盛和塾 読後感想文 第二十六号

 “働く意義” と “利を求むる道あり” 

働く意義や目的を明確にすると、自分の仕事に精魂込めて打ち込むことが出来ます。自分の仕事に納得し、働くことについてのバックボーンができると人は働くことの意義を見出します。                          

働く意義を考えながら事業経営に携わっていますと当然、利益を追求するにも、その道があることが分かります。談合や独占や、相手の苦しい立場につけ込む等の、暴利を貪るようなことがあってはなりません。自由な競争が行われている中で、正々堂々と利益を追求する、決して人の道に反して利益を追求することがあってはなりません。 

  1. 働く意義を明確にしよう 

働く意義、労働の意義は私たちの人生にとって何でしょうか? 人生の目的は物質的な豊かさと精神的な豊かさ、心の安らぎだ、と思います。人間は物質的に豊かになるーお金持ちになると、自宅を購入する、高級自動車を保有する等、様々な物質的な幸せを得ることが出来ます。 

精神的な豊かさとはどんなものなのでしょうか? 精神的な豊かさを得る方法の一つとして、心の修養をするー座禅を組む、ヨガの方法である瞑想をする等、努力をする方々がおられます。 

仏教の修行をしておられる方々は、三毒(欲・怒り・愚痴)を抑え、戒律を守ることにより、心の安らぎを得ようとされます。これらは消極的な方法による心の安らぎです。 

他の人は積極的な方法により、他人を思いやる、優しい思いやりの心を常に持つことにより、心の安らぎを得ようとしています。お布施や寄進をすることにより、心の安らぎを得ようとする方々もおられます。 

働くことは、真の人間修養の場です。事業経営者は物質的な豊かさを求めて一生懸命働いています。しかし、最も大事な心の豊かさの必要性、心安らかでなければならないということをつい忘れて、自分の言動を静かに振り返る、反省する時間がない。例えば、毎日時間をとって座禅を組む、お寺にお参りする時間がない等と考えます。 

ところが、労働の意義は、決して物質的な豊かさのみを得る為だけのものではなくて、同時に精神的な豊かさ、心の安らぎを得るものでもあったことを我々は忘れてしまっているのです。 

アフリカの小さな部族では、村の若い人達が一緒に狩りに出て、動物を仕留め、村に持ち帰り、村人全員に配るということがあるそうです。若い人達は、自分達の獲物を共有し、お互いに助け合うことを学んで知っているわけです。

この例では、若者達は労働の意義を良く理解し、村人達と獲物を得た幸せを分かち合っているわけです。経済行為(ハンティング)の中に労働の意義(村人の為、女子供たちの為に働く)が含まれているのです。 

私達が自分の仕事を通じて、社会に貢献し、社会に役立つ事をしているということに気が付きます。一生懸命に精魂を込めて日々仕事をしているということは、お坊さんが必至でお釈迦様の教えに従い、戒律を守る修行をしている事と同じなのです。 

労働というものは決して報酬を得る事だけを目的としたものではなく、真剣に一生懸命働けば、労働というものは報酬と同時に、心の豊かさ、心の安らぎを得ることにも繋がるのです。労働を通じて、心を高め、純化させる、又、他人・社会との接触により、自分の仕事がどの様に社会に役立っているのかを知り、自分の仕事の意義が鮮明になるのです。 

労働の意義について、従業員の人達に対しても労働は給料をもらうだけではなく、精神的な豊かさも得ているのだという事を良く説明しておくことが大切です。 

  1. 利を求むるに道あり 

太平洋戦争の後、日本は経済復興の為に国家を挙げて頑張ってきました。経済至上主義が戦後の日本を牽引してきました。企業も利益第一主義、労働組合や教職員組合等、労働者の賃上げ交渉が日常茶飯になり、労働=賃金・給料という公式が出来上がり、日本国民が自分たちの利益をがむしゃらに追及する社会になってしまいました。 

自分達の利益の為には、談合をする、独占する、相手の弱みに付け入る等、暴利を貪ることが当たり前になってしましました。そういうことは事業家としてやってはいけないことです。社会的に公正で、人間としてどうあるべきか、をしっかり考え、自由な競争が行われている中で事業をする、正々堂々と利益を追求することが大切です。