盛和塾 読後感想文 第七十七号

会社経営の原理原則を貫く 

コーポレートガバナンスのあり方について、議論が盛んに行われています。そのため法律を作り、規則を細かく作成し、その実施について監督する制度を作る等が導入されて来ました。しかし本当の問題は、経営者が会社を経営するために不可欠な座標軸を見失い、会社経営の原理原則を見失ってしまっていることにあると思われると塾長は語っています。 

会社経営はトップの経営哲学により決まり、全ての経営判断は “人間として何が正しいか” という原理原則に基づいて行うべきものです。 “それでは実際の会社経営において、具体的にどうすればよいのか” ということが求められています。稲盛和夫の実学は、具体的な経営論である会計学を論ずることを通して、会社経営のあり方、経営の具体的な考えを明らかにしようとして書かれました。 

稲盛和夫の実学をひもとく 

“採算向上の原則”と“ガラス張り経営の法則”はコーポレートガバナンスを具体的にどうすればよいかに応える会計学なのです。 

採算の向上を支える採算向上の原則 

時間当り採算表について

京セラの経営手法であるアメーバ経営の基本は部門別採算制です。製造部門と営業部門に分かれます。 

アメーバ経営 (部門別採算制) の目的は以下の通りです。

  1. 市場に直結した部門別採算制度の確立。

市場の動きを素早く、営業・製造部門に取り入れ、市場の動きに応えることができるようにする。

  1. 経営者意識を持つ人材の育成

アメーバを担当する責任者が一つの経営を任され、社長としての経験を積む。

  1. 全員参加経営の実現

パートタイマーの人も含めた全員が経営に参画し、改善提案をし、仕事の中で実践していく。こうすることにより仲間意識を育てます。 

  1. 時間当りの求め方

 “時間当り” とは1時間の労働で、いくらの付加価値を生み出したかを表すものです。その計算方法は以下のようになります。 

アメーバが社外に出荷した製品の金額 “社外出荷” と社内で売った製品の金額 “社内売” の合計を “総出荷” と呼びます。これはアメーバの売上高に相当します。この “総出荷” 額から、社内から買った製品の金額、 “社内買” を引いた金額を “総生産” (ネット生産額)と呼びます。総売上高に相当します。 

次に原材料費、外注加工費、電力水道料、交際費、旅費交通費等を控除して “控除額” を算出します。しかし、人件費はこの控除額には含まれません。というのは、人件費は “時間当り” 付加価値の一部だからです。“総生産” から“控除額” を差引き “差引売上” (付加価値) が算出されます。 

活動に要した各アメーバの “総労働時間” を求め、 “差引売上” をこの総労働時間数で割ります。これが “時間当り” (1時間当りの付加価値) です。 

時間当り = (社外出荷+社内売-社内買-控除額)÷総労働時間 

表A 製造部門アメーバ 時間当り採算表(例)

f:id:smuso:20190218052035p:plain

表B 営業部門アメーバ 時間当り採算表(例) 

f:id:smuso:20190218052430p:plain

製造部門アメーバ時間当り採算表(表A)では、差引売上(付加価値) は二千万円、時間当りは五千円です。 

仮に総労働時間の人件費が一千二百万円としますと、時間当り人件費は三千円(12,000,000円÷4,000時間)となります。そうすると三千円の人件費で五千円の付加価値を生み出し、生産性は五千円÷三千円=1.67となります。 

営業部門も同様に、時間当り採算表(表B) を作成します。営業部の場合は製造部門から仕入れた製品を売ります。製造部は高く売りたい、営業部は安く買いたいと両社で激しい激論が発生し、部門間に亀裂が発生し、社内の調和が図られなくなります。これではアメーバ経営の目的に外れてしまいます。こうした場合は会社的な考えのもとに経営トップも交えて製造部、営業部トップが話し合い、両者の立場をそれぞれ理解する必要があります。その一つの解決方法として、受取口銭率を過去のデータを元に決め、両者が納得する口銭率を決定します。 

表Bでは、営業部門アメーバ時間当り採算表、時間当りは七千円となっています。 

営業部は各地に営業所がありますから、営業所別に採算を見ることができた方が精微な経営を行うことができます。アメーバ経営では地域別の小さな単位のアメーバに営業部門を分け、アメーバ毎に採算を見ていきます。 

  1. 人間関係を保つために、利益ではなく時間当りを用いる

営業部門の中で、いくつかのアメーバ営業所がありますが、各営業所の利益という指標で営業所の業績を評価しますと、A営業所では五千円の利益、B営業所では一千万円の利益、C営業所では二千万円の損失となります。 

このように利益のみで業績を評価しますと、“A営業所は五千万円の利益を出しているのに、C営業所は二千万円の損を出しているではないか。東京のC営業所の職員の給与は、我々A営業所の職員の給与より2割ほど多いではないか、我々はもっと給料をもらっていいはずだ”となるのです。利益というものでドライに業績を表現すれば、このようにぎくしゃくした関係が発生します。“時間当り” はこうした問題が発生しない様に、採算制度に取り入れました。 

“時間当り”から人件費を差し引けば1時間当りの利益が算出されます。こうすれば、“時間当り”のブレークイーブンが簡単に算出されます。表Aではブレークイーブンは三千円、表Bでは人件費が一千五百万円としますと(人件費一千五百万円÷3000時間)、五千円となります。 

採算表は、末端の従業員やパートさんにも開示して、皆がこの職場でどれだけの業績を上げたのかわかるようにしなければなりません。リーダーだけではなく、末端の作業者ひとりに至るまで経営者意識を持ってもらい、皆に業績向上のための具体的な行動をとってもらうためです。 

採算の責任を管理できる範囲でアメーバに持たせる 

  1. 有価物屑、機械設備処分に伴う損益は、アメーバが負担する/帰属する

時間当り採算と会計との関連

時間当り採算では、アメーバの構成メンバー全員が自らのアメーバの経営状況をリアルタイムに、手に取るように理解できることが一番重要です。 

日々の経理処理は、正確、明解、迅速(Perfection Principle, One to One Principle, Do It Right Away Principle)でなければなりません。発生したものは、ただちにアメーバの収益、または費用として認識され、正確に記帳されなければなりません。一対一対応の原則、迅速性の原則、完全主義の原則の実践であるわけです。 

生産実績、出荷実績についてはアメーバは個々の内容と実績統計を把握しており、翌朝の売上・生産日報により確認されます。資材経費や支払経費もつねにアメーバによって把握されており、翌朝に配賦される経費日報により検証されます。 

各アメーバは経営の実態をとりまとめられた数字による全体的な姿(マクロ) と、その数字を構成するものを具体的に(ミクロ) 理解することもできます。 

アメーバで発生した貴金属の屑の売却、機械設備の売却処分損益もそれを処分したアメーバの損益となります。 

アメーバでコントロールできる収益費用は、いずれかのアメーバの責任において発生しているはずなので、発生したときにどの部門のものかが明確になるようなシステムになっているのです。 

アメーバは “アメーバ自らが責任をもって経営する” という考えのもとに経営していますから、発生した費用をどのアメーバが負担するのかで、アメーバ間に問題が起きたり、アメーバの知らない費用が突如振り替えられてくる、というようなことがあってはならないのです。 

2.  アメーバは工場総務の費用は負担するが、本社の管理部門の費用は負担しない

いくつかのアメーバがある工場等で、アメーバ経営をサポートする際に発生する間接費、アメーバに対してサービスを直接提供する工場や事業所の総務、人事、資材、経理などの間接部門の費用も “共通費用” としてアメーバが納得できる方法で負担してもらいます。 

間接部門のメンバーは、自分達がアメーバの収益によって支えられていることがよくわかり、出来るだけ経費を切り詰め、より効果的でかつ効率的にアメーバに対するサービスを提供しようと努めます。 

本社管理部門は、直接アメーバに日常的に接触することはありません。このようにアメーバが直接に影響を及ぼすことのできない本社経費をアメーバに負担させないようにします。本社経費は各事業部門に “一般管理費” として負担させるようにします。本社管理費用の中には、研究部門の費用も含まれます。本社管理部門の経費は営業外収益-受取利息配当金-資金運用収益で負担する方法も考えられます。 

工場管理部門の費用は、各アメーバの従業員数によって配賦します。しかし、アメーバから、工場管理の費用が大きすぎる、節約するようにクレームが発生することもあります。人数割りでの共通費配賦をするのには、当然アメーバに納得してもらわなければなりません。 

中小企業の場合は、本社管理費用は各事業部門に負担してもらい、間接的にアメーバへの配賦がなされる場合が一般的です。社長をはじめ本社の役員は節約に努めなければなりません。 

西郷南洲の遺訓集の中で “万民の上に位する者、己を慎み、品行を正しくし、驕奢を戒め、節倹を勉め、職事に勤労して人民の標準となり、下民その勤労を気の毒に思う様ならでは政令は行われ難し” と述べています。 

上の人が節約して頑張るさまを見た下の人が、あそこまでの頑張りは可哀想だと同情してくれるようでなければ、人を治めていくことはできないのです。 

3.  経費を負担すべき部門が負担すべき 経費移動

アメーバ経営における費用負担は、厳密に取り扱われています。各事業部門に毎日経費がチェックされ、共通費の配賦が各工場に、各工場から工場内のアメーバへと配賦されます。発生した費用を実際に負担、または分担すべき部門に対して“経費移動”という経費の付け替えが発生します。経費移動は同一工場内のみならず、会社をまたがって行われるので、事務処理は増えるが、あらゆる会計処理が公正、公平に行うことによってのみ、アメーバのモラルや活力が維持されるのです。 

アメーバ経営は管理会計システムの上に成り立っています。社内への会計と対外的な決算である財務会計の報告とは、異なった目的・性格を持っています。しかし双方とも経営の実態を正確に認識するためのものであり、整合性があるべきものです。決算ベースの会社全体の業績目標が各々の事業部の “時間当り採算ベース” の業績目標と密接に結びつけられていなければなりません。 

時間当り採算を用いて全員参加経営を実現する 

時間当り採算と月次決算

1.   時間当り採算制度では、モノやお金の動きが必ず会計伝票と共に“一対一対応”によって処理され、その積み上げられた数字をそのままとりまとめるという単純な様式を採用しています。アメーバ毎の“時間当り採算”は、自分たちの仕事の結果がそのまま数字となったものです。

時間当り採算制度と会社決算とを結びつける役割を果しているのは、月次決算です。月次決算では、時間当り採算の一時間当り付加価値と会社決算上の数字を結びつけ、各事業部が決算上の利益において会社全体にどの程度貢献しているかを具体的に示しています。 

月次決算報告とは、各事業部ごとの時間当り採算制度を決算書のフォームで表現したものであり、毎月各事業部で検討されます。時間当り採算は経営管理部門が、月次決算報告は経理部門が作成し、時間当り採算にあらわれない人件費を費用として利益を計算しています。時間当り採算は、経理部門ではなく事業所・工場など各現場にある経営管理部門が作成します。 

例えば、時間当り採算制度と営業部・製造部で採用しています。営業部は製品の製造部から仕入(社内買)をして社外に売り(社外売)が発生します。営業部門の経費を差し引き(社外売-社内買-経費=付加価値)、付加価値が計算されます。 

付加価値から営業部の人件費を差し引きますと、営業部の月次決算書が作成されます。

製造部門では、在庫を一定と仮定して、同様に時間当り採算を計算し、付加価値が算出されます。付加価値から製造部の人件費を差し引きますと、製造部の月次決算書が作成されます。 

営業部の社内買と製造部の社内売を相殺しますと、工場全体の月次決算書が作成されます。こうして営業部・製造部が工場全体の利益にどれだけ貢献したのかが、わかります。 

  1. あらゆるモノとカネの動きは伝票と一対一で対応させる

時間当り採算は、モノとカネの一対一対応によって集約されたデータベースによって作成されます。月次決算を作成するのにも、同じデータベースに基づいて作成されるのです。月次決算の累計には期末実施棚卸による各棚卸資産の期末評価を中心とする決算修正が加わり、会社の年度決算書となります。 

アメーバ経営では、アメーバが自らの責任で作成する日次予定及び年次マスタープランが重要な役割を果たします。アメーバ経営の本質は、アメーバのメンバー全員が現在の自らの姿を文字通りリアルタイムで正確に把握し、目標を達成するために必要な行動を次々ととっていけるということです。 

時間当り採算表では、予定と実績が対比された様式になっています。 

予定は、目標は、経営者の意思の表現であり、自らの手で新たにつくり出そうとしていくものを描いたものです。予定は決して変更されるようなものではなく、アメーバのメンバーと一緒に何としても達成するもので、どんな環境の変化に対しても、変更してはなりません。 

時間当り採算表や月次決算書の中の数字は、売上も経費もすべて一対一対応の原則に基づいて処理されなければなりません。カネが動いても、モノが動いても、必ず伝票がついて回ります。管理会計部門は伝票を集計すれば全てのモノ、カネの動きが見えるわけです。 

一対一対応の原則は、時間を要します。しかしこの原則を守らない場合、不正が起きた時、事の経緯を追うことが出来ず、手の打ちようがないのです。或るいは後ほど、誤りが発生した時、訂正する為に時間の浪費につながります。