問う場として、会社を位置付けした事はどうなるのか。ところが、“京セラという会社は、その中の従業員の生活を守るためにあると私は約束してしまったではないか。私が開発した技術を世間に問うという、技術屋としてのロマンは、もう金輪際忘れてしまわざるを得ないではないか。” 

そして悩んだ末に、会社を作っていただいた当初の“稲盛和夫の開発した技術を世間に問う場”という位置づけをやめたのです。そして“全従業員の物心両面の幸福を追求する”と位置づけたのです。それだけでは少し虚しいと思い“人類社会の進歩発展に貢献すること”と続けました。 

全従業員を大事にし、立派にしていくと同時に、人類社会の進歩発展にも大きく貢献していきたい。従業員をただ守っていくだけではない。文章をつくりました。それだけを会社の使命として仕事をしてきました。 

客先や従業員から尊敬されよ

稲盛塾長はものすごく真剣に仕事をします。どんな些細(しさい)な事でもいい加減にはしません。真剣に考えますから、部下のいい加減な仕事はどうしても許せず、大変厳しい追及をします。それは自分自身がどんな些細な事でもおろそかにしないからです。 

中村天風さん、“ヨガの達人”の哲学に“有意注意”というものがあります。心を用いて物事に意を注ぐ、という意味です。注意というのは意を注ぐという意味です。

神経を研ぎすませて対象にフォーカスする、つまり集中して物事を考えることです。従って仕事に対しても大変厳しくなるのです。 

仕事をする上で、部下に厳しくすれば、反発を受けてしまう。その厳しさが通じるどころか反発を生んでしまい、人間関係が壊れてしまう。善かれかしと思って注意したのにそれがうまくいかない。そのために部下から恨まれてしまう。“なんだあいつは。親の威光を笠に着て、偉そうにして。一流大学を出たか何かは知らないが、何を言っているのだ。”といろいろな反発を受けてしまう。自分に対して尊敬しているかどうか、部下の顔を見ればわかります。大半が尊敬などしていないのです。 

でも尊敬されるまでになれば、もうしめたものです。尊敬される事は社内でも大切ですが、同時にお客様からも尊敬されれば、放っておいてもビジネスは滞りなく進めることが可能です。尊敬されていますと、値段の比較など誰もしません。“尊敬するあの人が勧めたのだから、これに決めよう”となります。 

商売は信用が第一だと言われます。“儲け”という字は、信者と書きます。つまり信者を作れば儲かるのです。 

信者よりもよいものは尊敬なのです。尊敬されていますと無条件でお客様が大事にしてくれます。従業員も大切にしてくれる。そのために尊敬されることが必要なのです。 

みんなの会社だからこそ頑張れる

稲盛塾長は、現場で大変厳しい追及をします。そうするのは“全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類社会の進歩発展に貢献する”という使命があるからです。 

“うちは“全従業員の物心両面の幸福を追求する”会社だ。もし君がミスをして、あちこちでミスが発生したら、うちの会社はダメになってしまう。もし君がミスをしていたら、私が怒らなかったらどうなる。そうすれば、全従業員の幸福なんて追求できるわけがない。私はみんなのために、君みたいないい加減な仕事をしている者は許せないんだ。” 

そういうのは使命があるからです。経営者が怒ると、二代目社長が怒っていることになってしまうことがあります。会社の社是をしっかり作って、これで経営をしますと決めたら、それからは二代目経営者のための“私の会社”ではなくなります。“みんなの会社”になるのです。 

“この会社は、全従業員を幸せにするために作ったのですから、あなたみたいにデタラメに仕事をしてもらっては困ります。あなたは営業でしょう。そのあなたは、今朝どこに行ったのですか。五軒、十軒お客様回りをしてきましたか。あなたは先月の実績も上がっていないし、先々月の実績も上がっていないじゃないか。” 

この会社は全従業員の幸福を目的にしてるんだ。それは君も私も一緒だ。社長、技術部長、重役も朝から晩までやっているんじゃないか。私は夕べも十一時に帰った。二日前も、十時まで夜遅くまでやっていた。それは私のためじゃない。皆さんを幸せにしてあげたいと思うからなんだ。君もそのくらいのことをわかってくれるだろう。何回もこうした事は言い続けられてきているではないか” 

このように、“全従業員の物心両面の幸せを追求する”という使命を作って、“こういう価値観で経営をします”といいますと、理屈なしで、その価値観を共有できるのです。 

従業員の心に響く言葉を選ぶ

一般的に、ボロ会社には賢い人が来ません。経営者が立派でないのに、立派な部下、社員が来るわけがありません。 

経営者が生半可に大学を出ていますと、やはり優秀な人材が要ると思うのです。そして分不相応に優秀な人を入れてしまうのです。頭のいい人は、自分の意見を持っていますので、中小企業の家族経営に対して、いろいろな反対意見を持ち、去っていくことが多いようです。企業には、そこに見合った人材しか来ないのです。経営者も従業員と一緒になって、みんなで寄り添って勉強していけばいいのです。 

勉強する時、本を読みます。ただ、すうすうと読んではいけません。内容理解して読むことが大切です。目で、見、声に出して読む、まとめてみる等をして、自分の頭の中に理解したその内容を染み込ませていくのです。そして自分の言葉で、内容を説明できるようにするのです。 

従業員に向かっても、格言を使ったりしてその内容を自分の言葉で説くのです。こうして従業員の心に響く言葉を伝えることによって、部下は考えます。“うちの専務は、最近変わってきた。勉強して知性も磨いて、顔つきまで変わって、いい顔になったな” 

中小企業には、もともと才能のない人しか集まらないのです。全員で寄り集まって勉強する。これが会社の宝なのです。 

人材が伸びれば会社も伸びる

京セラを作っていただいた当初のメンバーは八名でした。その当時採用したのは中卒二十名でした。次の年は高卒十一名。その頃は大卒を採用してもそれこそ三流大学卒しかきません。聞いてもたちまちに愛想つかしてやめていく。稲盛塾長が“やめろ”と言わなければならないくらい、いい加減な人しか居付かなかったのです。 

“これではいかんのじゃないか。どうにもならないような頭のものばかりでは、うちの会社はダメになっていくのではないか。もっと良い人材を採らなければ”と思ったりしていました。

今も世間では、経営者たちは良い人材を採ろうと考えています。そのためには、制度も変えなければいけませんし、会社のシステムも作ろうというので、格好だけ繕おうとします。また、分不相応に給料を上げてみたりする。どっちが人を使っているのか分からないようなおべんちゃらばかり社員に言うのです。 

バブル最盛期には、一流大学の学生を採用して、内定の時にハワイに連れて行き、一流のホテルに泊めたりしていました。人事担当がついて回って、下にもおかないおもてなしをするという。そして入社した人間に、部下を叱ることができるはずがありません。 

どうせ良い人材が来ないのです。いやこなくていいのです。今いる人たちが自己研鑽に努め、もともと大したことのないものが、どう脱皮して成長していくか、そこに会社の命運がかかっているのです。外部からいい人材を連れてきたからといって、会社を立派にすることはできません。会社を立派にするのは、今いる人が立派になってくれる以外にないのです。 

一流大学を出ていなくても、素晴らしい人材でなくても、みんなで寄り集まって研鑽に努めていく。その結果、会社が伸びるからその人が伸びる。その人が伸びたから会社が伸びたのか、どちらが先に伸びたのか分からなくなる。それが正常な伸びなのです。 

従業員を大事にするとは、いわゆる従業員とともに伸びていくことなのです。そして会社が伸び、世のため人のために役立つ企業になるよう全力を傾けることが、会社の使命、経営者としての使命なのです。