盛和塾 読後感想文 第123号

世のため人のため

経営者は “自分だけが良ければよい” という自分の欲望や自社の損得だけで動くのではなく ”世のため人のため” という高慢な精神を基軸としてビジネスを展開していくことが大切です。 “世のため人のため” という高慢な精神で経営に当たれば、自己の利益の最大化のみを目指し、利己主義に陥った資本主義の軌道修正も可能となり、世界経済は調和のある発展を今後も持続することができるようになると思われます。 

京セラ創業のとき “みんな一致団結して世のため人のためになることを成し遂げたい” と誓い、団結して経営に没頭してきました。     

第二電電の設立に際しては “動機善なりや私心なかりしか” と自ら問い “世のため人のため” という思いを原動力に事業にあたってきました。     

日本航空再建の時にも、勝算もない中でただ “世のため人のため” になればと、これ を引き受け、真摯に経営に取り組んできました。いずれも “世のため人のため” という精神を貫いてきたからこそ、事業を成功に導くことができたのです。     

経営者にとって最も必要なのは “世のため人のため” という高慢な精神をベースにし て “燃える闘魂” をいかんなく発揮することなのです。そうすることによって、より良い社会を築くことができるのです。 

戦う中小企業の販売戦略

稲盛塾長は、京セラを中小零細企業から育て上げた経験と、その日々の経営で培われた 哲学をベースに、中小企業の販売戦略について実践的な講演をしました。 

販売をするには、品質が良く、値段が安く、納期が正確であるという3つの条件が大事 だろうと思われます。 

社名を世間に浸透させる

まず、社名を世間に浸透させることです。京セラは最初、京都セラミックという名前を 付けていましたが、京都セラミックと社名を売っても当然ながら何の会社かわかりませ  ん。日本の電機メーカーに製品を売りに行っても、なかなか相手にしてもらえず、門前    払いを受けることが度々ありました。 

世間に社名や製品名が知られているというのは、一種の信用です。どこの会社でも最初は信用がありません。一般的に友人、知人、先輩を頼って仲介の労をとってもらい、お客様の門を叩きます。そうした方々の仲介を得た上で、まず自分の会社を説明し、それから売り込みを行うということになります。 

日本電子工学界における大手メーカーに行き、京セラのセラミックスの優秀なことを説明しても買ってもらえなかったのです。日本の電子工業メーカーが戦後、今日に至る発展を遂げたのは、アメリカからの技術導入でした。そこでアメリカの企業に売り込むことを考えました。日本の電子工業メーカーが技術導入しているアメリカ企業に、京セラのセラミックスを使ってもらえば、日本のメーカーにも、一も二もなく京セラのセラミックス製品を採用してもらえるだろうと考えたのです。 

そこでアメリカへ行き、製品を売り歩きました。何回も何回もアメリカを売り歩きました。日本で販売するのと同じような努力を払ったところ、その労が報われました。アメリカは歴史の浅い国ですので、長い歴史のある日本とは違い、長く続けたことよりも短期間でいかに立派なことをしたかが評価されるのです。中小企業や新しいベンチャーなビジネスを評価してもらうには、アメリカは非常に良い土俵なのでした。京都セラミックは、テキサス・インストルメントやその他の大手の電子工業メーカーに認められ、製品を使ってもらうことができました。この後、日本の企業も京都セラミックの製品を使ってもらえるようになったのです。 

中小企業の販売戦略の一番目としては、社名ブラントとして通っていなけれはなりません。

しかし、会社も小さいですから、宣伝広告するお金は当然ありません。先輩や知人を頼りにして他社を仲介してもらうやり方が一番初めにすることになると思いますが、ただし、仲介をしてくれる方の人格というものが大事であり、いい加減な人に頼みますと自分の製品、ひいては会社まで疑われることになります。 

短期間の開発能力を持つ

二番目は、短期間の開発力を持つことです。

お客様を訪問し、お客様が必要としているものがあった場合、手許にない品物やノウハウが必要となります。その時、お客様のニーズにできるだけ早く間に合わせることが大事なのです。中小企業やベンチャー企業の場合、お客様のニーズに合った製品やノウハウをすべて持っているとは限りません。 

お客様に売り込みに行ったとき、偶然お客様から “もしお前たちがこういうものをすぐ供給することができるなら、使おうではないか” と言っていただいた機会をいかに生かすかが重要です。自社の製品やサービスがお客様の持っているニーズに合わなかった場合、お客様から新しいニーズを聞いて、どれだけ短期間で間に合わせられるか、難しいことがありますが非常に重要なのです。これが技術開発力です。 

迅速な開発能力がないと、せっかく先輩や知人に他社を仲介してもらい、売り込みに行ったにも関わらず、商売が成立しないことになります。 

会社が小さくても小さいなりに、非常にクイックにお客様のニーズを満たす製品を作っていける開発能力がどうしても要求されます。 

優れた品質の製品を安定して供給する

三番目は、優れた品質の製品を安定して供給することです。

品質が他社よりも優れていることは一回だけでなく、継続的に安定して同じレベルの品質を供給できるようでなければ、販売というものは上手くいきません。 

市場で勝てる値段にコストダウンする

四番目は値段です。

京セラでは値段を決める上で “市場価格に対してコンペティティブ(競争できる)プライスで売ります” と言ってきました。 

工業部門における戦う中小企業の販売戦略についてですが、工業メーカーの場合、通常は積み上げ方式で製品価格を出すわけです。材料費+労務費+経費+目標利益という様に積み上げて値段を決めていきます。 

しかしながら、価格というものは自由競争の下では市場のメカニズムで決まってくるものだと思います。競争できる価格は同業他社よりも若干でも安い価格でなければなりません。その価格で売れる製品且つ、利益も確保できる価格で売れる製品を作るのが技術屋の仕事です。 

利益というものは、お客様にお願いして求めて得られるものではないのです。価格が市場のニーズで決まるのに対して、京セラはコンペティティブな価格、他社よりも若干安い値段で売ります。その値段でいかに安く売るかという事に関しては、技術屋の仕事にもなるのです。それには固定概念はありません。すなわち、材料費が何%、人件費が何%、経費が何%という固定概念はないのです。 

お客様との打ち合わせの中で、お客様から “こういうものを作ってくれ” と頼まれ、 “それでは私共はこういうものを供給しましょう” と約束し、品質レベル、スペック等や仕様等で供給します。そこで決まった値段と品質保証条件を満たすもので、最も安くできる方法を考えます。 

売価は市場のメカニズムで決まります。我々にはコントロールできないのです。我々がコントロールできるのはコストしかありません。材料費、人件費、経費を極小にしていく努力をします。 

値決めはトップの役目

値決めは経営そのものです。

市場メカニズムで決まった値段よりもコンペティティブである為、若干安い値段に値引きしようとします。すると、どれくらい安くしたらよいかという問題になります。その決定は一営業社員が決めるものではない。また、一営業部長が決めるものでもないのです。値決めはトップが決めるものなのです。 

値決めは難しいのです。市場価格に対してできるだけ安くすれば、大量に売れるかもしれませんが、利幅は狭くなります。あまり安くない値段、つまり同業他社と同じ値段にすれば、利幅は広くなりますが多くは売れないかもしれません。

利益の合計=売った量×利幅です。その極大値を求めようとしても、色々なファクターが入っており、簡単に解くことはできないのです。 

いくつかの選択肢がある中で、そのどれを取るかはトップが決めることなのです。一介の営業部長に任せておいて “うちの会社はあまりパッとしません” “営業部長に任せているのですが” と言っている経営者が多いのです。 

値段を決める際には、トップは材料費、人件費、経費をこう言った風に変えることができるというアイデアがなければなりません。全体コストをどう下げるかは、トップしか意思決定ができないことなのです。 

商売の成否は経営者の考え方で決まる

売る側はなるべく売って利益を多く取ろうとしますし、買う側はなるべく安く買い叩いて自分の利益を増やそうとします。 

“営業がうまい” とよく聞きますが、売った量が多いから営業がうまいとは言えないのです。売り手と買い手の間で利益のシェアを分け合うというせめぎ合いにうまく対応できるというのを “営業がうまい” と言えるのだと思います。 

お客様が期待したほどの利益が得られない製品ですと “お前のところの部品は使えない” と言われます。売り手が自分の利益をどんどん得ようと思っていると売値が非常に高くなって買ってもらえないことになってしまいます。一方で、値段を下げていきますと、お客様の利益はどんどん増えるわけですから、売値がタダになるまで商いは成立します。商いが成立する条件というのがいろいろあるのですが、その条件の中でどのくらいリーズナブルな値段で注文がとれるかということが営業の技量です。 

自分の利益だけを追求しようと思って、常にお客様が許してくれる最高限度のところだけをとる姿勢をとっていると、だんだん “あいつのところはどう考えても高い” と言われ、お客様が去ってしまいます。短期的には利益を得ても、長期的には利益が得られなくなってしまいます。 

どの値段が最適なのかという問題は、まさにトップが決めることなのです。そしてそれはトップが持っている哲学に起因しているのです。えげつない性格の人はえげつない価格帯で値段を決めますし、気の弱い性格の人は気の弱い価格帯で値段を決めるわけです。気の弱い経営者は年中親会社にいじめられて倒産することになります。えげつない経営者は親会社を騙すようなことをして信用を失い、これも会社が潰れることになります。 

経営というのは、まさにその人が持っている心、哲学で決まるものなのです。値決めの決め方もバランスの問題なのです。えげつない性格でもダメですし、気の弱い性格の人でもダメなのです。 

どのような人がいいと言いますと、豪快さと繊細さの両方を持った経営者、両極端を併せ持った人です。 

お客様の希望通りに納品する体制をつくる

五番目は納期です。

それは、お客様が欲しい時にタイミング良く製品を供給することです。 

お客様が欲しがっている時にタイミング良く製品を供給してあげられる体制づくり、これが完璧にできることが大切です。 

“お客様に徹底的に奉仕する” 哲学を持つ

営業に関する基本的な考え方や姿勢、基本的な哲学が最も重要なのです。営業はお客様の召使い、サーバントであるべきだ。お客様の召使いが気持ちよくやれないようでは、どんなに立派な販売戦略を持っていたとしても、決して成功するとは思えません。 

お客様の召使いをするということは、お客様に対して徹底的に奉仕をするということです。ただし、値段と品質については徹底的に奉仕ができないものです。値段において徹底的な奉仕をするとタダで売るしかありませんが、それでは事業はできません。品質についても徹底的に奉仕をすると、べらぼうな保証が必要となってしまいます。 

値段と品質については奉仕の限界がありますが、お客様からの要望については常に無限の可能性を信じて何とか応えられるように努力していくことが大切です。 “もうこれ以上は値段が下がらないのではないか” と思っていても、お客様に要求されれば何とか今までの概念を覆して、値段を下げることにチャレンジしていくのです。品質の問題にしても、もうこれ以上良いものは作れないと思っているとしても、お客様の要求があればさらに徹底して品質を追求していくのです。 

徹底したお客様への奉仕が最近ではどんどん廃れて (すたれて) きています。 “消費者は王様” などと言われていますが、実際はそうではなく、お客様を大事にする姿勢はどんどん廃れて (すたれて) きているはずです。 

最近では、小売商のお店を見てみますと夕方5時になるとシャッターを下ろしています。しばらく前までは夜7時まで店を開けていたのに、最近はもう5時に閉めているのです。実は文明の発展の程度により、店の閉まる時間が違うのです。発展途上国へ行きますと、夜遅くまでお店が開いています。文明が進んだ国へ行きますと、より早く閉まっているという現象が見られます。 

徹底的に奉仕をするとすれば、利益が増えることが分かっていながらそれが実行できない、結局はやる気がないわけです。皆がやらないことをやればいいだけなのです。 

経営の原理原則を貫く

どんな時代でも経営の原理原則は変わるわけではありません。もちろん環境は変わっていきますが、自分が持つ経営理念だけは簡単に変えてはならないのです。 

京都には、MKタクシーという会社があります。タクシーに乗りますと “いらっしゃいませ。どちらまでですか?” と挨拶をします。行き先を伝えれば “ありがとうございます” と言ってくれます。他のタクシー会社はこの商売の初歩の初歩をやっていないのです。それだけで差がつくのです。徹底した奉仕をすれば、それが強力な営業になって、その会社のものを買おうというお客様が必ず増えてきます。 

アメリカの外食産業では、マクドナルドやケンタッキー・フライド・チキンにしても、日本のうどん屋みたいなものですが、高賃金のアメリカでも価格が安いのです。それに比べて日本は古くからある食べ物は値段が異常に上がってきています。確かに人件費は上がってきていますが、お客様に対する徹底的な奉仕をしようとする意識はなく、楽をして儲けようという意識になっています。 

やはり大事なのは、基本的な姿勢です。それは徹底した顧客への奉仕であり、お客様の召使いに徹するという哲学がベースになるのです。 

 いかに複数のお客様を満足させるか

大手メーカーの場合 “うちだけに納めなさい” という方針の会社があります。しかしそれでは、大手企業一社に納めている中小企業の先行きが危険ではないかと思います。 

大手メーカーから関係を切られるという危険もありますが、それだけではありません。常に製品を一社だけに納品していますと、最初は値段も安く品質の良いものを一生懸命に作っていたのが、だんだん長い付き合いになってきますと甘えが出てきます。 “値段をもっと安くしろ” と言われても “いや、できません!” と言ってしまう。そのように馴れ合いによる甘えが生じ、それが信頼関係を崩していくのです。 

逆に買う側から考えます。最初のうちはその部品供給会社が下請けとしてよくやってくれていることに満足しています。しかし、それが何年もして慣れてきますと、比較対照するものがなくなります。最初のころはA社という会社よりもB社の方がずっと良いサービスをしてくれ、一生懸命納期も守ってくれるし、いい会社だと思っています。それが長い付き合いになりますと、比較する相手がありませんからB社に対する満足感が薄れ、だんだん我儘になり、そのため両者の関係に亀裂が入ってくるのです。 

複数の会社を相手にしていくのはいいことなのですが、複数の相手に製品を納めて、どこも満足させることは簡単にはできません。複数の相手を本当に満足させるためには、徹底的に奉仕することが必要だからです。 

複数のお客様を相手にしますと、それぞれの相手から毎年 “値段を安くしてくれ。品質をさらに上げろ” と言われますし、 “製品をすぐに持ってこい” を言われますし、徹底的な奉仕をするとなると、もし夜中に従業員がいないなら社長自らトラックやバイクに乗って納品しなければなりません。 

系列に属さない中小企業が電子部品や電子工業用の材料を作って、日本はおろか世界中の大手メーカーに納めさせてもらうと、中にはたいへん過剰な要求もあります。それをうまく処理することが要求されるのです。 

商いの極意はお客様に尊敬される事

以上六つの販売戦略により、信用が生まれてきます。 “あの会社は信用がある” となります。商いというのは、信用を作っていくことの積み重ねだと言われています。 

信用されている人または会社が、徳を備えていると思われるくらい信用されることがあります。信用の度合いが人物や会社の社格にまで達していることがあります。 

信用を築いていくためには、いい品物を安く正確な納期で提供していく素晴らしい奉仕の精神で尽くすことが必要です。このような素晴らしいパフォーマンスを確実に果たし、信頼のおける人に徳性が備わると、信用という段階を超えて尊敬されるようになります。尊敬されれば、値段がいくらという問題ではなく、 “あなたの会社からしか買わない” と言ってもらえます。 

その意味するところは、お客様は値段、品質、納期について他社と比べてはるかに秀でており、全体コストが間違いなくこの会社や人に頼めば最低になるのだと思うからです。こういう事の積み重ねがあってこの人は徳のある人だと思われます。 “徳” にはその裏付けがあると思います。 

お客様をして尊敬せしめるだけの人物であれば、値段を他社と見比べて、安いから買ってもらえるのではなく、絶対的に信頼されて買ってもらえるのです。絶対的に信頼された以上は、決して相手を裏切ってはならないのです。 

販売戦略を云々する以前に、信用を築いていくプロセスを六つほど述べましたが、それらを真剣に実行する一方で、営業に対する姿勢、営業哲学 -お客様への徹底した奉仕- をさらに高いレベルにまで高めていくことにより、お客様をして尊敬せしめることができると思います。 

そうすれば、世界的な営業もできるはずです。それは必ずしも国際経済戦略に基づくものではないはずです。個々のケースで素晴らしい哲学に裏打ちされた営業を行っていくことが、営業戦略になっていくと思います。 

京セラグループのアメリカでの事業展開を見てみますと、従業員数が千九百人になっています。これはたいへん優れた経営学者が考えたような販売戦略を組んだ結果ではありません。過去十年間ずっと目の前にあることを着実に一歩一歩積み重ねていったことが今日のアメリカにおける成功につながっています。

 

盛和塾 読後感想文 第122号

経営十二ヶ条(第五条-第十二条)

経営十二ヶ条は短く簡単平易な言葉で構成されているために、中には“果たしてこれだけで経営はできるのか”といぶかるかも知れません。しかし日本航空再建の際、その意識改革の活動が経営幹部への経営十二ヶ条だったのです。この経営十二ヶ条の理解を通して日本航空の幹部はその官僚的な意識を拭い去り、高収益企業の経営幹部にふさわしい意識、考え方を身につけるようになりました。 

日本航空では今もこの“経営十二ヶ条”を学び続けています。最高経営幹部が月に一度集まり、フィロソフィーを勉強する“リーダー勉強会”という研修会があり、この経営十二ヶ条がそのテーマです。 

経営十二ヶ条は、多くの人が認め、その力が実施された実践的な経営の要諦です。 

今回は、経営の十二ヶ条の第五条から第十二条についての話です。 

5. 売上を最大限に伸ばし、経費を最小限に抑える 

入るを量って、出ずるを制する、利益を追うのではない、利益は後からついてくる。 

京セラ創業時、稲盛塾長は経営の経験や知識もなく、企業会計については何も知りませんでした。経理課長が使う専門用語が理解できませんでした。そして議論の後、“とにかく売上から経費を引いた残りが利益なのですね。それなら売上を最大にして、経費を最小にすればいいのですね”と結論づけたのでした。 

経営の常識として、売上を増やせば経費もそれに従って増えていくものと考えておられると思います。しかしそうではありません。売上を増やせば経費も増えるという誤った“常識”に捕らわれることなく、売上を最大限に、経費を最小限に抑えていくための創意工夫を徹底的に続けていく、その姿勢が高収益を生むのです。 

現在の売上を100として、そのための従業員と製造設備を持っているとします。受注が150まで増えたとすると、一般には従業員数も五割増員、と五割増の設備で150の生産をこなそうとします。 

このような足し算式の経営はしてはならないのです。受注が150まで増えたら、生産性を高めることによって、本来なら五割増やしたい人員を二~三割増に抑えるのです。そうすることによって、高収益の企業体質を実現することができるのです。 

受注が増え、売上が拡大して会社が発展する時こそ、徹底した筋肉体質を図り、高収益企業とする千載一遇のチャンスであるのに、ほとんどの経営者は、その好沢期に放漫経営の種を蒔いてしまうのです。足し算式に“注文が倍になれば、人も設備も倍にする”という経営を行っていては、一転受注が減り売上が落ち込むような事態を迎えるならば、たちまち経費負担が大きくなり、赤字経営に転落することになってしまいます。 

売上最大、経費最小を実践するためには、業績が組織ごとにリアルタイムに明確にわかるような、管理会計システムがなければなりません。そのような会社の業績向上に貢献するシステム・仕組みを構築することも、経営者の大切な役割の一つです。 

経営者の熱い情熱、そして誰にも負けない努力と絶えざる創意工夫があれば、企業は成長発展していきます。しかし成長発展し、組織が拡大していくなかで、経営の実態がわからなくなり、行き詰ってしまうことがよくあります。組織が拡大しても、その実態がリアルタイムに解かるような、きめ細かい管理の仕組みが必要です。 

経営を盤石のものとするために、精緻(せいち)でしかも全員が経営に参加できるような管理会計システムの構築が必要不可欠なのです。京セラでは創立間もない頃から“アメーバ経営”を導入して、その目的を達成してきました。 

一般の財務会計とは異なり、経営者が経営をするための管理会計手法が“アメーバ経営”です。数名から数十名ほどで構成される“アメーバ”と呼ばれる小集団が千以上も存在し、それぞれの組織のリーダーが、あたかも中小企業の経営者のように、自分のアメーバの経営を行っています。 

アメーバ経営では、収支をアメーバが一時間当りいくらの付加価値を生んだのかという独自の指標で表現しています。付加価値(売上から使った経費をすべて差し引き、残った金額)を月の労働時間で割った数字を指標としています。これを“時間当り採算制度”と呼んでいます。 

この時間当り採算制度に基づき、月末に締めますと、翌月月初に各部門ごとの実績が“時間当り採算表”として詳細に出てきます。この時間当り採算表を見れば、どの部門が収益をあげているのかということが、手に取るようにわかります。 

この時間当り採算表は、経費を最小限に抑えるために、経費項目を細分化しています。財務会計の勘定科目よりもっと細かく分類した、現場に則した実質的な経費項目になっています。光熱費と大くくりではなく、電気代、水道代、ガス代と細かく分かれているのです。なぜなら実際に仕事をしている現場の従業員たちが、すぐに理解でき、経費削減のための行動が具体的に起こせるものでなければならないからです。 

このアメーバ経営も日本航空の再建に大いに貢献しました。幹部から従業員/社員に至るまで、意識改革の勉強会を進めていくと同時に、航空運輸業に適応した管理会計システムを構築してきました。 

日本航空では、経営実績の報告が数ヶ月後に作成され、それもマクロ的なもので、一体だれが責任を持っているのか、責任体制も明確ではなかったのです。航空業界の利益は、フライトから生まれますから、路線ごと、路便ごとの採算がどうなっているのかと聞いても、一向にわかりません。 

その為、路線ごと、路便ごとにリアルタイムに採算が解かるようなシステムを作らなければ、会社全体の採算向上を図ることはできません。部門別、路線別、路便別に採算がリアルタイムに見えるような、またそれぞれのアメーバの責任者が中心となって、その収益性を高めるために、創意工夫を重ねていけるような仕組みを、現場の社員と一緒に構築しました。 

その結果、詳細な部門別の実績が翌日には出るようになり、全社員が自部門の実績を見て、それぞれで少しでも採算を良くしようと懸命に取り組んでくれるようになりました。また全てのフライトの路線ごと、路便ごとの採算が翌日にはわかるようになり、需要に応じて臨機応変に機材を変えたり、臨時便を飛ばしたりすることが現場の判断でできるようになりました。 

整備や空港カウンターなどにおいても、組織をできるだけ小集団に分け、それぞれが経費を細かく管理できるようにしました。経費の明細を全員で共有し、“少しでも無駄はないか”“もう少し効率的な方法はないか”など、衆知を集めて全員で経営改善に取り組めるような体制にしました。 

この管理会計システムの数字をベースとして、各本部、子会社のリーダーに集まってもらい、自部門の実績について発表する“業績報告会”という月例会議を始めました。毎月二日~三日にわたって朝から夕方まで開かれる“業績報告会”では、部門別、科目別に実績予定がびっしりと記された膨大な資料をもとに、会長・社長が“なぜこのような数字になっているのか”と徹底して追求することになっています。 

この“業績報告会”を続けていくうちに、数字で経営することが当たり前になり、現在ではリーダーがいかに採算の向上に努めてきたか、これからどう採算をよくしていくかなど、経営者としての思いを数字に込めて発表できるようになりました。 

京セラの成長発展は、独創的な技術があり、付加価値の高い製品を作ってきたことということはありますが、それだけではないのです。経営の実態がよく見える経営管理システムを構築・運用し、さらに全社員をあげて“売上最大、経費最小”という経営の要諦を、ただひたすら追求してきたことが、最大の要因だったのです。 

6. 値決めは経営

値決めはトップの仕事。お客様も喜び、自分も儲かるポイントは一点である。 

値決めをするには、事業の全体と具体的な仕事の内容、原材料、労務費、製造間接費、仕入業者、お客様、競争、様々な側面を考えなくてはなりません。 

うどん屋の屋台の例をとってみます。

うどんを出すとすれば、だし汁は何からどうしてとるのか、麺は手打ちなのか機械打ちなのか、具のかまぼこはどれくらいの厚みにするのか、何枚のせるのか、ネギはどこで仕入れるのか、うどん一杯でもいろいろなコストが考えられます。 

屋台はどこに出すのか、出店立地の問題、繁華街でのお客か、学生相手なのか、決めなければなりません。 

製品の値決めには、競争も考えなければなりません。価格を下げ、利幅を少なくして大量に売るのか、それとも価格を上げ、少量販売であっても利幅を多く取るのか、その価格設定は無限です。ある価格を決めた時に、どれだけの量が売れるのか、どれだけの利益が出るのかということを予測することは、困難なことです。したがって、値決めをひとつ間違えると、大きな損失を被ることになるのです。 

この一点を見抜けるのは、営業マンではなく、経営トップでなければならないはずです。 

しかし、その値段で売ったからといって、必ずしも経営がうまくいくとは限りません。お客様の求める最高の値段で売ったけれども、利益が出ないこともあります。問題は決まった価格の中で、どのように利益を出すかということになります。 

営業が単に安い値段を出して注文を取ってきたのでは、製造がどんなに努力しても利益は出ないかもしれません。しかし、一旦決まった価格で利益が出るか出ないかは製造部の責任になります。 

メーカーは原価プラス利益で売価を決めることが一般的です。原価主義という方法です。しかし競争が激しい市場では、売値が先に市場で決まってしまいます。原価に利益を積み上げた価格では売れませんから、たちまち、利益がぶっ飛んで、たちまち赤字に陥ってしまうことになります。 

一般には新しい製品や技術を開発するのが技術屋の仕事だと思っているかもしれませんが、それだけではありません。どのようにコストを下げるかということも考えるのが、優秀な技術屋の仕事なのです。 

熱意を重ねて決めた価格の中で、最大の利益を出すような経営努力が必要となってきます。従来の原価主義で、材料費はいくら、人件費はいくら、諸経費がいくらかかるといった固定概念や常識は一切捨てるべきです。 

製品の仕様や品質など、与えられた要件をすべて満たす範囲で、製品も最も低いコストで製造する努力を徹底して行うことが不可欠です。 

その時大切なことは、値決めと仕入れ、製造のコストダウンが連動していなければならないということです。決して値決めだけが独立して決められるのではありません。 

値決めを決定するということは、仕入とコストダウンにも責任をとるということなのです。つまり、値決めをする瞬間にもう仕入と製造コストダウンを考えていなければなりません。それらのことが頭の中にあるからこそ、値決めができるのです。 

値決めは経営であり、それは経営者の仕事であり、その価格決定は経営者の人格のままに現れるということです。 

7. 経営は強い意志で決まる - 経営には岩をもうがつ強い意志が必要 

経営とは経営者の意志が現れたものです。こうありたいと思ったら、何が何でもその目標を実現しようとする、強烈な意志が経営には必要なのです。得てして、目標が達成できない場合には、すぐに言い訳を用意したり、目標を修正してみたり、中には目標を撤回してしまったりする人がいます。そのような経営者の態度は、従業員にも大きな影響を与えてしまいます。 

株式を上場しますと、来期の業績予想を発表しなければなりません。それは株主への約束でもあるはずです。日本では多くの企業が、経済環境の変動を理由に下方修正することに、あまりためらいがあるようには見えないのです。 

一方では、同じ経済環境の中にありながら、目標をみごとに達成して見せる経営者もいます。強い意志で、あくまでも計画を遂行していくような経営者でなければ、変化の激しい経営環境を乗り切っていくことは難しいと考えられます。 

状況変化に合わせては、下方修正した目標ですら、次にやってくる経済環境の波に翻弄されることになり、従業員からの信頼を大きく失ってしまうことになります。経営者は“こうしたい”と決めたのなら、強い意志でやり抜かなければならないのです。 

その時大切なことは、従業員の共感を得るということです。もともと経営目標とは、経営者の意志から生まれたものです。同時にその目標が、従業員全員が“やろう”と思うようなものとなっているかどうかが大切になってくるのです。経営目標という経営者の意志を全従業員の意志に変えることが必要なのです。従業員の方から、自分たちが苦労するような高い目標数字が率先して出てくることはないはずです。経営目標というのはやはりトップダウンで決定すべきです。その高い目標を従業員の意志にまで注入し、理解を求めることが必要なのです。 

“うちの会社はすばらしい可能性を持っている。今は小さいが、将来は大きな発展が期待できる”と日頃から話をする。コンパを通じ、“今年は倍ぐらいに売上をのばそう”と話しかけていきます。経営も心理学です。低すぎるような目標であっても冷ややかに口火を切らせれば、“無茶です。できるわけがありません”となってしまいます。 

経営者は立てた高い目標を達成せよと命令するだけではなく、従業員の気持ちをリフレッシュさせ、モチベートさせながら経営目標を共有し、その達成を目指すための様々な創意工夫がなければなりません。最も大切なことは、何としても目標を達成したいという、経営者の必死の思いを、あらゆる機会を通して、従業員に率直に投げかけるのです。 

“死力を尽くす”ぐらい経営者が必死な姿で経営に取り組むこと、それこそが経営者の意志の表われです。経営目標を従業員と共有するにあたり、最も重要なことです。 

8. 燃える闘魂 - 経営にはいかなる格闘技にもまさる激しい闘争心が必要 

経営には激しい企業間競争が伴います。経営者は従業員を守るために、すさまじいばかりの闘魂、闘志を持って、企業間競争に挑まなければ勝算になりません。“絶対に負けるものか”という激しい思いが必要不可欠です。 

闘争心とは、競争会社など対象とする相手があり、それに負けまいとするだけではありません。万全な経営に努めていても、円高などの経済変動、国際競争、自然災害、思わぬ変動要因が沸き起こってきます。 

しかしこれら経済変動や天変地異は決して経営者の責任ではありません。しかし、それらを口実にして、安易に業績の下降を許してはなりません。それら予期せぬ事態をも超えて、事業の拡大をめざしていかなければ、企業は決して成長発展していくことはありません。 

京セラ創業以来、ニクソンショックを受けた円の変動相場制への移行、石油ショックによる空前の不況、半導体・自動車を契機とした熾烈な日米貿易摩擦、プラザ合意後の急激な円高、バブル崩壊後の悪い不況、リーマンショックによる世界規模の金融不安、欧州諸国の財政危機に端を発した景気後退と、次々と巨大な景気変動の波が日本経済を襲いました。 

しかし、京セラは景気の波を真正面から受けながらも、成長を続け、収益を上げ続けることができたのです。京セラの経営陣が“絶対に負けるものか”という強い思い、燃える闘魂をもって経営にあたり、いかなる景気変動にも負けることなく、努力と創意工夫を重ね、成長発展をめざしてきたからです。 

自分の会社を守る、従業員を何としても守るという強い責任感が、燃える闘魂の源なのです。どのような経済環境であれ、闘争心をもって誰にも負けない努力を続けていさえすれば、必ず道は開けてきます。また“命を賭して従業員と企業を守る”という責任感のある人が経営者になれば、どんな時代でも企業は必ず成長発展を遂げていくのです。 

9. 勇気をもって事にあたる - 卑怯な振る舞いがあってはならない 

企業経営に当り“人間として何が正しいのか”という原理原則に基づいて判断をしていけば誤りはないと稲盛塾長は考えて、経営をしてきました。 

多くの経営者がそうした原理原則に基づいて結論を下さない場合があります。様々なしがらみがあったり、政治家の意向で横ヤリが入ったり、暴力団員が接触してきたりします。そのような時、なるべく穏便に済ませ、無用な波風を立てないということを、判断の基準としてしまうことがあります。 

原理原則で結論を下したことで、脅迫を受けるなど、自分に災難が降りかかってくることがあろうとも、また人から誹謗中傷を受けようとも、全てを受け入れて会社のために最もよかれと思う判断を断固として下すことができる。それが真の勇気を持った経営者の姿です。 

原理原則に基づいた正しい判断を下すためには、勇気というものが不可欠であり、勇気のない人には正しい判断が期待できないと思います。 

経営者に勇気がなく、怖がり、逡巡している様というのは、すぐに幹部や従業員に伝染していきます。そのような経営者の情けない姿を従業員が知れば、たちまち信頼を失ってしまいます。勇気のない経営者の下で仕える従業員も同様に重要な局面に立たされた時、妥協することを良しとし、時には卑怯な振る舞いに走ってしまうことになるのです。 

経営者に必要な勇気は“胆力”ともいえます。東洋古典に通じる安岡正篤(まさひろ)先生の著書の中で“知識”“見識”“胆識”ということについて述べられています。知識は様々な情報を理性のレベルで知っているということです。物知りのことです。知識を見識にまで高める、すなわち信念になっていなければならないのです。社長は判断を迫られます。そのときに見識、つまり信念をもっていなければ、正しい判断を下すことができないのです。 

さらに真の経営者を目指すならば、“胆識”を持ち合わせていなければなりません。見識に勇気が加わったものです。魂のレベルで固く信じているがために、何ものにも恐れないという状態です。胆識をもった経営者は、いかなる障害が現れようと、正しい判断を下し、敢然とめざす方向に経営の舵(かじ)をとることができるのです。 

10. 常に創造的な仕事をする - 今日よりは明日、明日よりは明後日と常に改良改善を絶え間なく続ける。創意工夫を重ねる 

米国の著名なジャーナリスト、ピューリッツア賞を受賞した、デイビッド・ハルバースタムは、その著書“ネクスト・センチュリー”で一章を割き、稲盛塾長について述べています。“次にやりたいことは、私たちには決してできないと人から言われたものだ”という稲盛塾長の言葉を引用しています。 

京セラはファインセラミックスという新しい素材をいち早く見つけ、従来は工業用材料となり得なかったファインセラミックスを工業用材料として確立させ、更に何兆円という規模の産業分野として成長せしめた、パイオニア企業なのです。 

ICパッケージを開発し、半導体産業の成長を促したことをはじめ、人工骨など生体用材料にもいち早く取り組み、現代のファインセラミックス分野の開拓者として社会に貢献してきました。 

多くの人は京セラの技術開発力が独創的な事業になったと考えています。“我が社にはそのような技術力は何もない。その為に発展しないのはやむを得ない”と嘆いています。 

しかし、そうではないのです。他社に傑出(けっしゅつ)した技術力を最初から持っている中小企業など一つもありません。創造的な仕事を心がけ、今日よりは明日、明日よりは明後日と常に改良改善をしているかどうかということで、独創的な経営ができるかどうかが決まってくるのです。 

掃除などは一見工夫のしようのない雑事のように思われますが、そうではありません。毎日同じような掃き方をするのではなく、今日はこう掃いてみたけれど、明日はこうやってみよう、明後日はこうやってみようと少しずつ能率が上がる方法がないかと考えてみる。三百六十五日、毎日少しずつ掃除のやり方を改善することに努めると、様々な創意工夫が浮かんでくるのです。 

一日の工夫はわずかなものですが、改良改善が一年も積み重なれば、大きな変化を遂げているはずです。これは掃除だけではなく、すべての分野について言えることです。 

“同じことを同じように毎日繰り返してはならない。常に創造的な仕事をする”ということを業務方針とし謳(うた)い、率先垂範、経営者がその範を示していけば、三~四年後には必ずすばらしい技術開発ができる創造的な企業に生まれ変わっていきます。 

独創的な製品開発や創造的な経営などが最初からできるわけがありません。日々、真剣に改良改善を求め、創意工夫をたゆまず続けられるかどうかが鍵となってきます。 

そのとき大切なことは、“能力を未来進行形で考える”ということです。自分の現在持っている力をもってして、将来何ができるということを考えるのではなく、今はとてもできそうもないと思われる高い目標であっても、未来のある一点で達成すると決めてしまうのです。その一点にターゲットを絞り、現在の自分の能力を、その目標に見合うまで高める努力を、日々間断なく続けていくのです。 

また、自分に不足している技術があれば、そういう技術をもった人材を見つけて採用することも含めて、自分自身の能力も改善していくのです。 

現在の自分の能力をもってして、できるできないを判断していては、新しいことなどできるはずがありません。今はできないものでも、何とかしてやり遂げたいという強い思いからしか、創造的な事業、創造的な企業は生まれることはないのです。 

11. 思いやりの心で誠実に - 商いには相手がある。相手を含めてハッピーであること。皆が喜ぶこと 

思いやりとは“利他の心”です。自分の利益だけを考えるのではなく、自己犠牲を払ってでも相手に尽くそうという美しい心のことです。 

しかし、“思いやり”や“利他”など、弱肉強食のビジネス社会では実現は難しいと考える方も多くいます。しかし“思いやりの心”が経営の世界でも大切であり、“情けは人のためならず”というように、その恩恵は巡り巡って自分にも返ってくるのです。 

京セラがアメリカの会社AVXという会社を買収しました。AVX社がコンデンサーの世界的メーカーであることから、京セラが総合電子部品メーカーとなるために必要と判断し、AVX社会長に買収を申し入れました。京セラの株と株式交換することとなりました。AVX社の株価は当時$20でしたが、五割増の$30と評価して、その株を同じニューヨーク証券取引所で取引されていた京セラの株式・当時82ドルと交換することを決めたのです。 

ところが、すぐ後に、$30では安いから、$32にしてほしいと申し入れがありました。京セラの米国法人の社長や弁護士は、真っ向から反対でした。先の会長からすれば1ドルでも高くなるよう要求するのは当然と考え、その要求に応じました。 

ところが株式交換の日が近づいて来たとき、ニューヨーク証券取引所の平均株価が下落し始めたのです。京セラの株式も$82から$72近くに落ちてしまいました。それを見たAVX社の会長は交換株価レートを1株82ドルから72ドルに変更してほしい旨、連絡がありました。京セラの株価だけが下がったのではなく、市場全体が下がったのだから、交換比率の変更の必要は全くないというのが通常の見方です。京セラの関係者もまた口をそろえて申し出を突っぱねるべきだと主張しました。しかし企業同士が一緒になることであり、いわば企業間の結婚のようなものです、ならば、最大限に相手のことを思いやる必要があると考え、再度の不利な条件変更にも応じることとなりました。 

買収終了後、京セラの株価は右肩上がりに上昇し、AVX社の株主は大きな利益を得たと喜ばれました。AVX社の従業員も、反感や不平不満もなく、京セラの経営哲学を素直に受け入れてくれ、両者の間には最初からいいコミュニケーションが築かれることとなりました。 

AVX社は、買収後も発展成長を続け、買収後5年足らず、ニューヨーク証券取引所への再上場を果し、京セラはこの再上場を通じて多額の株式売却益を得ることになりました。 

相手を大切にし、思いやるという“利他”の行為は一見自分達が損をするように見えても、長いスパンで見れば必ず、すばらしい成果をもたらしてくれるものなのです。 

12. 常に明るく前向きに、夢と希望を抱いて素直な心で 

経営者というものは、どんな逆境にあろうとも常に明るく前向きでなければなりません。降りかかる経営の諸問題に押しつぶされそうになり、そのような状態にじっと耐えている経営者の姿は悲壮感さえ漂うものかも知れません。強い意志や闘魂が経営には必要だと思い、悲壮なまでに思い詰めて、悩み抜いて、経営をしなければならないと思われるかもしれません。 

そうではありません。正念場ではすさまじいばかりの闘魂や、どんなことがあってもくじけない強い意志があるからこそ、日常は明るく振る舞う心がけが大事になってくるのです。 

一方では“何としてもやらなければならない”と強い意志、思いがありますが、もう一方では何があったとしても自分の将来には必ずすばらしい未来が開けるのだという確信を抱いて、明るくポジティブに生きていくのです。自分の人生をポジティブに見ること、これが人生の鉄則であり、経営者として生きる要諦です。

盛和塾 読後感想文 第121号

哲学的なものを身につける人生

戦後、10数年後に生まれた世代の人達は、社会が安定しており、経済も良くなっている時代に生まれ育ちました。頭がよくて優秀であれば大学に入れ、卒業後は会社に入れたと思います。 

こうした年代の人達は苦難に遭遇していませんから、哲学宗教の勉強といっても知識として学んでいる程度のものだと思います。論語を離すことができても、それが身についていないのです。それは苦難に遭遇して、哲学的なものを身につけるチャンスが少なかったからだと考えられます。“確固とした素晴らしい人生観、価値観を持ってこういう生き方をすべきだよ”と部下に説ける人は皆無だと思うのです。 

稲盛塾長は少年時代には病気にかかり、大学受験には失敗し、就職した会社は倒産寸前、そのあげく、上司と衝突するという困難に遭遇したのです。京セラ創業時には、若い従業員との団体交渉の結果、会社の目的までも考えざるを得なくなりました。こうした逆境の中で、哲学的なものを模索して、自分なりに人生観や価値観を構築してきました。そうして、そういう哲学的なもので、従業員に働きかける経営を稲盛塾長はして来ました。 

改めて考えてみますと、手を合わせて拝みたくなるような素晴らしい逆境を与えてくれたのです。人間というのは、苦労に直面すればそこから逃げる人じゃなしに、真正面からそれを受け止めて、成長の糧にしなくちゃいけない。苦難は受け止め方によってマイナスにもなるし、プラスにもなると思うのです。 

なぜ経営に哲学が必お湯なのか-企業を成長発展させる、繁栄させるフィロソフィー - なぜ経営に哲学が必要なのか

  1. 経営はトップの考え方で決まる

“経営者には立派な哲学が求められる”経営者の哲学と会社の業績はパラレルの関係であり、経営を伸ばそうと思うならば、まず経営者自身の心を高めなければならない。哲学とはその人が持つ考え方、人生観と言い換えてもいいかも知れません。“人生はこうあるべきだ”“自分の会社をこうしたい”という考え方や人生観というものを経営者はもっています。経営者の考え方が大切なのは、経営者の持っている考え方によって、経営のすべてが決まってしまうからなのです。経営がうまくいかないのは、経営幹部が悪いのでもなければ、従業員が悪いのでもありません。トップである経営者の考え方が間違っているからなのです。 

ある経営者から、次のように言われました。

“稲盛さん、あなたは会社が大きくなったのに、今でも休む間もなく朝から晩まで働いている。京セラは立派な会社になったのだから、相当余裕もできたのだから、もうそんなに一生懸命働く必要はないのではないか”“もう使いきれないほどのお金がある。もうこれで充分ではないか。何で、そんなにあくせく働かなくてはならないのか”

と思われたようです。 

“いや、私も会社を伸ばしたい”と一方では話をしておられます。“伸びなくてもいいとは思っていません”と言いながら一方では“そんなに働かなくてもいいではないか、もっと楽をしたい、怠けたい”と思っているのです。こうした考え方が会社の業績を左右しているのです。 

経営者が思っていること、考えていることがすべて自分の会社の業績に反映されるわけです。ところが誰もそうだとは思っていないのです。 

  1. フィロソフィーのベースは“人間として何が正しいか”

稲盛塾長は27歳で京セラを創業しました。何の経営の経験もありませんが、日々従業員から判断を求められました。“これはどうしましょうか”と社員が決裁を求めて来ます。経営者としてこれらに対して判断を下していかなければなりません。 

その時、子供の頃に教わったことを判断基準にしたのです。それは“人間として何が正しいのか”ということだったのです。“やっていいこと、やってはいけないこと”という基本的な倫理観です。 

経営の経験のない稲盛塾長は、このようなプリミティブな倫理観をベースとして経営を進めて来たことが、京セラを成長発展に導いたのです。もし、明確な判断基準がなかったら、また、若干でも経営の経験や知識があれば、“もうかるか、もうからないか”“損か得か”を判断基準にしていたかもしれません。一生懸命に働くよりは、うまく妥協したり、根回しをする術を覚えて、少しでも楽をしようとしたに違いありません。 

“人間として正しいことを貫く”ということを経営判断基準としたのですが、では、そのような判断基準に基づいて日々どのように経営や仕事に当って行けばよいのか、その具体的な考え方と方法論を一生懸命考えました。 

企業を成長・発展させるフィロソフィー

  1. 誰にも負けない努力をする

事業を起こした人は、自分の事業を成功に導こうと必死に働きます。そうした心構えのない人は、経営者にはふさわしくありません。“誰にも負けない努力をする”というフィロソフィーは、経営者になるにあたっての前提条件なのです。 

自然界を見てみます。自然界では必死に生きるということが前提になっています。楽をしようと考えるのは人間だけです。自然界には、そういう存在はないのです。自然界にいる動植物は必死に、一生懸命生きています。自然界では努力を怠れば、そもそも生きることはできず、淘汰されてしまう運命にあります。 

夏の暑い日照りの中で、通路のアスファルトの割れ目から雑草が芽を出しています。あまり水分も土もないところで、雑草が芽を出しています。自然界では、そういうたいへん過酷な環境の中でも、種子が舞い落ちれば芽を出し、葉を広げ、炭酸同化作用(光合成)を精一杯行い、そして花を咲かせ、実を結び、短い一生を終えます。 

そのように自然界では生物が過酷な環境の中でひたむきに必死で生きています。いい加減に怠けて生きている動植物はありません。 

どんな厳しい環境が襲ってこようとも、人一倍努力していくことが、経営者としても人間としても最低条件なのです。 

人に“一生懸命働いていますか”と尋ねますと、“はい 働いています”と返答します。しかし、それでは意味がないのです。“誰にも負けない努力をしています”という答えが必要なのです。もっと真面目に、もっと一生懸命に働かなければ、会社でも人生でもうまくいきません。 

一生懸命に、誰にも負けないくらい働くことが経営のノウハウなのです。 

  1. 慎重堅実な経営を行う

いったん成功した事業を安定させるには、慎重堅実な経営を行うことが求められます。

日本の中小企業白書や民間の調査機関のデータによりますと、平均すると、企業してから1年後、40%が倒産し、2年目で15%、3年目で10%が倒産しています。そして創業して10年後に存続しているのは100社のうちたった7社という厳しいデータが示されています。その7社のうち、まともに利益を出しているのは1社のみだと言われています。 

消滅していった企業の多くは、自らの才覚を頼みに、積極果敢に事業を展開したものの、資金繰りなどに困窮し、企業を安定させることができず、あるいは経済変動の波に押しつぶされて、淘汰されていったものです。数は少ないながら、そうした逆境の中を見事に生き延びた企業もあるのです。むしろ経済変動を飛躍台として、業績を伸ばしていった企業です。 

世間では、経営者は大胆不敵で生まれつき剛腕型(ごうわんがた)の人でなければならないと考えられています。しかし、真の経営者は小心者でなければなりません。小心者が場数を踏むことで、自分を鍛え、人間性を高め、真の経営者に成長していくのです。 

京セラは、皆さんの支援のもとで設立されました。従業員、株主、銀行等の協力のもと、経営が始まったのですが、借金を早く返さなければならない、従業員を路頭に迷わせてはならない、絶対につぶれない会社にしなければならないと必死に働いたのでした。その後、会社が順調に成長発展して立派になっていったときも、変わることはありませんでした。東京証券取引所へ上場を果した後でも、会社の将来が心配で心配でたまらなかったそうです。 

  1. 大胆さと細心さを合わせ持つ

真の経営者とはもともとそのような気の小さい、小心者でなければならないのです。マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツは、マイクロソフトをすばらしい企業に成長させた後、まさに隆盛(りゅうせい)を極めている時に、彼の手帳には“マイクロソフトは大変なことになりそうだ。このままでは近いうちに潰れるかもしれない”ということが書かれてあったそうです。それも一度や二度ではありません。 

圧倒的な市場シェアをもとに世界の並みいる企業の中で、最大の時価発行総額を誇り、莫大な内部留保を有し、非の打ちどころがないように見えたマイクロソフトでさえ、ビル・ゲイツは常に不安に駆られていたのです。ビル・ゲイツは病的なくらいまでの怖がりであったそうです。心配性といいますか、小心者といいますか、そのような性格であるからこそ、大胆な経営の舵取りができたと言われています。小心者でなければ、真の勇者にはなれないと本に書いてありました。 

京セラは創業してから黒字で、今日まで黒字を続けています。その間、経済環境は決して順風であったわけではありません。ニクソンショックによる円の変動相場制への移行、オイルショックによる急激な受注激減、プラザ合意による円高移行、半導体分野における日米の貿易摩擦、バブル崩壊の長い景気低迷、リーマンショック、様々な経済変動の波をまともに受けてきました。このような経済変動の波の中で、多くの企業が赤字に陥り、衰退し淘汰されてきました。 

しかし京セラは、そういう度重なる経済変動という試練に遭遇しても、赤字になったことが一度もないどころか、利益率が二桁を切ったことがほとんどありません。 

経営者は小心者であるべきだと言っても、いつもそういう態度でありさえすればよいというものではありません。重要な経営判断を迫られた時、昇進さや臆病さだけが前面に出ては、会社の命運を握る経営者としての役割を果たすことはできず、ダイナミックな経営の舵取りもできません。ときには大胆な決断もしなければならないのです。 

常に大胆であってもいけません。いつも細心であってもいけません。“大胆さ”と“細心さ”を綾織のように織りなしていく、その両極端を兼ね備えていなければならないのです。布でいうと縦糸と横糸のように織りなしている状況だと思います。縦糸も横糸も絶対に必要なのです。 

大胆であるべきところでは大胆であり、細心でなければならないときには細心でなければならないのです。そのように両極端を合わせ持ち、正常に機能させることでこそ、経営者は事業を安定した成長発展へと導くことができるのです。 

  1. 常に変革と創造を行う

慎重堅実な経営によって会社を安定させるだけにとどまらず、異分野事業への進出も含めて“新しいことに挑戦する”“常に創造的な仕事をする”というフィロソフィーも経営者には求められます。 

企業の安定は往々にしてチャレンジ精神を喪失させてしまう原因になりかねません。現状に甘んずるということは、既に退歩が始まっていることを意味します。 

経営者が変化を恐れ、挑戦する気構えを失ってしまっては、その集団は衰退の道を歩み始めることになります。経営者が現状に満足するのではなく、常に変革と創造を行うことができるかどうかが、集団の運命を左右するのです。 

アメリカの代表的な企業、GEの元会長のジャック・ウェルチさんは、30万人もの従業員を誇る大企業の中興の祖ともいうべき方です。1981年に44歳でGEのトップに就任したとき、最初に行ったのは当時GEに蔓延していた保守的な風土との戦いでした。 

GEはエジソンの流れをくむ、創立100年以上にも及ぶ伝統ある会社ですが、歴史を重ねる間に変革を恐れるような風潮が社内に満ち、新しいことにチャレンジしようとする風土がすでに失われていたのです。ウェルチさんはそのようなGEの姿に強い危機感を抱き、積極的に新事業への進出や、制度改革に取り組まれました。 

2001年に来日された機の昼食会で、ウェルチさんは“私は企業維持存続を考えたことは一度もありません。常に変革を志(こころざ)してきました。今日のGEは昨日のGEとは全く違うのです”と言い、企業の永続的な繁栄は変革の中からこそ生まれると話しておられました。 

変革、つまり常に創造的な活動を繰り返すことによってのみ、企業は成長発展し続けていきます。逆に現状を維持しようとしたり、前例に固執するだけでは、官僚主義や形式主義に陥り、企業は衰退していくことになります。 

  1. 能力は未来進行形でとらえる

新しいことにチャレンジし、それを実現していくためには、“人間の無限の可能性を信じる”というフィロソフィーが必要です。自分の持つ能力を現時点でとらえるのではなく、今から磨き上げることによってそれは限りなく進歩するものであると信じるのです。現在の自分の能力をもって“できる”“できない”を判断していては新しことは何一つできません。たとえ今はとてもできないと思われるような高い目標であっても、未来の一点で達成すると決めてしまい、それを実現する為に現在の自分の能力を高める努力を日々続けていく。つまり“能力を未来進行形でとらえる”ことが大切です。 

米国のジャーナリストでピューリッツア賞を受賞したデイビッド・ハルバースタムはその著書“ネクストセンチュリー”の中で、稲盛塾長との面談をもとに一章を割いて、稲盛塾長が述べた“次にやりたいことは、私たちには決してできないと人から言われたものだ”を引用しています。 

京セラ創業時は“U字ケルシマ”というテレビのブラウン管に使われる絶縁部品ただ一点のみでした。単品生産のままでは経営は不安定であるため、新製品開発や事業の多角化が求められました。その当時、京セラに技術があったわけではありません。市場をかけずり回り、お客様のニーズをお聞きしながら、ひたすら受注に努めていくしかなかったのです。 

生まれたばかりの小さな会社に注文を出してくれるようなお客様はなかなかありません。引き合いを頂けるのは、どこの会社に頼んでも“できない”と断られたような技術的に難しいもの、あるいは採算が合わないものばかりでした。そういうものでも、“われわれならできます”と言って受注し、設備も技術も人材もない、“ないないづくし”の状態から全員で苦心惨憺(さんたん)して製品をつくりあげ、成長していったのでした。 

このように挑戦の日々を続けることで、京セラはこの分野のパイオニアとしてファインセラミックスを工業用材料として確立させることができました。現行では何兆円という産業へと成長させることができたのです。またファインセラミックス技術を核に多角化をはかり、今では素材から部品、機器、サービスに至る広範な事業展開をしています。 

  1. 楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する

誰しもが不可能と思えるような、新しいことへの挑戦を単なる無謀なチャレンジ-失敗するプロジェクトにしないためには、その進め方に工夫が必要なのです。 

お客様のニーズに応じて、新製品開発や新市場開拓など、新しいテーマを常に考えていました。ある程度まとまると、すぐに会社幹部を集めてはみんなの意見を求めました。この時、“お客様のニーズ”ということが大事です。お客様が必要としているものを考えているわけです。 

目を輝かせてうなずいてくれる人、冷ややかに聞いている人もいます。一生懸命全員がうなずいてくれるまで、さらに熱を込めて話します。ところが、インテリで教育レベルの高い人が、稲盛塾長の構想がいかに無謀であるかと言い出すのです。まだまだ細部に至るまで詳しく調査をしているわけではないので、反論もできず、その場の雰囲気も冷めてしまい、あきらめざるを得ないこともあります。 

優秀な人はなまじ豊富な知識があるばかりでなく、新しいテーマであっても、現在の常識の範囲内で判断してしまい、常に否定的なことばかり考えてしまうものなのです。そこで、新しい構想を話す時は、新しいことに情熱を持ってくれるような腰の軽いタイプの人間を集めて話をするのです。そうしますと、“それは面白い、やりましょう”と言ってくれます。こうしますと、構想はさらに夢溢れるものへと広がっていくのです。 

第二電電における携帯電話事業への進出がまさに上記の通りでした。 

このままICが小型化していけば、大きな送受信機もやがて小さなICとなり、受話器に内蔵されるようになる。そうすれば普及が進み、“何年か先には携帯電話の時代が来る。この分野に参入すべきだ”と主張したのでした。 

ところが、京セラの役員全員が反対したのですが、一人だけ“会長、私は賛成です”と言った者がいました。そこでこの携帯電話事業は、たった2人で始まったのでした。 

新しいことにチャレンジし、それを成就させるためには、そのようにまず楽観的に考えるということが大切です。新しいことを成し遂げていくには、様々な困難んが予想されます。それだけに構想段階では夢と希望を抱き、“やれる”と信じることができなければ、挑戦する気もなくなります。超楽観的にとらえることが大切になります。 

ただ、楽観的に進めていけば必ず失敗します。この段階では、例の冷徹で優秀な人の助けがいるのです。彼等は“技術がない”“設備もありません”と次から次へとネガティブなことを並べます。これらすべてのマイナス要因を列挙させ、ひとつずつ、その解決方法を考えたのです。問題点を全て列挙させ、ひとつひとつ解決方法を考えました。また、シュミレーションを繰り返しました。具体的に計画を完全なものにした上で、実行段階では楽観的な人達に選手交代させ、計画を推進させたのです。 

この時どんな問題が起きても、必ず克服できるはずだと信じ、情熱を傾け、一進に計画を推進してくれる。楽観人の集団が必要なのです。 

構想を練る時は能力を未来進行形でとらえ、あくまで楽観的に、計画を練る時には徹底して悲観的に、そして実行するときは、また楽観的に取り組み、必ず達成させる。このようなプロセスが必要であり、経営者はこのプロセスを統括するのです。 

反映を持続させるフィロソフィー

  1. 謙虚にして驕らず。更に努力を

経営者に求められるフィロソフィーを実践するならば、必ずや立派な企業をつくりあげることができます。そして作り上げられた立派な企業を、どうやって維持していくのかが次の課題です。それには何よりも、経営者が“謙虚にして驕らず”というフィロソフィーを身につけていく必要があるのです。 

立派な企業になりますと、周囲からちやほやされるようになります。そして知らず知らずのうちに傲慢になっていくものです。決して自分では気がつきません。だからこそ、“謙虚にして驕らず”ということを自分に言い聞かせ、絶対にそうなってはならないと強く心していかなければならないのです。 

京セラでは、京セラが急成長企業、高収益企業として社会から高い評価を受けている、その時、稲盛塾長はその経営スローガンに“謙虚にして驕らず”と社員が傲慢になることを戒めたあとに、“さらに努力を”という一節を続けました。“謙虚”である上に、さらに果てしない“努力”を重ねていくことが大切なのです。 

人間というのは、うまくいけばいくほど、どうしても傲慢になって失敗していくのです。同時に慢心し、“このくらいはいいだろう”と気持ちが緩み、安楽さを求めるようになっていきます。それが落とし穴になるのです。 

京セラでは“謙虚にして驕らず、更に努力を”と口うるさいほど社員に言い続けてきました。日本航空再建後にも、同じことを日本航空の社員に伝えてきました。 

会社を高収益のまま維持していこうと思えば、その高度まで登って来た時と同じだけの努力を今後とも続けていかなければなりません。 

立派な企業であり続けるためには、創業時の頃に払ったのとおなじくらいの努力を今後とも続けていかなければならないのです。それは、“誰にも負けない努力をする”という経営者としての原点に、常に立ち返るということを意味しています。 

現在は過去の努力の結果であって、未来はこれからの努力の結果によって決まるのです。現在の経営状況がいいということは、これまで企業に集う仲間たちが努力をしてきた結果であり、決して未来を保証するものではありません。企業の未来はひとえにこれからどういう努力を払うかにかかっています。 

  1. 心を高める

先述のように、経営者は“謙虚にして驕らず、更に努力を”又、“誰にも負けない努力をする”等、基本的なフィロソフィーが必要ですが、それは、一回読んで知識として知っているだけでは不十分なのです。“心を高める”努力を怠らないことが重要です。高邁(こうまい)な哲学や人間のあるべき姿などは、一度学べば十分と思い、繰り返し学ぼうとはしないものです。スポーツ選手が毎日の鍛錬を怠ってはその肉体を維持できないように、心や人格も常に高めようと努力し続けなければ、すぐに元に戻ってしまうのです。 

誰もフィロソフィーを完全に実践できないと思います。しかし完璧に実践することができなくても、日々フィロソフィーを実践しようと努力することが大切だと思われます。フィロソフィーを体得できるかどうかではなく、そのようにありたいと願い、折に触れて反省し、何とか体得しようと努力し続けることこそが大切なのです。 

常に反省のある日々を送らなければなりません。日々反省をしつつ、フィロソフィーを実践しようと懸命に努め続ける、その努力を通じて少しでも自分の魂を磨き、心を高めていく。経営者が自分自身の心を高め、純粋で美しい心になることで、従業員も“この人のためならば協力しよう”“尽していこう”と思ってくれ、共に社業の発展に尽くしてくれるようになります。 

このことは海外に事業を展開する場合でも、現地の人々の心を束ねていく際に特に重要なことだと思います。歴史、文化、言語、人種の異なる異境の地において、従業員の心をつかみ、企業を燃える集団へと変えていくには、経営者自身に人々を引き付ける人間的魅力、人格がなければならないのです。 

企業経営には、営業や物流の体制、管理会計や経理システムの構築など具体的な経営の手法、手段の整備ということも不可欠なのです。しかし、それを実行してくれるのは従業員なのです。従業員の協力がなければできません。 

経営者ですから、命令したり、権力によって従業員を従わせることはできます。しかし、真に心服した上で仕事をしてくれなければ、結局はすべての努力は水泡に帰してしまいます。逆に、従業員が経営者を信頼し、尊敬し、自分の会社のために尽そうと思ってくれれば、指示を与えなくても、自主的に行動を起こしてくれるようになります。 

フィロソフィーの実践を通じて経営者が心を高め、従業員から尊敬されるような人格を備えることが求められるのです。“社長がそういう立派な考え方をしているから我々従業員は共鳴もするし、尊敬もする。だから社長と一緒に会社発展に会社発展に尽していこう”と従業員が考えるようにしていかなければなりません。

盛和塾 読後感想文 第120号

きれいな願望を描く

私たちが何事か成そうとして必死で願い、一生懸命努力する。その願望が自分の利や欲を離れたきれいなものであれば、それは必ず実現し、また永続するものです。 

願望をかなえようと必死に努力しても、なかなか実現できず、困り抜き悩み果てている。一生懸命、きれいな願望を達成する為に努力をしていますと、解決や成就のための思いもかけないヒント、思いもよらない知恵がふとした時に啓示のごとくに沸いてくる。それはあたかも、宇宙の創造主が自分の背中を押してくれているかのように感じることがあります。 

人間のすること、思うことの理非曲直(りひきょくちょく)を神様というものは実によく見ているのです。従って成功を得る、あるいは成功を持続させるには、描く願望や情熱がきれいなものでなければなりません。 

混迷の時代に克つリーダーシップ-日本航空再建の経験から 

リーダーに求められる四つの条件

中国の古典に“一国は一人をもって興り(おこ)り、一人をもって亡ぶ”とあります。国家存亡の歴史でさえも一人のリーダーによって引き起こされてきました。 

企業経営の世界も同様です。1人のリーダーによって企業の栄枯盛衰が大きく左右されてきました。偉大なリーダーが会社を勃興(ぼっこう)させ成長発展させるかと思えば、凡庸(ぼんよう)なリーダーが会社を停滞させたり、ときに冒険的なリーダーが会社を危機に陥(おとしいれ)ることさえあります。それほどリーダーの役割は重要なのです。 

企業のリーダーとは、次のような四つのことを果す人でなければなりません。

  1. リーダーとは、その組織が何を目指すのかという“ビジョン”を高く掲げ、それを集団に指し示す人

組織をどういう方向に導いていくのかという方針を示し、また進んで行った先にどのような未来があるのかという展望を描き、さらにその実現に至る具体的な方策まで指し示し、人々を導いていくことが求められます。例えば、Muso & Co.では会計業界の中であっては、最高の会計・税務・経営コンサルティングサービスを提供し、アメリカNo.1、世界No.1を目指します。 

特に経営環境が著しく変化し、先行きが見通しにくい混迷の時代にあってはリーダーが示すビジョンが不可欠です。明確なビジョンのもと、組織に集う人たちを糾合して混迷を極める中に血路を開き、集団をまっすぐに目標へと導いて行くことがリーダーに求められている最上の役割なのです。 

多くの人々は、急激な景気の悪化など、困難な状況に直面すれば、右往左往し、当初掲げたビジョンまで見失ってしまうものです。それでは社員がついてきてくれるはずがありません。混迷の中にあろうとも、目指すべき一点を見つめ、組織を率いていく。そういう強い精神を持った人こそ、真のリーダーです。 

  1. リーダーはその組織の“ミッション”、つまり組織の使命、あるいは“大義名分”を確立し、それを組織内で共有できる人でなければなりません。 

この組織は“何のために存在するのか”“このビジョンはなんのためにあるのか”ということを明確にし、それを組織に集う人達共通のものとしていかなければならないのです。社員が心から賛同できるような“大義名分”が必要なのです。 

例えば、その使命として“全従業員の物心両面の幸せを追求し、社会の発展に貢献する”という京セラの“ミッション”があります。Muso & Co.、Northridge Homes Inc.でも同じ“ミッション”(使命)、“大義名分”を掲げています。 

  1. リーダーは、自らの人間性を高めることに努めると同時に、自らの考え方、哲学・フィロソフィーを全従業員に説き、その共有に努める人です。 

いかにすばらしい“ビジョン”(進むべき目標)や“ミッション”(使命・役割)があったとしても、まずはリーダー自身が素晴らしい人格、人間性を身につけていなければ、社員はリーダーを信頼することもなく、決して“ビジョン”や“ミッション”の実現に向けて苦労を共にしてくれるようにはならないのです。 

リーダーは“ビジョン”“ミッション”をお客様である全社員にお届けする運転手であり、それを解りやすく説明することができるようになっていなければならないのです、その為には、全社員が真剣に聞いてくれるよう、信頼されるリーダーたるべきなのです。“このリーダーなら信頼できる。このリーダーの言うことは正しい、このリーダーについていこう”と心から思えるような、すばらしい人間性を持つように努めることが必要なのです。 

ビジョンを実現し、ミッションを果たしていくためには、リーダーは“私はこうした考え方で経営していく”と全社員に説き、その考え方を共有することで、全従業員のベクトルが合い、全社全員が一つの目標に向かって一丸となれるのです。 

  1. リーダーはその組織の業務遂行、業績向上に貢献する“システム”を構築できる人です。 

経営を盤石のものとするためには、精緻(せいち)でしかも全社員が経営に参加できるような管理会計システムの構築が必要です。 

リーダーの強い思い、情熱、誰にも負けない努力、たえざる創意工夫によって、会社は成長発展していきます。しかし、会社が成長発展し、組織が拡大していきますと、経営の実態が分からなくなり、経営に行き詰ってしまうことがあります。そうならないために、会社が成長しても経営の実態がリアルタイムでわかる、きめ細やかな管理システムが必要なのです。リーダーはそのような経営管理システムの必要性を理解し、それをつくりあげることができるということもリーダーに求められているのです。 

日本航空の事業再生計画というビジョン(達成目標)を“不屈不撓の一心”で達成する 

2010年二月に稲盛塾長は日本航空の会長に就任しました。企業再生支援機構が策定した“事業再生計画”にはすでに“ビジョン”が出来上がっていました。大幅な債権カット、一万六千名の人員削減、給与の20~30%カット、国内外の路線の40%カット、大型機の退役などでした。一年目には六百四十一億円、二年目には七百五十七億円の営業利益を上げ、三年目には株式再上場を果し、企業再生支援機構からの出資金を国にお返しするというものでした。 

会長就任の挨拶で、日本航空の社員に次の言葉を紹介しました。 

新しき計画の成就は

只不屈不撓の一心にあり

さらばひたむきに只想え

気高く、強く一筋に 

“新しい計画”とは事業再生計画、

“不屈不撓の一心”とは決して折れ曲がることのない心、

“さらばひたむきに只想え、気高く強く一筋に”とは常に純粋で強い思いを抱き続ける。

再生計画の推進にあたり、必要な心構えを示しました。 

各職場にこの言葉を大書したポスターを掲示し、さらに社内報表紙に大きく掲載するなど、日本航空社員に指し示し、事業再生計画というビジョンの実現にむけたスローガンとしました。 

連日の会議でも“どんな困難があろうと、どんなに苦労しようとも、再建への道をともに歩んでいこう”と訴えたのでした。日本航空では、ビジョン、すなわち事業再生計画を何としても達成するという不退転の決意のもとに、リーダーも社員も集団の共通のものとすることができました。 

“全社員の物心両面の幸福を追求する”という“ミッション”を確立する 

全社員が心から会社再建に協力を惜しまないという気持ちになってもらうために、まずは日本航空の再建自体の持つ意義、さらに新生日本航空という会社の目的/使命、ミッションを示すこととしました。 

日本航空再建の目的は 

  1. 日本経済への影響

日本航空は日本を代表する企業です。衰退を続ける日本経済の現状を象徴する企業でした。日本航空が二次破綻すれば、日本経済はさらに深刻な影響を与えるだけでなく、国民の自信が喪失する結果になるのではないかと考えました。 

  1. 日本航空に残された社員達をどうしても救ってあげなければならない。二次破綻しようものなら、全員が職を失うことになります。 
  1. 国民のための航空業界に競争原理を維持し、運賃の高止まりやサービスの低下を防ぐ。困るのは国民です。 

日本航空再建には三つの意義が、大義があると考え、稲盛塾長は再建の任に就いたのでした。そして、日本航空の社員に、この大義を理解してもらうように努めました。社員達も日本航空の再建は単に自分達だけのものではなく、そのような大義があるのだと理解して、さらに努力を惜しまなかったのです。           

その上で、日本航空という会社は何のためにあるのかという会社の存在意義、ミッションを明確にしました。新生日本航空の経営の目的を“全社員の物心両面の幸福を追求することにある”と定めました。 

一般には企業は株主のものであり、経営の目的はその株式価値を最大にすることだと考えられています。しかし、全社員が誇りとやりがいを持って、生き生きと働けるようにすることこそが経営の根幹であり、そうすることで業績も上がり、結果として株主にも貢献できるはずです。 

“日本航空は我々の会社なのだ。そうであるならば、必死になって会社を守り、立派にしていこう”と再建を自分のこととして捉えてくれるようになりました。 

“労働組合も含め多くの社員が、何の関係もない会長が手弁当で、あそこまで頑張っているのなら、我々はそれ以上に全力を尽くそう”と思ってくれたと考えられます。 

会社の使命、ミッションを確立し、その共有を図ることを通じて、再建の主役である従業員ひとり一人のモチベーションを高めていったことが再建を成功に導いた大きな要因であったのです。 

“フィロソフィー”の共有を通じて意識改革に努める 

再生計画を達成し、全従業員の物心両面の幸福を実現していくためには、どういう考え方で仕事に向い、経営にあたらなければならないかということを、全社員が共有し、組織のベクトルを合わせなければならないのでした。 

会長就任後、経営幹部五十名を集め、一ヶ月にわたり、ほぼ毎日集中的なリーダー教育を実施しました。経営の要諦、経営の原点十二ヶ条と共にリーダーは部下から尊敬されるようなすばらしい人間性を持たなければならない、そのためには日々心を高め続けなければならないこと、人間としての生き方に至るまで、集中的に学んでもらったのです。 

“常に謙虚であれ”“地味な努力を積み重ねる”“人間として正しいことを追求する”。一見、初歩的な考え方に対して、当初は違和感を覚えていたようでした。このような“幼稚なこと”を経営幹部の方々は知っています。しかし、身についていないのです。“人間として正しいことを追求する”という最も基本的な考え方が身についていなかった為、日本航空は破綻してしまったのです。 

幹部の中には、“このような、人間として、リーダーとして、経営者としていかにあるべきかという教えをもっと早く知っておれば、日本航空はこんなことにはならなかったし、自分自身の人生も変わっていたに違いない、この考え方を部下にも伝えていきたい”と言う人も増えていきました。 

航空運輸業とは、運航や整備等、巨大な装置産業ですが、実際はお客様に喜んで搭乗して頂くことが何よりも大事なことです。“究極のサービス産業”なのです。従って現場の社員達とお客様との接点が、航空運輸業界にとって最も大切なことです。お客様が“もう一度日本航空に乗ってみたい”と思うようになっていただかなければ、お客様が増えるはずはなく、業績は向上していきません。 

お客様と接する社員一人一人がどういう考え方を持ち、どのように仕事をしなければならないかということを、現場の社員に直接語りかけるために、現場に出向いていきました。こうして、お客様に心から尽くしてくれる社員が一人、二人と増え、サービスの向上に結びついていきました。 

“アメーバ経営”をもとに日本航空版管理会計システムを構築する 

幹部から現場社員に至るまでの意識改革に努めていく一方で、航空運輸業に適応した管理会計システムを構築することに注力されました。 

当時の日本航空では、経営の数字が数ヶ月後に出てくる、しかもマクロなもので細部の分析がありません。収益に対する責任の所在も、責任体制も明確ではありませんでした。航空業界の利益はフライトから生まれるのだから、路線ごと、路便ごとの採算はどうなっているか、も一向にわかりません。 

そこで、路線ごと、路便ごとにリアルタイムに採算が解かるようなシステムを作ることがどうしても必要とわかりました。そうすることによって、会社全体の採算を向上させることができることがわかりました。 

“アメーバ経営”という管理会計システムをもとに、部門別、路線別、路便別に採算がリアルタイムで見えるような仕組みを現場の社員たちと一緒に構築することになりました。 

その結果、詳細な部門別の実績が翌月には出るようになり、全社員が自部門の実績を見て、それぞれで少しでも採算を良くしようと懸命に取り組んでくれるようになりました。まずすべてのフライトの路線別、路便別の採算が翌月にはわかるようになり、必要に応じて臨機応変に機材を変えたり、臨時便を飛ばしたりすることが現場での判断でできるようになりました。 

整備や空港カウンターなどでも、組織を小集団に分け、それぞれが経費を細かく管理できるようになりました。経費の明細を全員で共有し、“無駄はないか”“効率的な方法はないか”と経営改革に取り組めることになりました。 

この管理会計システムに基づき、算出される各部門ごとの数字をベースにして各部門、子会社のリーダーに集まってもらい、自部門の実績について発表する“業績発表会”という月例会議が始まりました。 

毎月二日間~三日間にわたって朝から夕方まで開かれる“業績発表会”では、部門別、科目別に実績予定が記された膨大な資料をもとに、例えそれが小さな項目でも、旅費交通費や光熱費などの経費項目であっても徹底して議論するようにしていきます。 

そのような会議を続けるうちに、数字で経営することが当たり前になり、現在ではそれぞれの部長がいかに経営の改善に努めてきたか、これからどうして採算を高めていくのか、経営者としての思いを数字に込めて発表できるようになりました。 

このような取り組みの中、全社員がそれぞれの立場で、懸命に業績向上に向け努力を重ねてくれ、初年度では千八百億円、二年目には二千億円を超える営業利益をあげることができました。一般に航空運輸業界は、きわめて収益性の低い事業であり、世界平均で売上高利益率は1%程度です。日本航空の売上高利益率17%は驚異的とでも言うべき実績でした。 

日本航空再建には、金融機関からの支援、政府からの支援等、多くの方々からの協力を得ながら達成することができました。しかし、その最大の要因は、全社員が日本航空の再建を心から願い、それぞれの職場で懸命な努力を重ねてくれたことに尽きます。 

リーダーの不屈不撓の精神が日本経済を復活させる 

多くの社員を預かるリーダーはその責任の重さを自覚し、目標、ビジョンを高く掲げ、外部環境の変化を決して言い訳にせず、その達成に向けて不屈不撓の精神を持って集団を率いていかなければなりません。そのようなリーダーが排出すれば、低迷する日本経済も必ず復活すると思われます。

盛和塾 読後感想文 第119号

 人心掌握の要諦

コミュニケーションは決して幹部社員との間だけでとれていれば良いというものではありません。会社に忠誠心のある社員全員と心が通じていなければなりません。 

よく人心掌握の要諦を尋ねられますが、そんなものはないのです。経営者が勉強してたどり着いた哲学を社員と共有するため、全部署に説いて回るしか方法はないのです。 

京セラではコンパを通じて従業員と話をしました。お酒を飲んで、男でも女でも、胸襟を開いて本音で話ができるような心理状態を作っておいて、“京セラという会社をこうしたい”ということを切々と訴えていきました。 

ハイエナの家族をテレビで見ていますと、親子兄弟がコミュニケーションをはかり、獲物を捕らえているのを見ることがあります。動物も集団で生活している場合は、親・兄弟が子供にしつけをしたり獲物の食べ方を示したり、厳しいルールを覚えさせたり、狩りを一緒にしたりと、大家族がコミュニケーションをはかり、生き延びているようです。人間も同じだと思います。 

人心をつかむ

バブル崩壊後、売上がどんどん落ちて、大変厳しい経営状況に追い込まれている経営者の方々がおられます。自ら創業した方、家業を継いで、今から経営というものを勉強しようと決意された方、思わぬことで自分が経営の中枢に放り込まれて、これから本当に一生懸命経営にあたろうとしている方々もおられます。 

最悪の状態を想定して経営する

経営環境はまだまだ厳しくなっていくことを念頭に経営をやっていくことが必要です。売上が毎年下って、現在もまだ下げ止まっていないということですが、バブルの時代のあり方というのは、そもそも異常なことであり、現在も売上が落ち込んでいるということは今後も厳しい状況が続くと考えられます。経済が正常化に向って進んでいるのだと思います。 

バブル経済の中で誰もが成功したので、ついつい自分にも経営者としての力量があるのではないかと思い込んでしまったのです。ここに来て、経営の質が問われる時代になりました。経営者として能力のない人は振り落とされて落伍していく、そういう時代に入ったのです。 

バブル経済の中では土地の市場価格がどんどん値上りしていましたから、含み益(未実現利益)がありました。バブル崩壊後はどんどん値下がりが続き、その含み益がなくなってしまいました。 

今まで頼りない経営をやっていて、祖父や曽祖父からの代から続いた事業を引き継いで、若干の赤字が出てもなんとも思っていない、“不動産が五百五十坪あるからそのうち五十坪を売れば数十億円も工面できる”“年間一億円の赤字があっても、会社の土地を三十坪ほど売ったら簡単に穴埋めができる” 

象徴的な例は銀行の経営です。銀行所有の土地の含み益がなくなりました。また株価が低迷しています。株式の含み益もなくなりました。 

円高がやってきました。輸出をする場合には例えばドル建てですと、円高分それだけ値上げをしないことには売上を維持することができません。輸入の場合は、海外からどんどん安い輸入商品が入ってきます。そうしますと、国内の企業は競争に負けてしまうのです。 

今もバブル崩壊後の経営が大変苦しくなっています。しかしこれからもっと経営が厳しくなって来ます。経営というのは、そのように常に最悪の状態を想定してやるのです。今よりも、もっと悪くなるということを前提に、そうなってもびくともしないような経営基盤をまずは築くべきです。 

信じ合える人間関係を作る 

  1. 会社が苦しいときに支えてくれる従業員

“どうすれば従業員を掌握できるか”ということに一番悩んでいる経営者がこのバブル崩壊後に増えているようです。これまで幹部社員の育成を怠ってきた、または幹部社員との人間関係が構築できていなかった、業績が悪くなった今こそ、本来であるならば幹部社員、中堅社員、末端の社員までが団結して頑張らなければならないのに、そのときに頼りにしていた男が辞めていく。業績が悪くなって、経営者として非常に不安になってくるときに限って、頼りにしていた中堅の幹部が辞めていって、ますます経営がおかしくなっていく。 

景気がいいときには誰でもついてきます。給料も多く出してあげることもできますし、また経営について明るい将来について社員に語ることもできます。一番大事なのは、業績が悪くなったときに支えてくれる人間です。 

景気のいいときには“社長、あなたを信じています。とことんついていきます”という幹部社員がいたりします。“景気のいいときにはみんなそういう風に言ってくれます。やっぱり一番大事なのは、もう会社が潰れるかもしれないというときに踏みとどまって私を支えてくれる人だ。そういう人がほしい”。そうすると“それはもちろんです。みんなが辞めていっても、例え給料が払えなくなっても、私だけは最後まで社長を支えます”と言ってくれます。 

ところが会社が実際に苦しくなった時に、この調子のいい幹部が辞めていきます。口では調子のいいことを言ってくれる人に限って、いざという時には逃げていくのです。 

  1. 大家族主義で経営する

従業員と会社との関係は法律上は雇用関係です。“これだけ給料をくれるからその給料分だけは働こう”というレベルの人間関係ではダメなのです。社長といっしょに組んで経営にあたってくれる幹部社員は、親子、また兄弟と同じくらいの関係になってくれなければ、経営なんて出来ないのではないでしょうか。家族のような関係が会社の中になければ経営にはならないのではないかと稲盛塾長は考えました。 

“うちの会社は大家族主義で経営します。家族みたいな関係をベースとしてこの会社を経営したい。ただドライに給料を払うから、こうしろ、ああしろというのではなく、親子や兄弟といった家族のような関係の会社にしたい” 

親兄弟のような関係を従業員に求めようと思えば、まず自分自身が従業員に対して親兄弟に対するのと同じような愛情を持って接しなければなりません。自分の親兄弟とは家族的な感情で接しながら、一方従業員にはドライにただ使用人と経営者という感じで接していたのでは、心と心が通じ合える関係にはなりません。こちらがいざという時に本当に命がけで守ってくれる従業員を求めているのに、こちらからはそういう愛情を注がず、処遇もしないで、ただ一方的に“私を守ってくれ”と言っても守ってくれるはずがありません。私自身が親兄弟と接するのと同じような気持ちで日頃から充分に接していかなければ、従業員だってそうなってくれるはずがありません。 

京セラの経営理念、つまり会社経営の目的“全従業員の物心両面の幸福を追求する”というのは従業員一丸となって仕事に従事するよう、求心力を高めるためなのです。この会社は経営者のお金持ちになる為の道具ではありません。この会社に一期一会で集まっていただいた従業員全員が幸福になってもらうためにあるのです。会社のトップから末端までの全従業員が幸福になるために、この会社を作ったのですと、正々堂々と従業員に語りかけることが大切です。 

“従業員全員が、経営者も含めて、物心両面で幸福になるために作った会社ですから、経営者はこの集団全体のために死にものぐるいで頑張ります。だから従業員の方々もこの集団のために死にものぐるいで頑張って下さい”そして経営者は率先垂範して必死で経営に邁進しなければなりません。 

  1. 従業員とのコミュニケーションを図る機会を作る
  1. “誕生会”を開く

従業員とのコミュニケーションを図ることを考え、誕生会を開催するようにします。家族の中でもそうですが、夫婦の間でも子供との間でも、コミュニケーションがなければ大体うまくいきません。お互いに理解し合う機会がなければ、お互いに理解しようと思っても理解できません。少しでもみんながお互いに理解し合うことは非常に大事なことです。“従業員に社長は理解してもらいたいし、社長も従業員を理解したい”そういう関係を作り出す為に、いろいろな機会をつくってコミュニケーションをはかるようにするのです。 

同じ誕生月の従業員の為に、皆で誕生会を開き、お祝いします。わずかな費用でも、そういう思いやりの心があると、従業員の気持ちがゆるみ、開放的となり、思いもかけない意見が出て来たりします。社長も経営者としての意志を伝えることができます。 

社長が従業員に対し、給与、賞与、昇給という単に金銭的な側面だけで対応していくだけでは、他社よりも高い給与や賞与を出せない場合には、社長が“会社は従業員を大事にします”と言ったところで、“口だけじゃないか”と言われてしまいます。社長や同僚が自分たちの誕生月にお祝いをしてくれ、コミュニケーションを図り、努力しているのを知っていますと“給与もボーナスも並みぐらいしかもらっていない。だけどうちの会社の社長は、上司は、我々のことを考えてくれている”と従業員は幸せを感じるようになります。こうした信頼関係を築くために“誕生会”は大切なのです。 

  1. 全員参加の“慰安旅行”

“慰安旅行”は昔から日本の会社が従業員を慰安する習慣があります。それは安い給料やボーナスで一生懸命働いてくれた従業員に感謝の念を表すものであり、従業員の一体感を育てる、また社長の意志をオープンに伝える、よい機会なわけです。 

観光バスにゆられて目的地に行く間、従業員同士打ち解けた付き合いもできるし、カラオケを通じて親しく交流をはかることもできます。 

しかし、社長の中には、経営者仲間とのゴルフに行きたい為、“専務。ちょっと従業員といっしょに慰安旅行に行っておいてくれ。お金は用意してあるから”という人もいるのです。自分は行きもしないで、ただ単に形骸化した慰安旅行をしている社長もいます。 

従業員の中でも特にインテリで教育のある人やベテラン従業員の中には、“若い連中といっしょに慰安旅行に行っても楽しくない。休ませてもらいます。私は慰安旅行は結構です。家族と過ごしたいのです。”“欠席してもよいではないか。その分費用も減るのだから”と考えておられる社長もおられます。 

本来の慰安旅行の目的を社長や従業員が理解していないのです。従業員と接触できる貴重な時間を社長は見過ごしてはなりません。万難を排しても慰安旅行に参加し、従業員とのコミュニケーションを図るべきなのです。“慰安旅行”は遊びではないのです。同じ会社の者として、親兄弟の契りを結ぶかのように本当に信頼し合える人間関係を作っていくための貴重な行事です。 

一人の人間が楽しい、楽しくないという問題ではない、従業員が一体になるためにやっているのであり、“私は休ませてもらいます”ということは許されないのです。ましてや中堅幹部の人間が慰安旅行を欠席し、他の従業員にも大きな悪影響を及ぼすことがあってはなりません。レクリエーションの時間も普通の就業の時と同じように真剣に取り組むことが大切です。 

欠席したがる中堅幹部/一流大学を出た従業員こそ、まさに慰安旅行に参加すべき従業員なのです。会社のレクリエーションはあくまで全員参加が原則です。 

  1. “忘年会”で胸襟を開き会社の現状を訴える

京セラでは毎年の忘年会はたいへん大事な行事です。何百人、何千人となっても非常に大事なことで“勝手に欠席するのはまかりならん”です。従業員数が増え、各事業部だけでも何百人になってきた京セラでは、忘年会がセレモニーになってしまう恐れがある為、忘年会の規模を五十人から百人の単位に分けて、お互いに酒を飲んで、打ち解けて、話ができるようにしました。 

稲盛塾長は忘年会に行くのですが、十二月になりますと二十回の忘年会がありますから、毎日忘年会に出席し、コップ酒を飲んで打ち解けて、従業員と話しました。そうしますと従業員も胸襟を開いて積極的に話をしてくれるようになりました。従業員がリラックスをして、心を開いた状態の時に、稲盛塾長は会社の現状を訴えました。 

もし会社が赤字の場合でも、従業員に“会社は今、赤字なんだ”と稲盛塾長は説明し、“心配は要らない。私は従業員を守る為に必至で頑張るつもりだ。その代わり、みんなも後押しし、ついてきてくれ”と一生懸命話したのでした。 

連日点滴を打って忘年会に出席したそうです。一日に何か所かの忘年会に出席し、一日一升ぐらい酒を飲んでいたそうです。そのように必死になって従業員と一体感を作ろうとしたのでした。そのくらい捨て身になって従業員と接するという態度ですから、従業員のほうも徐々に胸襟を開いて話をしてくれるようになりました。 

  1. “運動会”を通じて、家族の理解を得る

これも全員参加の運動会です。家族が五人であれば、京セラでは五人分のお弁当を出してあげます。美味しいお弁当をゴザの上で家族みんなが集まって頂きます。開会式も社長がやる、奥さんや子供も来てくれているので、会社の現状についてお話をする。京セラという会社はどんな会社なのか、御主人の働いている会社の説明をする。運動会の後は京セラの工場を見てもらい、お父さんがどこで働いているのかを説明するのです。稲盛塾長はこのようにして、必死で家族の方に会社のことを知ってもらうように努めました。 

勤めている従業員だけでなく、従業員の家族も含めて全員が京セラという会社の家族になってもらおうと考えたのでした。このように“大家族主義”を企業内で実現すべく、必死に努力しました。 

  1. 愛情があるからこそ、従業員に厳しく接することができる

従業員と信頼関係をつくる一方で、稲盛塾長は仕事の場では大変厳しく接しました。 

1960年から1970年代には稲盛塾長は、自ら現場に出て一生懸命働いていました。一言の遠慮もなく、仕事がいい加減な場合“けしからん”と怒鳴りました。片付けができていない場合は“おまえの作業場はどうなっているのだ”と烈火のごとく叱ったそうです。 

それはかねてから、親兄弟みたいな関係を築いているから通用するのです。風邪を引いて熱があっても忘年会に出て、いっしょにコップ酒を飲み、運動会に出ては手に手を取って転げまわって一緒に汗を流す。親父、兄みたいに接しているからこそ、稲盛塾長の仕事場では本当にど真剣に働くと共に、従業員にもそのことを厳しく要求したのです。 

“この会社は全従業員の物心両面の幸福を追求するために経営している”と謳っていますから、何の遠慮もなく、何のやましい心もなく、従業員に話すことができるのです。“あなたみたいに不真面目な従業員がお客様の所で失敗して、せっかくもらえる注文を逃がしたらどうするのだ。他の従業員の足を引っ張ることになるではないか”と稲盛塾長は厳しく叱りました。 

一般にみんなの前で従業員を叱ってはならないと言われています。そういうことでは間尺(まじゃく)に合いません。特に中小企業の場合には、そんなことを言っていたのでは間に合いません。言うべきことはストレートに表現し、従業員を引っ張っていかなくてはなりません。だからこそ、ストレートにその場で注意しても、わだかまりが生じないようにかねてから従業員の心をつかむということが大事です。 

心をつかむというのは方法論ではありません。誠意です。愛情です。特に中小企業のときには理屈ではありません。誠意、愛情が従業員の心をつかむのです。 

大義名分を掲げ、理念を高め続ける 

  1. 経営理念の必要性

業種によっては高学歴の従業員が多い企業があります。京都には公家さんがおられましたが、公家さんは面従腹背(めんじゅうふくはい)で、表面は穏やかそうでも、腹では何を思っているかわからないと言われています。 

素朴な人たちならば、コンパを開いて心をつかむことでついてきてくれます。京都ではそうはいきません。“酒の一杯でも飲ませればみんなが従うと思っているのか”と冷めた意見を持っている人がいくらでもおります。たいへん冷めていて、斜めに構えてものを見る人に対しては、こちらが熱意を込めて言ってもまともに受けてはくれないのです。 

インテリの従業員をまとめていくためには、求心力のある大義名分のハッキリした経営理念というものが必要になってくるのです。すなわち、インテリの従業員をお客様と考え、お客様のレベルに合わせた教養、知識をこちらも持ち合わせることが必要となるのです。 

  1. 経営理念を自分のものとして体得する

インテリの人達を集めてまとめていくためには、どうしても大義名分になるような立派な経営理念が要るのです。 

自分は経営理念は未だ確立していない。そこでどこからか立派な経営理念を借りて来なければなりません。まず、自分自身が借りて来た経営理念をマスターし、身につけなければなりません。その経営理念を自分のものであったかのように体得しなければなりません。 

  1. 松風工業時代に気づいた部下との信頼関係の大切さ

松風工業はたいへん業績の悪い会社でした。給料遅配はあたりまえでした。稲盛塾長は他に行くべき会社がなく、しかたなく命じられたファインセラミックの技術開発に没頭するしかありませんでした。 

研究の成果が上がり、実績が上がっていくと、三年目には百名ぐらいの従業員が稲盛塾長の部下として働くことになったのです。そこで直面したのが、従業員との関係、部下との関係でした。 

松下からは厚い信頼を得ていますから、信頼に足るだけの仕事をしなければなりません。ところが松風工業の業績が悪く、給料は遅配する、ボーナスは少ない、共産党が主導する労働組合が、年中赤旗を振ってストライキをします。 

このような中で、“みんな一生懸命作ってくれよ。がんばれ、がんばれ”と言わざるを得ませんでした。会社全体がストライキをしている中で、従業員に働いてもらうのは至難の業でした。 

  1. 経営者自身が成長しなければ、部下の尊敬は得られない

多忙の毎日でした。従業員がフッと我に返ったとき、会社に対する不平不満が出て来るのではないかと稲盛塾長は心配したのです。いいアイデアがないままに、昼休みに草野球を始めました。稲盛塾長は草野球のピッチャーでした。団結を図るためにも従業員と一緒になって何かに打ち込むことが大切だと思いました。必死に部下たちをまとめていくために、みんなと接する機会をつくるようにしました。草野球、昼食時に人生観を語ったり、会社の将来を語ったりしました。 

上司であった技術部長と意見が対立し、会社を辞めることになった時、稲盛塾長の部下のみならず、上の課長、部長までもが“我々も辞める”となったのでした。 

京セラを作ってからは、大家族主義で経営するようになったのですが、京都には大変冷めた人が多く、“さあ酒を飲め”と言っても“そんなものに釣られるか”というような人ばかり。“兄弟、親子みたいな関係を築こう”と言いますと、“うまいことを言って人をこき使おうとしている”と考えるのです。 

“わかってもらおうと思えば、経営者自身が成長をしなければならない。普通の人もインテリの人も含めて誰からも尊敬されるような人間にならなくてはならない。ただ単にいっしょに酒を飲んだ、飯を食べたからといってついてきてくれるはずはない。インテリの人、従業員も含めてみんなが尊敬してくれるような人間に経営者である私がならなければ、結局この会社を守っていくことはできない” 

  1. 理念を高める毎日

稲盛塾長は、科学の専門家でした。戦時中のこともあり、古典とか小説も余り読んだことがありませんでした。一般教養ゼロでした。そういう男が話をするものですから、説得力がないのです。 

従業員の中にはインテリが相当います。みんなある程度の一般教養を持っています。そういう人たちを前に話をしますと、言葉を間違えたり、しゃべる尻から教養がないことがバレてしまいます。これでは従業員はついてくるわけがない。 

インテリの方も含めて“なるほど、この人が言っているのは本当だ。この人にならついていこう”と思ってもらえるほどの人間に経営者自身が成長しなければなりません。 

こうした経営理念だけではなく、親兄弟みたいなプリミティブな人間関係を構築していくのです。理屈を言うよりも、そうした関係を作ることが何よりも大切です。

盛和塾 読後感想文 第118号

経営十二ヶ条

  1. 事業の目的意義を明確にする

  公明正大で大義名分のある高い目標を立てる

  1. 具体的な目標を立てる

  立てた目標は常に社員と共有する

  1. 強烈な願望を心に抱く

  潜在意識に透徹するほどの強く持続した願望持つ事

  1. 誰にも負けない努力をする

  地道な仕事を一歩一歩堅実にたゆまぬ努力を続ける 

経営十二ヶ条 

純粋な心から始めた事業は必ず成功する

事業を興そう、または今の会社のなかで、仕事を始めようと思い立ったとき、それは人々にとって、世の中、社会にとってどういう意義があるのかということを考えてみる必要があります。 

世のため人のために尽すことが、人間として生きていく最大の目的だと思います。そういう目的に合致するような事業、仕事であった場合には、使命を燃やし、強い意志力でそれをやりさえすれば、困難に見えることでも十分に成し遂げることができます。 

仕事をするとき、自分の知性、つまり頭で考える、そして心で“こうしよう”と“ああしよう”と思いながら企画し計画を立てています。しかし、頭で考え、計画を立てていく、心で描いているだけでは不十分なのです。個人的な、利己的な考えに基づくのではなく、利他の心、世のために尽そうと思った考えたことを、凄まじいばかりの情熱を燃やしながら、強い意志力で展開していけば、必ず成就するのです。“なるほど、それはすばらしい計画だ”と考えて、周りの人々が支援してくれるような崇高な計画でなければなりません。 

宇宙の森羅万象を成り立たせている根源的なものが、我々人間の心の奥底にあります。その基本的なものがある為、我々は宇宙と調和して生き長らえて来たのです。その基本的なものとは、心の中にある“真我”あるいは“魂”というものです。その魂が宇宙と調和して感応し、宇宙と波長が合った時、宇宙は我々を支えてくれ、どんな難しいことでも解決することができるそうです。 

“あんな難しいこと”と思っている時でも、簡単に成就できるのです。なぜあの人はあんなにも簡単に、ある難しいことを成功させることができたのだろうと誰もが思うくらいに簡単にできる、知性でいくら考えても難しいこと、出来そうにもないことでも、自分の心の奥底にある真我が宇宙と連携が取れるようになれば、天が支援してくれるそうです。天の助けが借りられるような人間性を高めていけば、どんな難しい問題でも必ず解決できるそうです。 

美しい心を持った人は、その人自身の力だけではなくて、宇宙を味方にして全てのものがうまくいくようになっている、それが自然界の法則なのです。 

経営十二ヶ条の力を信じて実践する

世の中の複雑に見える現象も、それを動かしている原理を解き明かすことができれば、実際には単純明快なものです。経営といいますと、複雑な要素が絡み合う、とかく難しいものだと考えられます。しかし、経営の本質に目を向けますと、経営はシンプルなものであり、要諦さえ会得することができれば、決して難しいものではないのです。 

京セラの経営十二ヶ条は“人間として何が正しいか”という、基本的で普遍的な判断基準によって作成されました。業績、企業規模の違い、文化、言語の違いまでも超えて必ずや通じていくものです。

一.事業の目的・意義を明確にする-公明正大で大義名分のある高い目的を立てる 

  1. 全従業員の物心両面の幸福 

なぜ、この事業を行うのか““なぜこの会社が存在するのか”様々なケースがあります。まずは自分の事業の目的、または意義を明確にすることが必要です。金儲けをしたいから、事業を始めたという人がほとんどだと思います。しかし、それだけでは多くの従業員を糾合することは難しくなると思います。事業の目的、意義はなるべく次元の高いものであるべきです。公明正大な目的でなければなりません。 

従業員に懸命に働いてもらうためには、仕事が従業員の為にあること、自分達の生活が良くなっていくこと、従業員の家族が幸せになっていくことに直結していることが必要なのです。そしてその仕事が“大義名分”のあるもの、“自分はこの崇高な目的のために働くのだ”というものがあれば、人間は一生懸命になるのです。 

京セラ創業時には、稲盛塾長は新しくつくる会社では誰に遠慮することなく、自分の開発したファインセラミック技術を世に問うこと、世の中に認めてもらい、京セラの発展が事業目的と考えていました。“技術者として、自分の技術を世の中に認めてもらいたい”と考えていました。 

しかし、創業三年目、若い従業員たちの反乱に遭遇したのでした。創立二年目に採用した高校を卒業した十名ほどの従業員が団体交渉を申し入れて来たのです。提出された書類には、“将来にわたって昇給は最低いくらほしい”“ボーナスはいくら出すこと”と自分達の待遇保証を求める要求事項が連ねられていたのです。“将来を保証してもらわなければ我々は会社を辞めたい”。 

会社としては、ようやく戦力となって活躍してくれ始めた十名の従業員ですから、辞められたら大変困るわけです。しかし、“彼等が要求に固執するようであればやむを得ない。創業時に戻り、やり直せばよい”と考え、“要求は受け入れられない”と答えました。できる自信も見込みもないことを保証することは、嘘をつくことになる。 

話し合いは、稲盛塾長の自宅にまで及び、三日三晩続いたのでした。“私は命を懸けてこの会社を守っていくし、みなさんを守っていくつもりだ。もし私がいい加減な経営をし、私利私欲のために働くようなことがあったならば、私を殺してもいい”。 

彼等は要求を撤回し、会社に残ってくれることになりました。そして以前にも増して、骨身を惜しまず働いてくれるようになりました。このときの造反メンバーは、その後幹部として京セラ発展の一翼を担っていくようになります。 

その時、稲盛塾長は次男坊として、稲盛家の親・兄弟、妹達に毎月仕送りをしていました。郷里に住む親兄弟の面倒も見なければならないのに、どうして赤の他人の採用したばかりの従業員の将来の保証までしなければならないのかとも考えたのです。 

この事件によって、従業員は家族までも含めた将来の保証を求めているということを、心底から知らされたのです。企業を経営するというのは、技術者の夢を実現するということではなく、ましてや経営者自身の私服を肥やすことでもなく、従業員やその家族の生活を守っていくことにあると悟りました。 

経営とは、経営者が持てる全能力を傾け、従業員が物心両面で幸福になれるよう最善を尽くすことであり、企業は経営者の私心を離れた大義名分を持たなければならないという教訓を得ました。 

公明正大な大義名分、事業の目的や意義があってこそ、従業員の心からの共感を勝ち取ることができ、全面的な協力を得ることができるのです。経営者自身も堂々と、経営に全力投球が出来るようになるのです。 

  1. “地球環境への貢献”-太陽光発電事業のミッション 

京セラの太陽光発電事業のミッション、大義名分は、エネルギー問題や地球環境問題に貢献することです。化石エネルギー使用量を削減し、温室効果ガスの排出量を減らさなければ、地球温暖化に歯止めをかけることはできません。人類に必要なエネルギーを確保し、大切な地球環境を守りながら、人類の持続的発展を図っていかなければなりません。 

京セラでは毎年赤字が続く中で、執念を持ち、強い意志を持って事業を存続することができました。京セラのソーラーエネルギー部門は、現在充分な利益を確保しつつ、事業を拡大し続けています。徹底したコストダウンによって京セラは競争力を維持し続けています。他社が追随できないような取り組みを可能にしたのも、大義名分に基づいた強い使命感によって、従業員が必死の努力を払ってくれた結果なのです。 

  1. KDDIの成功-国民のために電気通信料金を安くしたい 

1980年半ばに通信事業が自由化されました。電電公社に対抗しうる日本の大企業が新会社を作り、競争して、なんとか通信料金を安くしてくれないかと、誰もが思っていました。 

京セラの第二電電は“国民のために通信料金を安価にしたい”という純粋な思いから生まれた企業です。“国民のために通信料金を安くしようではないか。そんな高邁なプロジェクトに参画することは、皆さんの人生を意義あるものにするはずです。この一大社会改革が行われる瞬間に居合わせた幸福に感謝し、何としてもこの壮大な計画をやり遂げていこう。それは社会のため、国民のためになることなのだ”と稲盛塾長は従業員に訴えました。 

国民国有鉄道を中心にした日本テレコム、トヨタ自動車を中心にした日本高速通信も参画してきました。しかし、これらの会社は損益勘定によって電気通信事業への参画を決めたのではないかと思われます。 

サービス開始から最も不利であった第二電電が市場を圧倒的にリードしていきました。それは大義名分、使命、ビジョンがあり、それを元にして第二電電の従業員が強い熱意で回線確保に尽力してくれたからです。すばらしい大義名分、すばらしい使命感に満ちた行為に対して、天が賛同し、それを助けてくれたと考えられます。 

国鉄の日本テレコムは売却されてしまいました。トヨタグループの日本高速通信は現在ではKDDI(第二電電)に吸収されています。 

技術もあり、資金もあり、信用があり、営業力のある、すべての条件が揃っていたはずの二社がうまくいかず、安価な通信料金を実現し、国民に喜んでもらおうという大義名分を持っていた第二電電だけが成功したのです。 

  1. 日本航空再建の原動力となった“大義” 

日本航空再建の大義名分は:

  • 日本経済への影響
  • 日本航空に残された従業員を守ること
  • 利用者、国民のため、航空事業における競争原理を守ること 

この三つの大義名分を日本航空社員が理解してくれるように努めたのでした。社員たちは日本航空の再建は自分達のためだけではなく、日本の経済のため、そして国民のためにという大義名分があるのだと理解し、再建への努力を惜しまなかったのです。 

日本航空という会社の目的は、全社員の物心両面の幸福を追求すること、と謳ったことで、社員達は大いに勇気づけられたそうです。“日本航空は我々の会社だ。そうであるなら、必死になって会社を守り立派にしていこう”と再建を自分のこととして捉えてくれるようになりました。

二.具体的な目標を立てる-立てた目標は常に社員と共有する 

経営者はその組織が何を目指すのかというビジョン、目標を高く掲げ、それを集団に指し示していかなければならないのです。組織をどういう方向に導いていくのかという方針を示し、進んでいく先にはどのような未来があるのかという展望を描き、さらにその実現に至る具体的な方策まで指し示し、人々を導いていくことが経営者には求められるのです。

三.強烈な願望を心に抱く-潜在意識に透徹するほどの強く持続した願望を持つこと 

心に描いた通りに物事は成就する。“何としても目標を達成したい”という願望をどれくらい強く持つことができるのかどうかが成功の鍵になります。強烈な願望-潜在意識に透徹するほどの強く持続した願望を持つことが大切なのです。 

たとえば、“売上をいくらにしたい”、“利益をいくらにしたい”という目標を立て、朝から晩まで四六時中考えるようにする。すると、そのような強く持続した願望はその人の潜在意識に入っていきます。 

繰り返し繰り返し、強く思い続けることが必要です。全身全霊をあげて、顕在意識を働かせる過程が必要なのです。案件を軽く受け流し、適当に処理しているような状態では決してそれは潜在意識にまで浸透していません。炎のように燃える願望を持ち続けることでしか、潜在意識を活用することはできないのです。

四.誰にも負けない努力をする-地味な仕事を一歩一歩堅実に、弛まぬ努力を続ける

成功への道には近道はありません。 

  1. 百メートル走の全力疾走でフルマラソンを駆け抜ける 

京セラの努力は並大抵の努力ではありません。“誰にも負けない”ということが肝心です。京セラ創業時は、自前の資金も、満足な設備も、経営の実績も経験もありません。自分達の努力だけは無尽蔵でした。夜を日に継いで、昼夜を分かたず仕事に励みました。 

従業員には、京セラはマラソンに参加していると、稲盛塾長は語りました。長丁場のレースなのです。“京セラはマラソンレースに出場した素人集団のようなものです。それも業界の後発だから、遅れてスタートを切ったことになる。すでに先発の大企業は、先頭集団を形成してコースも半ばに差し掛かろうとしている。経験も技術もない、素人ランナーが半周遅れで、普通に走り出しても勝負になるわけがない。ならば、京セラは最初から全力疾走で走ってみよう。” 

“そんな無鉄砲なことでは、体がもつはずがない。その通りかもしれません。しかし素人ランナーが普通のペースでゆっくり走ってみても、先頭集団ははるか先にいる。勝負にならないどころか、ますます距離を離されてしまうだけだ。たとえ短い時間であっても、全力で走り勝負を挑んでみたい” 

このように従業員を説得し、京セラは創業以来全力疾走を続けてきたのでした。京セラは留まることを知らず、発展に発展を重ねていったのです。 

1971年に株式上場を果しました。稲盛塾長はその時、次のように全従業員に話ました。“百メートルのスピードでマラソンを走ったのでは、途中で倒れたり、落伍するだろうと皆さんも私もそう思っていた。けれども、勝ち目のない勝負をするよりは、短い時間でもいいから全力で勝負に挑みたいと思って走り始めたところが、いつの間にか、それが習い性になってそのスピードを持続しながらこんにちまで走り続けることができた。” 

“すると、いつの間にか、先を行くランナーたちがそれほど速く走っていないことに気がつき始めた。先頭集団の後ろ姿が見えてきたからだ。そこで我々はスピードを増し、一生懸命に走った。現在では第二集団を抜き去り、先頭集団を視野に捉えている。さあこの調子で先頭集団を追いかけようではないか” 

  1. 地味な努力の積み重ねが偉大な成果をもたらす 

企業経営は競争です。競合企業が自分達以上の努力をすれば、中途半端な努力では功を奏さず、企業は競争に敗れて衰退していかざるを得ません。 

“私なりに努力をしています”という程度では、会社は伸びていきません。“誰にも負けない努力”がなければならないのです。偉大な仕事も地味な一歩一歩の弛(たゆ)まぬ努力の積み重ねからできているということを、決して忘れてはならないのです。 

1個9円にしかならない安価な製品を、それも大手電機メーカーの下請けとして、ただ一生懸命に作ったとしても、会社が発展するはずがない。そういう風についつい思いがちです。大企業となり、現在も成長・発展を続けている企業の歴史をひもとくならば、必ずそのような小さな事業を積み重ねながら創意工夫を重ね、地味な努力を弛(たゆ)まず続けてきたという事実を見出すはずです。 

誰にも負けない努力を一年三百六十五日、営々と続けていく日々は、必ず会社を想像もできない偉大な企業にしてくれるはずです。

盛和塾 読後感想文 第117号

企業統治の要諦-従業員をモチベートする 

経営の原点に立ち返る

経営において大切な企業統治について、従業員をいかに活性化していくかということが最も大切なことです。 

盛和塾のメンバーの会社はほとんどが零細企業であり、従業員4~5人ほどで、売上も数億円にとどまっている企業規模と聞いています。自分の企業をもっと大きく成長発展させていこうとするときに、改めて原点に立ち返ってみる必要があるのです。 

従業員をパートナーにする

企業経営で最も零細は形態は、自分ひとりで事業を行う、家内工業、個人商売のようなケースです。しかしそれではいくら頑張ってもたかが知れています。事業を拡大していくためには、どうしても社員を雇用しなければなりません。1人でも2人でも社員を採用し、彼らと一緒に仕事をし、成長発展をめざしていくのです。 

雇用主として経営者は月給を決め、条件を提案し、従業員はその条件で自らの労働力を提供することに同意するわけです。これは雇用契約に基づくドライな労使関係です。本来は両者はドライな労使関係であり、両者はパートナーではありません。 

経営者ひとりでいくら努力しても自ら限界があります。零細企業ではほかに頼るべき人がいないわけですから、そのわずかな従業員をパートナーとしていかなければなりません。自分と同じ気持ちになって仕事にあたり、事業を支えてくれる。自分と一心同体になって仕事をしてくれるパートナーとすることがどうしても必要なのです。従業員に対して共同経営者なのだというくらいの気持ちで接することが大切になると思います。1人であれ2人であれ人を雇用した時は、その人をパートナーとして迎え入れ、“あなたを頼りにしている”と言葉をかけ、日々そのような姿勢で接することが必要となります。 

“私はあなたを頼りにしています”と真正面から従業員に言い、そうすることが、社内の人間関係を構築する第一歩になります。 

“私と一緒になって会社を発展させていこうではありませんか。その為に全面的に協力して下さい。私は皆さんと兄弟あるいは親子のような気持ちでともに仕事をしていこうと思っています。単なるサラリーマンを超えた思いでともに仕事をしていきましょう”と面と向かって言うことが必要なのです。 

“あなたを頼りにしている”という言葉が、経営者が従業員をパートナーとして捉えているという姿勢が、従業員をモチベートしていくことになるのです。“この社長にならついていこう。会社の待遇は決して良くはないけれども、この人となら生涯をともに歩んでもよいのではないか”という気持ちが芽生えてくるくらい、強固な人間関係を企業内につくっていこうと努力することが必須なのです。 

小さな企業であれば、社員にしてあげられることも限りがあります。決して待遇はよくない、仕事は厳しいけれども、社長の期待に応えて“条件だけで言えば、もっと良い会社があるが、そこへ行くよりは、零細企業であってもこの会社でがんばりたい”と従業員が思ってくれるようにしていかなければなりません。 

“社長がそうしたいのならば、私も全力でお手伝いします”と言ってくれるような従業員と、心と心で結ばれた関係を作ることが、小さな会社を発展させていこうとするときに、必要になるのです。 

心と心が通じ合った関係、まさに一体感を持った会社、そういう組織をつくっていく、これが企業統治の第一歩です。 

従業員を自分に惚れ込ませる

信頼していた従業員が会社を辞めてしまうこともあります。経営者にとって一番悲しいことです。この人はと見込んだ人で、重要な仕事を担当していてくれた人が、いとも簡単に辞めてしまうことがよくあります。 

社長としては、自分を否定されたと思うことがあります。こうしたみじめな思いをしたくないように、従業員との強い絆に気づき、経営者として心から感動できるくらいの、心と心で結ばれた人間関係をつくっていくことに何としても務めていくことが必要です。 

稲盛塾長はある日、京セラやKDDIで幹部として活躍してくれた役員の方々から謝恩会を開いていただきました。その時、みんなが次のようなエピソードを語ってくれました。 

“京都セラミックスなどという会社は聞いたこともない。その会社は大丈夫なのか。もう少しマシな会社に行った方がいいのではないか”と友達や家族から心配されました。しかし彼らはこうも言っていました。

“確かに将来に不安もあったが、稲盛さんにお目にかかり、この人だったらついていこうと思い、ただその一心でがんばってきました” 

“若い頃から夜もろくに寝ないで休日も満足に取れず、ただ稲盛さんを信じて一緒になって懸命に働いてきたことが、今日のすばらしい人生を作ってくれたのです”と語ってくれました。 

こういう人達を、作らなければならないのです。このような人間関係を経営者である我々が企業内につくりあげていかなければなりません。社長である人に、どこまでもついて来てくれる人たちをつくり、そのようなすばらしい人間関係をベースとして、会社を発展させ、彼等を幸せにしていかなければなりません。 

社長である人に心底惚れ込んでもらうためには、どうすればよいのか。

一つ目は、己を愛していたのでは誰も惚れてくれません。信頼し、頼りにしてくれる人として受け入れられる為には、自己犠牲を払って従業員のことを最優先に考えるのです。二つ目は、それは従業員の誰よりも懸命に努力するという、経営者としての仕事にあたる姿勢です。仕事が終わったあとに、わずかであっても身銭を切って従業員をねぎらってあげる、相手を思いやる姿勢です。

このように、自己犠牲を持って相手を思いやる姿勢が従業員の心を動かすのです。 

仕事の意義を説く

従業員を惚れさせるだけで、事が足りる訳ではありません。従業員の心情に訴えるだけではなく、いわば理性をもってしても従業員のモチベーションを高めることに努めなければならないのです。 

理性でもって、従業員のモチベーションを高めるとは、“仕事の意義”を説くということです。 

京セラでは、ファインセラミックス企業のトップ企業として高度な技術を有するハイテク企業となっています。セラミックスの製造工程は、ハイテクとはほど遠いものです。どの工程も粉末の中での作業、温度千~数百度の工程等、いわゆる3Kの仕事なのです。 

稲盛塾長は新入社員の仕事への意欲を何としても高めなければならない、モチベーションを高く維持しなければならないと考えました。そのために取り組んだのが、仕事の意義を説くことでした。仕事が終わった後に、いつも彼らを集め、次のように話しました。 

“皆さんは、日がな一日、粉をこねたり、形を作ったり、焼いたり、削ったり、単調でつまらない仕事だと思っているかもしれないが、決してそうではありません。皆さんにやってもらっている仕事は、作業は、誰もがやっていない、酸化物の焼結(しょうけつ)という実用研究の仕事なのです。今、我々はまさに最先端の研究をしており、これは大変意義のある仕事なのです。今取り組んでいるテーマは、世界中でも一~二社だけが取り組んでいるという、まさに最先端の研究開発なのです。この研究開発が成功すれば、こういう製品に使われ、人々の暮らしに大いに貢献することになる。そんな社会的に意義のある研究開発が成功するかしないかは、それは皆さんの日頃の働きによって決まるのです。ぜひ、宜しく頼みます。” 

毎晩そういう話をしてきました。自分達の仕事、働きが、いかに重要であり、人のため、社会のため、役立つものであることを繰り返し説くことが大切です。そうすることによって、従業員のモチベーションを高め、維持していくのです。 

京セラ創業当時は、朝鮮戦争後の不況の時期で、就職もなかなか難しいときに、高校を卒業し、何とか会社に入ったものの、ただ毎日の給与さえもらえれば良いという人たちがほとんどでした。 

しかし、彼らも、自分のやっている仕事に意義を見出せば、気持ちが高ぶり、持てる力を最大限に発揮してくれるはずです。稲盛塾長は毎晩彼らを集めては、仕事の意義を説いていったのです。 

ビジョンを掲げる

自己犠牲/従業員の為、己を空にする。仕事の意義を説くことは、従業員が経営者社長に惚れ込んでもらうことに大いに役立ったのです。そして従業員の仕事に対するモチベーションを更に高めるために、“ビジョン”-将来に達成する目標を掲げたのでした。 

“京セラの特殊なセラミックスは、世界中のエレクトロニクス産業が発展するために、どうしても必要になる。それを世界中に供給していこう。”“そうすることで、ちっぽけな町工場で始まったけれども、この会社を町内一番、中京区一番、京都一番、日本一番、世界一番の会社にしよう” 

町内で一番になろうと言っても従業員たちは“会社に来るまでに通る、あの会社よりも大きくなるはずがないではないか”という顔をして、稲盛塾長の話を聞いているのです。ましてや“中京区一番になろう”と言ったものの、中京区には後にノーベル賞受賞者を出した上場企業の島津製作所がありました。分析機器では世界的な企業です。それでも、“日本一になるんだ、世界一になるんだ”と言い続けたわけです。 

初めは半信半疑だった社員も、いつしか稲盛塾長の掲げた夢を信じるようになって、その実現に向けて努力を重ねてくれるようになったのです。 

素晴らしいビジョンを共有し、“こうなりたい”と会社に集う従業員が強く思えば、そこに強い意志力が働き、夢の実現に向けてどんな障害をも乗り越えようという、強大なパワーが生まれてきます。 

ミッションを確立する

そのモチベーションをさらに揺るぎないものにするのが“ミッション”(使命)です。会社の使命、目的を明らかにし、それを従業員と共有するのです。 

創業二年目に採用した十人の従業員が、一年くらい働いてくれて、ようやく戦力になった頃のことです。稲盛塾長に団体交渉を持ち込んできました。“ボーナスはいくらほしい。昇給率は毎年これだけほしい。これらを約束してほしい。立派な会社と思って入社したのに、できたばかりの吹けば飛ぶような中小企業だったので、我々は大変不安に思っている。経営者であるあなたが保証してくれなければ、我々全員、会社を辞める覚悟だ”と迫ってきました。 

しかし“そんなことは約束できるはずがない”と言って、会社が置かれている状況を説明しました。話し合いはつかず、三日三晩、稲盛塾長の市営住宅での話し合いでした。稲盛塾長は”将来のことまで約束をすることはできないけれども、必ず皆さんが喜んでくれるようにするつもりですから、私を信用してくれ“と答えました。 

稲盛塾長は京セラの使命目的は“稲盛和夫の技術を世に問う”でした。ところがこの団体交渉の中で、一部の社員達の昇給やボーナスを保証するという要求をされ、とまどったのです。稲盛塾長は“どうして他人である社員の生活まで考え、保証しなければならないのか”実家でも困窮していました。毎月、実家へわずかながら仕送りをしていたのです。親兄弟の面倒すら満足に見ることができていないのに、縁もゆかりもない赤の他人から“自分達の将来にわたる生活を保証してくれ”と言われ、稲盛塾長は、京セラは何の使命、目的を持った会社なのか、考えざるを得なかったのです。 

よくよく考えた結果、従業員の生活を守ることこそが会社の目的である、ということに思い至り、“全従業員の物心両面の幸福を追求する”という京セラフィロソフィーのはじまりが出来たのです。自分の技術者としての理想を捨てて、全従業員の物心両面の幸福を追求することを経営目的にしたのです。 

会社のオーナーの資産が増えていくことが目的、会社の目的が私利私欲に帰結するような企業では、従業員のモチベーションを高めることはできません。全従業員の物心両面の幸福の追求という会社の目的は、経営者の私利私欲を超えた従業員のためという“公”のものであり、まさに“大義”なのです。この“大義”というものが、人を動かす大きな力を持っているのです。

第二電電創業の大義名分

当時四兆円を超える売上を誇っていた電電公社(NTT)という巨大企業に対して、まだ二千億円ほどの売上しかない京セラが挑戦したのです。第二電電が今日のKDDIに至るまで成長発展できたのは、その起業動機が大義に基づいていたからです。 

このままNTTの独占が続けば、情報化社会が到来した時、通信料金の高さによって日本が立ち遅れることになるであろうと危惧しました。 

“国民のために電気通信料金を安価にしたい”という純粋な思いから第二電電を作ったのであり、いわば大義名分から企業を立ち上げたわけです。 

京セラの後に手を挙げた国鉄(JR)は“自分たちには鉄道通信の技術があり、通信技術者もいる。東名阪に通信幹線を引くには、新幹線の側溝(そっこう)に光ファイバーを置きさえすればよい。さらに国鉄に出入りする業者を中心に顧客を確保することは簡単だ。京セラが主体の第二電電よりも有利だ。” 

日本道路公団、トヨタ自動車を主体とした日本高速通信は、旧建設省の後ろ盾がある上に、こちらも東名阪の高速道路に光ファイバーを引けば、簡単にインフラが整い、またトヨタの強力な営業力もある。 

京セラの第二電電以外二社は大義名分からではなく、いわば損得勘定からの事業開始ではなかったかと思われます。 

厳しい競争の結果、JRは日本テレコムを売却しました。日本高速公団は現在ではKDDIに吸収されています。KDDIだけがNTTに次ぐ総合電気通信事業者として成長を続けています。技術力があり、資金力があり、信用があり、営業力のある、全ての条件が揃っていた会社がうまくいかず、大義名分はあるものの、資金も技術もない第二電電が生き残っているのです。 

あらゆる事業で大義名分を掲げる

京セラでは毎月の業務報告会で、アメーバ経営に基づき、月々の採算表を見ながら“今月は時間当りが良くないではないか。一体何をやっているのだ”と厳しい指導がなされています。 

しかし、時間当たりが悪いからといって、追求するのではなく、“大義名分のあるこの事業に投資して社会のために貢献しようとしているのに、こんな業績では事業を発展させることができない。赤字の原因を徹底的に究明し、早急に採算が良くなるよう、つまり事業目的を実現できるようにしなければならない。” 

利益追求が目的ではありません。この事業の大義名分を貫くために、利益が必要であり、事業を成長発展させなければならないのです。 

京セラの事業部長やアメーバリーダーは、中小企業の経営者です。これらのリーダーが、大義名分を掲げ、自分の部下に共感してもらい、“そんな意義のある事業の端を、ぜひ私にも担わせてください”と進んでいってくれるような組織力が必要なのです。そのために各事業部ごとに大義名分を掲げ、硬直化せず、マンネリ化せずに成長発展する企業とすることが必要なのです。 

社長に就任している人の中では2代目、3代目という人がおられます。親から継承した事業なのですが、その事業の目的、大義名分をはっきりさせて、社員の人々から協力していただけるように大義名分を明確にすることが大切です。従業員のために何をしてあげられるのか、会社をどういう目的で経営していくのかという大義名分のある会社の目的を作ることが大事なのです。 

事業の目的が私的なもの、経営者のためではなく、自分のことはさておき、公の為となると、心の底から張り切るものです。それは大義名分が持つパワーなのです。私を離れて、相手の為、周囲のためということになれば、真善美という言葉で表されるような、人間の心の奥底にある美しい心が出てきて、自然と力も湧いてきます。 

フィロソフィーを共有する

人間の奥底にある、こうした美しい心を発揮することができるようにするためには、経営者自身がフィロソフィーを学び、それを通じて心を高めていく必要があります。またそのフィロソフィーを従業員に語り、社内で共有することにも努めていかなければなりません。 

高邁な企業の目的を追求していくために、こういう考え方で経営をしていくつもりだということを社内で話し、共有していかなければなりません。従業員と心と心で通じ合え、さらには社内でビジョン、ミッションを確立した後、次に取り組むべきは、経営者としての哲学を語り、それを社員と共有するよう努めるのです。 

人は何のために生き、何のために働くのか。経営者として、人生をこう考え、こう生きていくつもりだ。皆さんと一緒にこういう生き方をしていきたい、経営者の哲学、思想や企業の目的について話している中で、自ずから出てくるようになります。 

“社長がそういう立派な考え方をしているから、我々従業員は共鳴もするし、尊敬もする。だから社長と一緒に会社発展に尽くしていこう”と従業員が考えてくれるようになるべきなのです。 

経営者がフィロソフィーを語れるようになった企業は伸びていくのです。フィロソフィーを経営者が自分で話せるようになり、さらにはそのフィロソフィーを従業員と共有できる。フィロソフィーを社内で共有している度合いが、会社業績に正比例しています。 

フィロソフィーは文化を超える

アメリカで多くの日本人経営者が頑張って、企業拡大に日ごろから努力をされています。そこには、キリスト教文化圏、イスラム教文化圏、仏教文化圏、様々な人々が活躍しています。異なった文化圏の人々に、フィロソフィーを共有してもらうのは大変困難だと考えている人がほとんどでしょう。 

キリスト教、イスラム教、仏教と言うような多様な宗教の世界の中にあっても、どの宗教とも決して矛盾しない、普遍的な哲学があるはずです。それを自分たちの哲学として持たなければなりません。それは京セラフィロソフィーです。京セラグループの関連会社があり、その社長もアメリカ人です。信仰心の熱いキリスト教徒の社長もおられます。京セラフィロソフィーをよく理解してくれているのです。 

アメリカの一流大学出身の人たちも、京セラフィロソフィーを受け入れて、共鳴してくれているのです。 

そのような普遍的なフィロソフィーを語るためにも、経営者は自分の心を高める努力をする必要があります。しっかりとした哲学を自分のものにしていくことによって、自分の器も大きくなり、企業も拡大していくのです。 

企業統治の要諦は従業員をモチベートすること

企業を大きく発展させていくためには:

  1. 従業員が経営者を信頼する
  2. 仕事の意義を解くこと
  3. ビジョンを高く掲げる
  4. ミッションを確立すること
  5. フィロソフィーを語り続けること
  6. 経営者が心を高めていくこと 

このことを徹底していくことしかありません。企業経営とは、これらのことを徹底して行い、従業員に共鳴し、賛同してもらい、モチベーションを高めていくこと、それしかないのです。企業が小さいままで、なかなか成長していかない時、また小さな企業を立ち上げた時などは、まずはそのわずかしかいない従業員のモチベーションを最上限に上げていくことこそが肝要なのです。 

それは企業の大小を問わないのかもしれません。日本航空(JAL)の再建の時もそうでした。

倒産した企業に残った三万三千人の従業員の心を一つにして、同じ考え方で仕事に当たるべきと考え、まず意識改革を促し、フィロソフィーを徹底して伝えました。意識改革を図り、フィロソフィーを共有することによって、従業員自身がモチベーションを高め、自ら考え、経営に参画してくれるようになったということが、JAL再建の最大の要因なのでした。

意識改革によって変わったJAL

稲盛塾長は2010年2月に、JALの再建を政府と企業再生支援機構から依頼され、会長に就任されました。 

周りの人々は、誰もが、JAL再建の仕事を引き受けることに反対していました。80歳近い老人、経験もありません。そうした人が航空運輸事業のJAL再建しようとするのは無謀なことだというのが反対の理由でした。 

稲盛塾長の持っているものは“京セラフィロソフィー”と“アメーバ経営”部門別採算制度の2つだけでした。最初に従業員の意識を変えてもらうために、社長以下幹部社員の方々に、京セラフィロソフィーを勉強してもらったのです。JALの方でも“JALフィロソフィー”というものを作り、こういう考え方で会社経営をしていこうということを決めていくよう伝えました。数ヶ月後に、JALフィロソフィーが誕生しました。 

一流大学を出たインテリばかりですから、最初はなかなかフィロソフィーで歌っているようなプリミティブな道徳観みたいなものは理解してくれませんでした。稲盛塾長はこういうプリミティブな道徳観をぜひ学んで欲しいとときました。頭は賢いかもしれないが、人間として最も根本的な哲学、思想も理解していない。それでは三万二千人もの残った従業員を、あなたたちが指導していけるわけがない。もしこれが理解できず、これに反発する人間だったら、とっととやめていただきたい。そういう人がJAL再建できるはずがない。 

それぞれの幹部社員が、自分の職場に持っていって話をし始めた頃に、稲盛塾長が現場に出ていきました。全世界を飛び回っているキャビンアテンダントには何回かに分けて話をしました。“キャビンアテンダントの皆さんがお客様に直接接するのですから、すべてを皆さんにかかっています。我々経営陣がいくら頑張っても、お客様の心を捕まえることはできません。JALが好きだ、JALに乗りたいと思わせるのは、キャビンアテンダントの力に頼らざるを得ないのです” 

整備工場に行かれました。“整備が十分でなければ、飛行機が安全に飛ばない。整備工場で油まみれに毎日毎日苦労して飛行機を整備してくれている皆さんがいなければ、安全な運航はできません。そういう人知れず苦労してくれている皆さんに心から感謝しています。” 

暑い最中、寒い最中もお客様の荷物を飛行機に積んだり下ろしたりしてくれているグランドハンドリングの人たち、機内食を作っている人たち、あらゆる部門のところに顔を出しては、フィロソフィーを訴えていきました。 

みんなが共鳴するようになってから、業績はうなぎ登りに向上してきました。つまり働く人たちの意識、心が変わっていけば、会社が変わっていくのです。 

JAL再建の真の要因

フィロソフィーを社員と共有する、アメーバ経営という部門別採算制度を実施したことが再建の原因だと考えてきましたが、しかしそれにしてもそれだけではJAL再建のような奇跡は起こらないと思いだしました。 

JAL再建は日本の経済社会の復興にもなるし、三万二千人の従業員の生活を守ってあげる、それは世のため人のためになることだ。そういう純粋な思いでJAL再建に携わった。天がその純粋な思いに対して賛成し、それを後から支えてくれたのだろうと思うようになったと稲盛塾長は語っています。 

純粋でひたむきに一生懸命に努力している人の行為に対しては、宇宙が支援してくれるのです。JALがうまくいったのは神様のおかげですと謙虚な稲盛塾長は述べておられます。