盛和塾 読後感想文 第153号

純粋な心からの情熱

強い思い、情熱は成功をもたらします。しかしそれが私利私欲から生じたものであれば、成功は長続きしないでしょう。 人間にとって何が正しいかに対して鈍感になり、自分だけが良ければ良いという方向へ突き進み始めるようになると、初めは成功をもたらしてくれたその情熱が、やがては失敗の原因になるのです。 

“私利私欲を捨て、世のため人のために”という利他的で純粋な願望を持つことが一番良いことです。しかし人間にとって、生きるための私利私欲は、自己保存のために不可欠なものですから、それを完全に捨てることはまず不可能です。しかし一方で、その私利私欲の肥大化を抑制するために努力することが必要となってくるのです。 

働く目的を“自分のために”から“集団のために”へと変えるべきです。利己から利他へと目的を移すことにより、願望の純粋さが増します。 

純粋な願望を持っていますと、悩んでいた問題の解決方法が、突然見えてくることがあります。それは天から与えられたヒントなのです。 

純粋な心からの情熱は成功をもたらします。 

なぜ経営に利他の心が必要なのか

“利他の心”という言葉は、倫理や道徳上の言葉であり、経営とは無関係だと考える方がおられます。 

経営に利他の心が大切だと言われておられますが、熾烈な市場競争により勝負が決まっていく資本主義社会の中で、経営者が“優しい思いやりの心で仕事をしなければならない”などと甘いことを言っていては、経営などできないのではないか。 

しかし、経営者が‟利他の心”を持つことと、企業の業績を伸ばすことは決して矛盾することではないのです。経営者が立派な会社経営をしたいと思うならば、他に善かれかしと思う利他の心を持ち、心を高めることが不可欠であると考えるのです。 

従業員のためという経営理念が京セラ成長のベース

稲盛塾長は大学卒業後、京都の碍子を製造するメーカーに就職します。そこで、ファインセラミックス材料の研究開発に従事します。その事業化に成功します。上司の技術部長と意見が合わず退職します。

その時、稲盛塾長を支援してくれる方々が京セラを創ってくださいました。前の会社で苦楽を共にした部下や後輩、上司までもが‟一緒についていく”と言ってくれまして、京セラは七人の同志と稲盛塾長と合計八名で始まります。 

会社が始まりますと、部下からは‟これはどうしたらよろしいでしょうか”と判断を仰がれ、次々と経営判断を下さなければなりません。会社経営の経験もなく、経営のあり方を教えてくれる人もいなかった稲盛塾長は、何を判断基準にすべきかと大変悩みます。 

悩んだ末に、子供の頃、両親や先生から教わった‟やって良いこと悪いこと”を判断基準にします。これからは会社の判断基準を‟人間として何が正しいのか”という一点に絞ろうと決めます。 

京セラが軌道に乗ってきた創業三年目に、経営のあり方についてさらに深く考えさせる出来事が起きました。 

前年に採用した高卒の従業員たち十名余りが、団体交渉に来ました。“自分たちの生活が不安だから、昇給や賞与などの処分を将来にわたって保証してくれ。さもなければ、今日限りで会社を辞める”と迫ってきました。 

“京セラはまだできたばかりの会社だから、みんな力を合わせて立派にして行こうと言ったではないか。皆のために、私はこの会社をよくしていくつもりだ“

しかし、稲盛塾長がいくらそう話しても、彼らは納得しようとしません。 

夜になり、稲盛塾長の住む市営住宅に彼らを連れて行き、三日三晩にわたって説得を続けました。やがて一人が理解してくれ、さらに続けて納得してくれるものが現れましたが、それでもわかってくれない者がいました。 

“てきたばかりの会社で将来の約束はできないが、私は会社を守るために誰よりも必死に頑張っていこうと思う。もし私が君達の信頼を踏みにじるようなことをしたら、その時は私を殺してもらっても構わない。”ようやく全員が納得してくれました。 

稲盛塾長は毎月実家に仕送りをし、京セラ創業時も続けていました。“自分の家族も 十分に面倒を見られないのに、社員として採用したばかりに、縁もゆかりもない人たちの生活まで守らなければならないのだろうか”

経営者としての責任の重さを痛感し、こんなことなら会社を起こすのではなかったとさえ思いました。 

京セラ創業の時、稲盛塾長は前の会社から来た仲間と“稲盛和夫の技術を世に問う”ための会社にしようと話していました。前の会社では、稲盛塾長の研究の技術を十分に認めてくれませんでした。 京セラでは自分の技術を世に問うことができる。技術者としての私的な願望が京セラ設立当初の目的でした。 

しかし、技術者としての私的な目的は潰(つい)え去り、社員の生活を守るという公的な目的に変貌してしまったのです。会社経営の直接の目的は中に住む従業員の幸福を追求することであり、それを実現することが経営者の使命なのだと気づいたのでした。 

京セラの経営の目的である経営理念を“全従業員の物心両面の幸福を追求する”と決めました。それだけでは人生をかけるのに物足りないと感じて、“人類、社会の進歩発展に貢献すること”という一節を加えました。 

こうして会社の目的を従業員の物心両面の幸福に定めたため、全社員がそのことに共感し、“よし、そういう目的のためなら、私も一緒に会社の発展のために頑張ろう”と一層仕事に励んでくれるようになりました。 

人材もない、資金もない、設備もない、頼りにできるのは信じ合える仲間との心の結びつきだけでした。全従業員が持つ力を目指す方向に収斂(しゅうれん)させることで、その力は何倍にも増幅していく。その中核にあったのが“全従業員の物心両面の幸福を追求する”という利他の心に基づいた経営理念だったのです。 

京セラは零細企業から始まり、急成長を遂げてきました。京セラが売上一兆五千億円、税引前利益千二百億円をこえる大企業に発展したのは、ひとえに利他の心に根差した経営理念のもとで、全社員が一丸となって努力した結果なのです。 

国民のためという純粋な想いが KDDI 成功の原動力 

一九八四年、日本は電気通信事業の自由化という大きな転換期を迎えていました。日本の通信料金の水準が世界的にみてもあまりにも高く、そのことが国民に大きな負担を与えているばかりか、日本の情報社会の 健全な発展を妨げかねないと考えられました。 

これは当時の電電公社が市場を独占しているために起こっていることであり、この機会にどこかの大企業が名乗りを挙げて、 NTT に対抗して日本の通信料金を引き下げて欲しいものだと期待をしていました。 

ところが当時四兆円もの莫大な売り上げを誇り、三十三万人の従業員を抱える NTT に真っ向から勝負を挑むのはあまりにもリスクが大きいため、どこの会社も一向に名乗りを挙げません。 

稲盛塾長は“国民のために長距離電話料金を安くするという事業は、京セラのようなチャレンジ精神にあふれるベンチャー企業にこそ相応しいのではないか”と考えたのです。 

寝る前に“動機善なりや、私心なかりしか”と自分に問いかけました。“電気通信事業に乗り出すことで、自分を世間に良く見せたいという私心がありはしないか”と毎晩厳しく自分に問い続けたのです。 

半年たってようやく“動機は善であり、一切の私心はない”ということを確信した稲盛塾長は、第二電電の創業を決意しました。 

京セラが最初に手を挙げましたが、後に二社が名乗りを上げ、新電電は三社競合でスタートしました。三社の中では、京セラを母体とした第二電電は他の二社と比べて圧倒的に不利だと言われていました。 

旧国鉄を母体とした日本テレコムは、新幹線沿いに光ファイバーを敷けば、簡単に東名阪の高速通信ネットワークが構築できます。 

日本道路公団、建設省を中心とした日本高速通信は、東名名阪の高速道路の側溝沿いに光ファイバーを敷きさえすれば、簡単に通信網が構築できました。 

一方第二電電は、こうした通信インフラもなければ、母体となる京セラも中堅企業にすぎません。京セラグループは全く不利な状況でスタートしました。 

稲盛塾長はその時、“国民のため長距離電話料金を少しでも安くしよう。たった一回しかない人生を有意義なものにしようではないか”と事あるごとに語りかけました。そして第二電電の社員たちは、自分たちの利益だけではなく、国民のために役立ちたいという利他の心に基づいた大義を共有してくれるようになりました。 

こうして第二電電の社員たちは、心からこの事業の成功を願い、凄まじい情熱をもって仕事に取り組んでくれるようになりました。 

そのような情熱が最初にパワーを発揮したのは、長距離通信事業でした。第二電電は長距離回線のインフラを持っていなかったため、大阪ー京都ー名古屋ー東京と日本の山の頂にパラボラアンテナを据えて、マイクロウェーブという無線を使って、通信ネットワークを整備する方法を取らざるを得ませんでした。 

マイクロウェーブのルートを作るには、高い山の頂に中継基地を立てなければなりません。山頂への道のない悪条件のもと、山の中に道を作って登り、その頂に巨大なパラボラアンテナを立てました。夏はヤブ蚊に悩まされ、冬は凍てつく山頂へ、ヘリコプターで資材を輸送するなど必死の努力で、マイクロウェーブ の通信ルートを完成させてくれました。そして同業他社と同時期の開業にこぎつけたのです。 

お客様の確保にも苦労しました。日本テレコムは JR の納入業者の方々に是非回線を使ってほしいと強く協力を要請しました。日本高速通信も道路公団やトヨタをバックにしていたので、販売は容易でした。 

第二電電の場合は、従業員はもちろん京セラの従業員も応援して、賢明な営業活動を行いました。代理店や取引先の皆さんが、ひたむきな姿を見て感激され、必死で応援してくれました。 

創業から九年目、一九九三年に第二電電はライバルの 新電電二社に先駆けて、東京取引所への上場を果たすことができました。 

その後第二電電はかつてのライバル企業KDD、IDOの合併を果し、 現在の KDDI となりました。 三十年前に誰もが劣勢と予想した中でスタートした第二電電が、新規参入の通信業者の中でトップを走り続け、現在の KDDI となりました。  KDDI は売上が四兆五千億円、経営利益が七千五百億円を超えて、売上と利益でNTTドコモを抜き、日本有数の総合電機通信会社へと成長しました。 

“国民のために何としても通信料金安くしなければならない”という 利他の思いに基づく大義がその根底にあり、それが社員と共有され、お客様や代理店などの共感を呼んだからだと思われます。 

世のため人のために挑んだ日本航空の再建

二〇〇九年の年末、日本政府から、当時深刻な経営不振に陥っていた日本航空の会長に就任してほしいとの要請を受けました。 

八十歳を目前にしており、航空運輸業には全くの素人でしたから、 固辞していました。年が明けた二〇一〇年一月、改めて“どうしても会長に就任してほしい”との要請があり、次の三つの理由から、受けることになりました。 

  1. 日本経済への影響

日本航空は日本を代表する企業です。その日本航空が再建を果たせず、二次破綻でもすれば、日本経済に多大な悪影響を及ぼします。一方、再建を成功させれば、あの日本航空が再生できたのだから、日本経済が再生できないはずはない。 

  1. 日本航空に残された社員

社員たちの雇用を守ることです。再建を成功させるためには、残念ながら、事業再生計画に従って一定の社員を解雇する必要がありました。 しかし二次破綻をしようものなら、全社員が職を失ってしまうことになりかねません。 残った三万二千人の社員の雇用を守らなくてはならない。 

  1. 国民の、利用者の便宜のためです

もし日本航空が破綻してしまえば、日本の大手航空会社は一社だけのものとなり、競争原理が働かなくなってしまいます。それでは運賃は高止まりし、サービスも悪化して、決して国民のためになりません。 公正な競争条件のもとで複数の航空会社が切磋琢磨してこそ、利用者に対してより安価でより良いサービスを提供できるはずだと考えました。利他の心から半ば義侠心にかられて、日本航空再建を引き受けることとなりました。 

日本航空は再建初年度に一千八百億円、二年目には二千億円を超える過去最高の営業利益を達成し、再上場を果たしました。その後も二〇一三年には一千九百億円、二〇一四年には一千六百億円、二〇一五年には一千八百億円の営業利益をあげ、利益率一〇%を超える高収益の体質を維持しています。 

日本航空が生まれ変わった要因-①利他の経営理念

日本航空の社員の意識が大きく変わり、利他の心に基づいてそれぞれの持ち場、立場で会社を良くしようと、懸命に努力を重ねるようになったことが最大の要因だと考えられます。 

まず第一に、新生日本航空の企業としての目的を明確にしたことです。日本航空の目的は‟全従業員の物心両面の幸福を追求すること”であることを経営理念として明確に定め、それを社員に徹底して伝えていったことです。 

経営者が社員の幸福を考えずに利益だけを追求しても、社員が心から経営に協力してくれるはずがありません。一方、経営者が社員のことを何よりも大切に思い、全社員が安心のもと、やりがいと誇りをもって活き活きと働けるようにすれば、結果として業務も向上するはずです。 

社員が会社とともに物心両面の幸福を追求するために懸命になって働き、 会社の業績が上がれば、株主にも利益が還元されます。 国への税金も払えます。社員の家族の生活も安定します。 国民・お客様へ、より良いサービスの提供ができます。 

日本航空が生まれ変わった要因-②フィロソフィーによる意識改革 

日本航空の会長に着任してすぐに、特にリーダー層の官僚的な体質を変えなければならないと強く感じていました。 日本航空には会社としての一体感がないことも気がつき、それらを早急に改善しなければならないと思いました。 

京セラ、KDDI の経営で長年にわたり築き上げてきたフィロソフィーをもって、 日本航空の幹部の意識改革に取り組みました。フィロソフィーとは人間として何が正しいのかを自ら問い、 正しいことを正しいままに置いていく中から導き出した実践哲学です。誰もが子供の頃から教わった正義、公正、公平、誠実、謙虚、 努力、勇気、博愛などの言葉で表現される普遍的な倫理観に基づいて、全ての判断をし、行動していこうとする考え方です。 

同時に、 すばらしい人生を送るための人生哲学でもあり、‟利他の心”を判断基準にする、心を高めることを通じて幸せな人生を送るための考え方でもあります。 

そうしたフィロソフィーを携(たずさ)え、‟なぜこういう考え方が企業経営において、また一人の人間として生きるために必要になるのか”について、丹念に説明していきました。 

早速、 経営幹部約五十名を集めて、一か月にわたり、徹底的にリーダー教育を実施しました。またまたフィロソフィーを通じて、リーダーとしてのあり方、 経営の考え方までを徹底して理解してもらうことを目指しました。 

日本航空の経営幹部たちは、日本の一流大学を卒業したインテリたちですから、フィロソフィーに対して当初は違和感を覚えていました。‟なぜそんな当たり前の事を今更学ばなければならないのか” と反発する人もいました。 

‟皆さんが‟こんな幼稚なこと” と軽蔑するような、 まさに皆さんはそのことを知っているかもしれないが、決して身についていません。実行してもいません。 そのことが日本航空が破綻した理由です。” 

日本航空は一見巨大な装置産業に見えるのですが、お客様に喜んで搭乗していただくことが何よりも大切な究極のサービス産業だと思いました。空港のカウンターで受付業務をしている社員が、 お客様にどういう対応するのか、飛行機に搭乗し、お客様にお世話をするキャビンアテンダントがどういう接遇(せつぐう)をするのか、飛行機を操縦し安全に運搬する機長、副操縦士がどういう態度で勤務し、 またどのような機内アナウンスをするのか。現場の社員たちとお客様との接点こそが航空運輸業にとって最も大切です。 

稲盛塾長は幾度となく出向き、直接お客様に接する社員たちに集まってもらい、‟今は厳しいリストラに耐えなければならない。辛いだろうけれども、何としてもお客様への心を込めたサービスに努めてほしい。道は必ず開ける”と訴えていました。 すると社員一人ひとりの意識が徐々に変わっていったのです。日本航空にあった官僚的な体質は少しずつなくなり、 マニュアル主義と言われていたサービスも改善されていきました。現場の社員が‟お客様に少しでも喜んでいただくために”という利他の心から自発的に努力するようになり、また各職場で全社員が自ら創意工夫をして改善に努めた結果、業績は目に見えて向上していきました。 

稲盛塾長が全身全霊を傾けて再建に取り組む姿も、有形無形の影響を社員に与えたのでした。無私の姿勢で取り組む姿を見て、多くの社員たちが‟高齢の稲盛さんが何の対価も求めずに、何の関係もない日本航空再建のために必死になってくれている。ならば自分たちはそれ以上に全力を尽くさなければならない”と考えてくれたようでした。 

一般的に企業の盛衰を決めるのは、目に見える財務力、技術力、また経営者による企業戦略であるといわれています。それも大事ですが、それ以上に大切なことは目に見えない社員の意識であり、その集合体である組織風土や企業文化だと思います。 

利己的な欲望は必ず没落を招く

‟利他の経営”について話をしますと‟ 利他の心で経営などできないのではないか。企業経営のベースはあくまで利己的な欲望ではないのか‟という方が必ずいます。 

‟もっとお金を儲けたい”‟もっと豊かな生活がしたい”という利己的な欲望は、事業を発展させていくための強力なエンジンです。特にベンチャー企業の場合、そうした利己的な欲望が往々にして事業の発展の原動力となることがあります。そして欲望に裏打ちされた高度な戦略・戦術を練ることで、事業を成功に導くことができるのも事実です。 

しかし利己的な欲望だけで経営している者は、決してその成功を長続きさせることはできません。自己の欲望を満たすという一点張りで策を弄するならば、相手も必ず‟自分だけうまくいくように”と考えて利己的な対抗策を打ってきます。そこで軋轢(あつれき)が生じてきます。また利己的な欲望を原動力として事業を成功させればさせるほど、経営者は謙虚さを失くし、驕(おご)った態度で人に接するようになります。それまで会社の発展に献身的に働いてくれた社員たちを、ないがしろにするようになっていきます。それがやがて社内に不協和音を生じさせ、引いては企業の没落を招く原因となっていくのです。 

さらに深刻なのは、経営者が利益の追求に終始するため、‟人間として何が正しいのか”という基本的な倫理をなおざりにして、法律や倫理を逸脱したり、会社にとって不都合な事実を隠ぺいしたりして社会から糾弾を受け、退廃していくことです。 

一方、‟利他の心”によりビジネスを進めることで、相手にも周囲にも信頼されるパートナーとして‟一緒にビジネスをして良かった”と思われるようになった結果、素晴らしい成果を手にしたという経験がある経営者もたくさんおられると思います。 

なぜ利他の心が企業を成長発展させるのか

‟利他の心”は周囲や相手に善かれかしと思う心のことです。‟利他の経営”とは自分のことだけを考えるのではなく、‟自分が豊かになりたいのであれば周囲も豊かにするように考え、会社を経営する”ことです。 

会社を生活のよりどころとしている社員に対しては、社員を大事にすることが重要です。会社の業績が大きく向上した場合、多くの社員の協力が必要だったはずですから、経営者が社員を思いやるという‟利他の経営”を行うならば、献身的に協力をしてくれた社員に対しても報酬を分かち合うべきです。 

そういう利他の心で会社を経営していけば、社員も喜んで会社経営に参加してくれるようになり、たとえ将来会社が危機に遭遇した場合でも、会社のために惜しみなく協力をしてくれるはずです。 

KDDI、日本航空の場合は、世のため人のためという利他の心に基づく大義名分のある経営を行えば、お客様や株主、取引先、代理店なども会社に対して信頼と尊敬を寄せてくれるようになります。つまり会社のステークホルダーが皆協力してくれるようになり、会社経営を成功に導いてくれるのです。 

仏教の世界では‟自利・他利”と言います。自分のことと他人のことを同時に考え行動することです。 自利とは自分の利益、他利とは他人の利益を考えることです。 

江戸時代に京都で商人道を説いた石田梅岩は‟まことの商人は、先も立ち、我も立つことを思うなり”と説きました。本当の商人は、相手も立ち、自分も立つことを思うものである。 

また滋賀県の近江商人の間では昔から‟三方よし”という言葉が伝えられています。‟三方よし”とは‟買い手よし”‟売り手よし”‟世間よし”という意味で、真の商人道と言われています。 

このことは、会社の利益を軽視する経営ではありません。利他の経営は決してそのような経営を意味しているのではありません。 

市場経済の中で生きていくには、自分の会社を守るために懸命に働いて、利益を上げる必要があります。利他の心で経営する場合であっても当然、企業間の競争があるわけですから、必死に働き利益を上げて、生存競争に生き残っていかなければなりません。 

利他の経営においては、自由市場において正々堂々と競争し、公明正大に利益を追求していくことは、賞賛されこそすれ、決して非難されるべきではありません。